あなたは、「世界の平均寿命」がおよそ何歳か知っているだろうか。
50歳、60歳、70歳の選択肢を街ゆく人に示してみると、多くの人が「貧困地域は寿命が短いから」と話し、実に半数が60歳を選んだ。しかし、この問題の正解は70歳なのだ。こうしたクイズを入り口に、"本当の世界は、自分が考えているものとはずいぶん違うものかもしれない"、そんなことを教えてくれる本『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』がベストセラーとなっている。
著者はスウェーデン出身の医師・ハンス・ロスリング氏で、講演映像はYouTubeでも再生回数は150万回を超えるほどの人気ぶりだ。そのハンス氏が執筆した『FACTFULNESS』は、昨年アメリカで発売されたのを皮切りに各国で翻訳され、発行部数は合わせて100万部を超える。今年1月には日本語版も発売され、現在25万部に上る。出版元の日経BP社出版マーケティング部の小谷佳央次長「ビジネス書では10万部行くと"メガヒット"。1か月ちょっとでこの数字は、驚異的な初動だ」と話す。
番組では次のような問題を考えてみた。日本民営鉄道協会がまとめた『駅と電車内の迷惑行為ランキング』のうち、「騒々しい会話・はしゃぎまわり」「荷物の持ち方・置き方」「歩きスマホ・携帯」の推移を示すグラフは…?実は、増加していると考えがちな「歩きスマホ・携帯」はここ3年で減少しているというのだ。
同書を担当した日経BP社編集第1部長の中川ヒロミ氏は「歩きスマホのニュースが流れているので、すごく増えているんじゃないかと思いがち。ニュースから悪い方向に考えてしまうネガティブ本能が人間にはあるんだよ、というような話が『FACTFULNESS』にも書いてある。あるいは、著者がノーベル賞を受賞者の集まりで質問した時に、かなりの方が間違えたと。賢い人も意外に間違えるということだ」と話す。
このように、『FACTFULNESS』では、クイズを解くと見えてくる世界に対する偏見や思い込みを、どうやって抑えればいいかということを、様々なデータを基に教えてくれる本になっているのだ。
『FACTFULNESS』日本語版のヒットの裏側には、その内容だけではなく、プロモーション施策の効果もあった。
東京工業大学の柳瀬博一教授の講義に登壇した中川氏は「編集者の仕事って、昔は本を作って市場に出すところまでだったが、なかなか本も売れなくなってきているので編集者もどんどんプロモーションをやっている」と学生たちに語りかける。
同書のプロモーションで異例だったのが、翻訳者がプロモーション役を担ったことだ。翻訳を担当したのは上杉周作氏と関美和氏。関氏は杏林大学外国語学部准教授でビジネス書翻訳のエキスパートだが、エンジニアの上杉氏は今回が初の翻訳だった。
上杉氏を起用した理由について、中川氏は「本は初めてだが、長文をブログで翻訳されたりしていた。それが本当に素晴らしく、上杉さんだったら問題ない、逆に面白くなるかな思った。この本を読むと、何とか広めたいという気持ちが出てくる。関さんも上杉さんもこれを応援しよう、本が売れるように頑張ろうみたいな感じでやってくださったんじゃないかなと思っている。売れれば売れるほど印税でお返しできる(笑)」と振り返る。
アメリカのシリコンバレーにいる上杉氏は「もちろん印税のため」とはぐらかした後、「一言で言ったら、もったいないから。僕はプログラミングができるので、オンラインでクイズを作ることもできたし、動画を作って広めることもできた。やらない方がもったいないんじゃないかと思った」「他のビジネス書と違って、他のものを改善するよりも、まず自分自身を改善しようという本。本能に惑わされて全体を正しく見られないという問題を直していきましょう、そうすれば世の中が良くなりますよという本。それが新鮮だったんじゃないかな」と話す。それでも翻訳の際には様々な苦労があったという。「なかなかうまく訳せなくて、何度も何度も関さんや中川さんと校正をした。関さんが担当した部分で、"今じゃないとダメだ"みたいな表現を"いつやるか、今でしょ"という風に翻訳したことが印象に残っている」。
上杉氏はネット上でプロモーションを展開、また、むやみに献本をすることをやめ、書籍に興味を持ち、SNSに発信してくれそうな人に絞って送ることにした。「英語で読もうとして挫折してしまったという方に渡すと、とても素晴らしい書評を書いてくださった。ソーシャルメディアへの投稿にすごく時間をかけて書いている友人からの広がりもあった」。そんなSNSでの発信者の中には、あの本田圭佑選手もいた。上杉氏とは旧知の仲だといい、直接会って勧めたのだという。
中川氏は改めて同書の魅力について「読んだ後に癒されるというのがすごく特徴かなと思っている。データを見てファクトを知ると悲しいことばかりではなくて、逆に勇気づけられるというか、良いこともいっぱい起きているんだなと分かるのがこの本のいいところ」と話していた。














