憲政史上、初めて生前退位された上皇さま。しかし安倍総理が3月、「今回の皇位の継承は天皇陛下がその意思により皇位を譲るというものではなく、政府として、譲位ではなく退位という用語が適切であると考えた」と答弁しているように、今回の皇位継承は、あくまでも"特例法"による一代限りのものだ。
即位の儀式が退位の儀式の翌日となっているのも"譲位色"を帯びるのを避ける狙いがあるとみられており、閣議決定を経た最後のお言葉にも、それまで記者会見で繰り返し使ってきた「譲位」という言葉は用いられなかった。
先月放送のテレビ朝日『朝まで生テレビ!』に出演した麗澤大学の八木秀次教授(憲法学)は「退位の実現は皇室を危機にさらすパンドラの箱。将来的な即位辞退をも認めることにつながれば皇統をゆるがしかねない」と指摘している。つまり、天皇自身の希望による退位が認められることになれば、即位の辞退を容認するのか否かについての議論が避けられず、国政関与を禁じた憲法4条との関係が問題になってくるからだ。
ただ、昭和天皇の弟で一昨年に薨去された三笠宮崇仁親王は、1946年の段階で「"死"以外に譲位の道を開かないことは、新憲法第18条の"何人も奴隷的拘束も受けない"という精神に反しないか」との意見を表明されていた。
■天皇に”退位の自由”はあるのか?
4日放送のAbemaTV『みのもんたのよるバズ!』に出演した八木氏は、「天皇に退位の自由はない」との立場から、「今の皇室典範では、天皇自らの意思では退位できないことになっている。そこで上皇さまは平成28年8月8日、法律を変えて退位できるような方向に持っていってほしい、という旨のご発言をなされた。しかし憲法の4条1項には、天皇は国政に関する権能を有しない、つまり政治にタッチできないという規定がある。政府はそこに対し、ものすごく気を遣って、天皇陛下のご意思、ご発言を受けて政府や国会が動くということとは違うところで、客観的な状況を受けて政府が検討し、国会で法律1回限りの特例法を作って退位を実現させた。菅官房長官は、平成28年8月8日のお言葉について、"これまでのご活動を天皇自ら続けられることが困難になるというお気持ちを国民に向けて発せられたものであり、退位の意向を示されたものではなく"と説明している。政府としては、天皇の意思によって退位をするということはダメで、だから譲位という言葉を神経質なまでに避けてきた。天皇陛下がご高齢で、これまで全身全霊でご公務をなさってきたが、それができなくなろうとしているという客観的な状況があったからだ。それは法律に書いてあることだし、法の論理と皆さんの理解は違う」と説明する。
「次の天皇が辞めたいとおっしゃったり、または天皇の位に就きたくないという人が出てきたりしたら皇室が"空っぽ"になる。あるいは憲法違反の退位をなさったということになると、新しい天皇も憲法違反の即位ではないかという、憲法上の根拠、正統性の問題にもつながってしまう。世論調査では退位に賛成する国民が95%だったが、私としては天皇陛下や皇族方には甚だ厳しい制度ではあるが、制度の安定性を考えたら、やむを得ず反対の5%の立場にならざるを得なかった。平成28年8月8日のお言葉は、普通に読めば"辞めたい"と取れるが、はっきりとはおっしゃらなかった。それは政府も国会で何度となく確認していて、内閣法制局長官は"天皇がその意思に基づいて退位するということについては、憲法との関係において、憲法第1条が規定する象徴天皇制のもとでふさわしいものであるかどうか。第2点として、憲法第4条1項が、天皇はこの憲法が定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しないと規定していることと抵触しないかどうか"と言っている。この"どうか"と言うのは、抵触するということだ」。
こうした八木氏の説明に、「八木さんの話だと、天皇及び皇室の方々があたかも奴隷的な扱いを受ける。ご本人の意思が反映されない。譲位することさえできない。自分の意思を起点として譲位することすらできない。これは素直に国民の尊敬を集める対象になり難い」と反論するのが、神道学者の高森明勅氏だ。
「譲位を認めるかどうかという問題と女性天皇・女系天皇の問題は、明治の皇室典範、そして現在の皇室典範を制定する際にも大きなテーマになった。とても1時間ではご説明できないが、八木さんの議論は粗雑だ。天皇が自身の位を退くということを表明することが憲法4条の規定に抵触するのか、ということについては議論が分かれている。退位の自由はあるという解釈もある。内閣法制局も、天皇の意思で全てをやってはいけないということを言っているのであって、天皇の意思がそこに介在することを排除しているとは思えない。そうでないと奴隷制になる戦後憲法学の正統な学者である東大名誉教授の高橋和之先生は、ご本人が表明する以外に退位の議論をスタートさせることができない以上、憲法上の問題にはならないとしている。八木さんに確認しておきたいが、平成28年8月8日のビデオメッセージはどういう性格の行為なのか行為なのか」(高森氏)。
この問いに八木氏が「私的行為かもしれない」との見方を示すと、高森氏は「違う。公的行為だ。天皇の行為については国事行為、公的行為、その他の行為の3つに分けられているが、憲法に内容が列挙してある国事行為には該当せず、それ以外の行為にも該当しない。つまり、内閣がこれに同意し、内閣の責任において発表された公的行為として行われた。そこを誤解してはならない」と指摘。「天皇の一存で退位を決めてしまえば天皇の責任ということになってしまうが、議論のスタートを天皇ご自身の意思に置かなければ、強制退位ということになってしまう。天皇を退位させたいと思った内閣が国会の同意を得て法律を作り、本人の意思と関わりなく"クビ"にすることを可能にするような憲法の解釈、運用をしていては、果たして国民統合の象徴である天皇の地位の安定性や尊敬が保たれるだろうか。一般参賀にも多くの国民が親しみを持って集まったが、そのようなことが可能になるだろうか。天皇ご自身の意思をスタートにして、そこからいくつかの条件を設けることが大切だ」と強調した。
■即位辞退の可否の問題も議論に
一方、皇位継承順位で第1位の皇嗣殿下となられた秋篠宮さまが、周囲に「兄が80歳の時、私は70代半ば。それからは(皇位継承)できないです」と語ったとの報道もある。今年2月には、国民民主党の津村啓介衆院議員が「皇嗣の地位にある方が、世代が近い等の高齢などを理由に皇位の継承を望まない意思を公に表明されるなどした場合に皇室典範の中でどのように解されるのか」と国会で質問するなど、タブー視されてきた即位辞退の可否の問題が議論の俎上に上り始めてもいる。
菅官房長官は先月30日、「この法律(特例法)は天皇陛下の退位を実現するものであるが、この法律の作成に至るプロセスやその中で整理された基本的な考え方については将来の先例になり得るものと考えている」として、将来も特例法で退位を認めることがあるとの認識を示している。
高森氏は「今回は皇室典範と一体のものとする特例法という形式を踏んではいるが、政府が先例足り得るとはっきり答弁しているので、事実上恒久制度化したと思う。畏れ多い言い方だが、もし天皇陛下が終身在位ということで90歳までご存命だった場合、秋篠宮さまは85歳くらいで即位されることになる。これはいくら何でも現実性がないし、今回のような国民の喜びも生まれようがない」と訴える。
八木氏が「秋篠宮殿下のご発言は、ご年齢もあるので次に継いでいった方が安定的でいいのではないか、という好意的なものだ。また、そういうことはないと思うが、悠仁さまが仮に継承したくないということになれば、今の皇室典範にはそういう制度はないので、別にそういう制度を作るということだ」とコメントすると、高森氏は「皇嗣に不治の重患や重大な事故があるときは皇位継承の順序を変えることができる(皇室典範第3条)。公の場でご本人が"自分は皇位を継承するつもりがない"と明言されたとしたら、それはどう考えても重大な事故だ。そうでなければ無理やり強制的に天皇にさせたとなる。園部逸夫・元最高裁判事もそう解釈している」と話していた。(AbemaTV/『みのもんたのよるバズ!』より)