東京・新宿で45年間。獰猛なトラのお面をかぶり、ド派手な格好で新聞配達をしている人物をご存じだろうか?人呼んで“新宿タイガー”。これまで日本のテレビ番組はもちろんのこと、海外メディアにも奇人キャラとして度々取り上げられてきたが、朝日新聞新宿東ステーションに勤務する新聞配達員ということ以外、トラのお面の下に隠された人物像は謎に包まれていた。
3月22日公開の映画『新宿タイガー』はその名の通り、謎多き人物・新宿タイガーに密着したドキュメンタリー。近寄りがたいヴィジュアルとは裏腹に、映画と美女をこよなく愛する好々爺であるタイガーさんの人となりを切り取り、活動拠点である大都会・新宿の歴史と懐の広さをも捉えた力作だ。映画公開を直前にした新宿の映画館で、被写体であるタイガーさんに話を聞いた。
年期の入った自前のラジカセから流れる高倉健の「唐獅子牡丹」をBGMに、いつものド派手ファッションでやってきたタイガーさん。頭にはピンクの羽毛カツラ、手には造花の束、リュックサックのようにトラのぬいぐるみなどを背負っている。それらの全重量は約10キロ。タイガーさんは現在71歳と高齢だが「なんのなんの~!重くなんかないよ~、ファミリーだから」と一心同体を強調して高笑いする。
タイガーさんの合言葉は「シネマ、美女、夢、ロマン」。その一つであるシネマの被写体になったことには「夢また夢!最高の監督、最高の女優、男優に恵まれて、トラに始まりトラに終わる一度きりの人生を見事に捉えてくれた。3時間のインタビューを3回の計9時間。そして1年に36回の密着!膨大な映像!見事なまとめ方と映像の美しさを堪能!」と大興奮だ。
ドキュメンタリー撮影のオファーを受けた際も「即OK!」だったそうで「うちの場合はLove&Peace。この映画を通して、少しでも地球が平和になればいいという気持ちだけ。うちの先生はスーパーマン、ブルース・リー、007!好きな彼女はマリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーン、エリザベス・テイラー、イングリット・バーグマン!これはトラを始めた当初から変わらないメンバー」と語り出したら止まらないのもタイガーさんの個性のひとつ。
今からさかのぼること45年前。歌舞伎町の稲荷鬼王神社の祭りの出店で売られていたトラのマスクと出会って以来、Love&Peaceを体現するためにトラになったという。「マスクのストックは30枚くらい。ほとんど同じデザイン。もうトラに一途!直感でトラ!直感に理屈なんてないのよ、キミ!好きに理由なんてないでしょう?Don't you know?」とトラ一筋。ハワイにもそのままの姿で入国し、税関に止められるも、気づいたら職員と仲良くなっていたというエピソードもある。
ライフワークは新宿の映画館通い。最低でも一週間に6本は映画を観るシネフィル。基本的に分け隔てなく作品を選ぶが、タイガーさんは美女が大好きだ。映画『ローマの休日』はスクリーンで15回は観ており、映画『ヘルタースケルター』は主演の沢尻エリカ目当てで9回も観て、DVDも持っている。美女のためなら、薔薇の花束持参でキャスト登壇の初日舞台挨拶で観劇する筋金入り。『新宿タイガー』本編にも捉えられているが、タイガーさんはとにかく女性にモテる。そんな美女たちと楽しくお酒を飲んでいるときはトラのお面を躊躇なく外す。
どうしてそんなにモテるのですか?こちらの質問に「それはね、Shadowになることだよ!キミは剛力彩芽様の映画『黒執事』を観たことはないの?あれになることだよ。女性を最高のステージにエスコートする。あとは何も求めず下心ゼロ!愛は無償!その精神で生きているから、女性問題ゼロ!トラは最後の最後まで超Platonic Love!任侠映画の鶴田浩二先生を観てごらんなさい。“好きな女のために死ねたら本望だ”…これですよキミ!美女と会っているその一瞬だけが最高の時間であり、美女たちはその瞬間だけ恋人や愛人。普通の人間だったら“ラブホテルに行こう”となるだろう?トラはそうはならない!人間は欲をかくからダメなんだ!」と超紳士。美女に順位や優劣をつけないのもモットーだ。
権力や金に興味はなく、本業以外ではギャラをもらわない主義。「テレビに出演したとしても、ボールペンなどの記念品をもらうだけで充分。うちには新聞配達という生業があるからね。テレビ出演や取材を通して、世に投げかけたいのは光と夢!ただそれだけ。Love and Smile!No Money!権力、金力には一切こびない!」と言い切る。しかし映画を観たり、美女と酒を飲んだり、花束をプレゼントしたり、出費もかさむのでは?との心配に「映画はシニア料金だから問題なし!長生きしてよかったよ~」と笑い飛ばす。
ネガティブな言葉を吐かず、好きな映画や美女の話を立て板に水で嬉々として語るタイガーさん。だがこれまでの長い道のりは決して平たんなものではなかった。「心ない奴にいきなり殴られて頭から血がドロドロ~と出たこともあるよ。でも暴力に対して暴力は使わない。なぜならばトラだから。これが人間だったら愚痴ばかりですよ。でもトラだからブレようがない。最後の最後までトラに始まりトラで終わるつもり。一生現役、天命を全うするまでLove&Peace!」と一片の迷いもなし。
ホームである新宿に対する愛も深く「新宿という最高の夢の舞台があったからこそ、トラが生まれ、トラを続けることができた。それくらい新宿を愛しています。朝日新聞新宿東ステーションの社長にも大感謝!普通の会社員だったら成立しませんからね~」と様々な出会いこそ、トラを支えてくれたかけがえのないものだ。最後にタイガーさんに聞いてみた。「今後の夢は何ですか?」と。するとタイガーさん、一瞬も考える時間を置かずして「地位、名誉、権力に一切無縁のままトラとして生きること。シネマと美女さえあればいいの!心に美女が住んでいるからいつも元気!夢は見たもん勝ち!」と豪快に笑いながら、45年間のブレないトラの生き様を見せてくれた。
『新宿タイガー』ストーリー
東京のエンターテインメントをリードする街・新宿。
1960年代から1970年代にかけ、新宿は社会運動の中心だった。
2018年、この街には“新宿タイガー”と呼ばれる年配の男性がいる。彼はいつも虎のお面を被り、ド派手な格好をし、毎日新宿中を歩いている。
彼は、彼が24歳だった1972年に、死ぬまでこの格好でタイガーとして生きることを決意した。1972年当時、何が彼をそう決意させたのか?
彼が働く新聞販売店や、1998年のオープン時と2012年のリニューアル時のポスターにタイガーを起用したTOWER RECORDS新宿店の関係者、ゴールデン街の店主たちなど、様々な人へのインタビューを通じ、虎のお面の裏に隠された彼の意図と、一つのことを貫き通すことの素晴らしさ、そして新宿の街が担ってきた重要な役割に迫る。
出演者
新宿タイガー
寺島しのぶ(ナレーション)
八嶋智人 渋川清彦 睡蓮みどり 井口昇 久保新二 石川ゆうや 里見瑤子
宮下今日子 外波山文明 速水今日子 しのはら実加 田代葉子 大上こうじ、他
テキスト:石井隼人
写真:mayuko yamaguchi
(c)「新宿タイガー」の映画を作る会