「我々は同意しないことを決断した。生産性の高い2日間だったと思う」。
午前中までは非常に打ち解けた様子で、交渉の順調さを伺わせていた米朝両首脳。しかし、期待は失望へと変わった。共同宣言の署名式は中止となり、当初の予定よりも2時間早く始まった会見でトランプ大統領は「(北朝鮮が)制裁を全面的に解除するよう求めたが、我々は応じられなかった。我々が望むところの非核化ではなかった」と、両国が大方の予想に反して合意に至らなかったことを明かした。
ハノイで取材にあたっていたテレビ朝日の高橋政光ソウル支局長は「27日夜の会談では非常に親密な様子を見せていたし、前向きな発言が多かったため、もう少し成果が得られると予測していた。非核化について意見の隔たりはあるものの、一つ、二つの合意はあるのではないかという期待感があった。しかし会談が早く終わり、そして合意内容がゼロだったという一報がもたらされると、世界中の記者たちからどよめきが起きた」と話す。
■「最も痛手を受けたのは韓国」
会談前に報じられていた"両者の思惑"は、次のようなものだ。すなわち、大統領選に向けて外交成果が欲しいトランプ大統領としては"北朝鮮の完全な非核化に道筋をつけたい"、体制保証を臨む金委員長としては"経済発展のため、制裁を解除してほしい"というものだ。しかし、朝鮮戦争の終結宣言はおろか朝鮮半島の非核化に向けた具体的な道筋も見えてこなかった今回の会談。「トランプ大統領にとって、この結果は外交的な失敗に等しい。昔、やっていたテレビのリアリティーショーのようにはうまくはいかないことが分かっただろう」と冷ややかな反応を見せるアメリカメディアも。
今回の結果について、聖学院大学の宮本悟教授は「もともと合意が難しい首脳会談だったし、いずれこのような形で決裂すると考えていた。ただ、事務者協議で決裂してもおかしくはないとは思っていたが、首脳会談で決裂するのは珍しいことなので、ここまでひどくなるとは意外だった。トランプ大統領にとっても、金正恩委員長にとってもマイナスの結果だ」と話す。
「27日の段階でも"どうなるか分からないが、期待は持てる"、というのが両首脳の本音。着地点が当事者同士も分かっていなかったと思う。会談の場所と日程が先に決まり、議題は直前まで協議していた。時間がなかったということもあるし、お互いことを理解していなかった。例えば、終戦宣言を北朝鮮が求めているという見方もあるが、実は北朝鮮は一度もそのことを報道したことはない。あるいは北朝鮮が完全な制裁解除を求めたとすれば、それはアメリカや国連による制裁の性質を理解していないということになる。なぜなら、アメリカの制裁の半分程度は人道問題に関する制裁だ。つまり核兵器を放棄したとしても、多くの制裁は解除されない。"最高指導者"の地位がアメリカと北朝鮮では異なる以上、金委員長が失敗したとなると大きなダメージになる」。
その上で宮本氏は、今後のカギは次の実務者協議だと予想する。
「次に実務者協議が行われることはトランプ大統領も言っているので、その結果を見るしかない。ただ、トランプ政権があと2年で終わってしまえば、もう時間切れだ。次の政権が米朝交渉を行うという保証はどこにもない。また、今回の米朝会談で最も痛手を受けたのは韓国だ。南北交流を進めるために米朝の仲介者をやっていると装ってきたが、実際の役割はほとんどなかったし、蚊帳の外だったことがバレてしまった。文在寅政権がこれをどう取り繕うのかが一つの見ものになってくる」。
■ボルトン氏が突然の"ちゃぶ台返し"?
拓殖大学の川上高司教授は「一般教書演説でトランプ大統領がやると言い出したことで決まった、ポリティカルで異常な会談だった。普通は実務者レベル積み上げるが、いきなり大統領が主導し、トップ同士でやろうということだったので、準備する暇もなかった。時系列で見てみると、共同宣言はできていたのだろうし、一対一の会談を終え、拡大会議に入るまではお互いにニコニコして、期待に満ち溢れていたと思う。国内で弱体化しているトランプ大統領としては海外に目を向けさせることによって窮地を脱したいという思いから、何でもいいから実を取りたかったのだろう。金正恩委員長としては非核化を言いながら経済援助を得て、制裁解除をしてもらって、朝鮮戦争の終戦宣言もしくは平和宣言まで一気にやろうというのがあったと思う。ところがアメリカ国内での思惑の違いから、何かが起こった」と話す。
その"何か"について、川上教授は"非核化の定義が両国で異なっていたことだった"点を突いた"対中強硬派"による動きだったと推測する。
「北朝鮮が言う非核化は、在韓米軍撤退を含む"朝鮮半島の完全な非核化"だ。一方、アメリカの言う非核化は、"CVID(=完全なる、検証可能で不可逆的な非核化)"だった。昨年の首脳会談の時にはCVIDでなければ経済援助はしないというのがアメリカの立場だったが、今回は段階的に北朝鮮が廃棄すれば経済制裁も解除していく、という方向で折り合いをつけるような感じになっていた。しかし、話を進めていくと、これは受け入れられないということで、拡大会談に出た強硬派のボルトンあたりが、ちゃぶ台をひっくり返したのではないか。今、ペンス副大統領とアメリカ議会など、ワシントンの雰囲気は"中国をぶっ潰す"というムードに変わっている。そこで対中強硬派の"刺客"として送り込まれたのがボルトン。その意味で、今回はアメリカの対中強硬派の勝利だ。一方、彼らをリードして、朝鮮戦争の終戦宣言、平和宣言までいく可能性もトランプ大統領の中にはあった。そうなれば国連軍の解体、在韓米軍の撤退、そして朝鮮半島の統一にも向けうので、まさにノーベル平和賞ものだ。それが思っていたようにならなかったトランプ大統領はがっかりしているだろうし、どうダメージコントロールしていくかを考えているだろう。ただ、むしろアメリカ国内では安易に合意せずに良かったという声もある。北朝鮮側も、今回の結果を国内向けにどうまとめるかという対策を練っていると思う」。
■日本にとっては"まあまあ"の結果だった?
米朝首脳会談で核・ミサイル問題、拉致問題の進展を期待していた日本政府。
"交渉決裂"を受け、トランプ大統領と電話首脳会談を行った安倍総理は「朝鮮半島の非核化を実現するという強い決意のもと、安易な譲歩を行わず、同時に建設的な議論を続け、北朝鮮の具体的な行動を促していく、そのトランプ大統領の決断を日本は全面的に支持する。そして、日本にとって重要な拉致問題については、昨夜の通訳を交えての1対1の会談において、私の拉致問題についての考え方を金正恩委員長に伝えて頂いたということだ。次は私自身が金正恩委員長と向き合わなければいけないと決意している。今後とも拉致問題、核問題、ミサイル問題の解決に向けて日米でしっかり緊密に連携していきたいと思う」とコメントしている。
川上氏は「日本にとっては、中途半端な妥協はしない方がいい。その意味で、まあまあな結果だと思う。だから安倍総理は内心、"玉虫色で終わらずに良かった、ここは自分が出る幕。拉致問題を何とか解決することによって自民党総裁4選にもつながるチャンスだ"と思ったのではないか」と指摘。また、宮本氏は拉致問題の進展についてかなり難しいとの認識を示し、「日本と北朝鮮は二度の首脳会談をやっているが、それでも解決しなかった。安倍総理が平壌に行って首脳会談をやったところで解決するかというと、それは難しいと思う」と話していた。













