大津市の交通事故、あるいは元官僚が加害者となった池袋の事故では、その家族に対し「家族も同罪だ!」「息子は恥ずかしくないのかよ!のうのうと生きていることが許せない!」などの批判が家族にも向けられている。また、滋賀県大津市で保育園児を巻き込んだ事故を起こした主婦に「こいつは一生幸せになってはいけない。もちろんこいつの家族も」「全員でこいつのこと潰そう。とりあえず顔写真と住所を広めまくろう!」といった書き込みがなされている。
14日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、殺人犯の息子を持つ母親と、彼女を始め多くの犯罪加害者家族の支援を行ってきたNPO「World Open Heart」の阿部恭子代表に話を聞いた。
■引っ越し先にもメディアが…
「いつもと変わらない夕食を終えて、いつもと変わらない夜の時間を過ごしていた時に、本当に一言、"人を刺した"と言った。やっと、言葉を絞り出すような感じで…」。
2016年、関東某所。未成年だった息子が、サイクリング中だった面識のない40代女性の背中などを数十回も刺して殺害し、遺体を川に投げ入れるという事件を起こした。
警察の調べに、息子は"ただ人を刺したかったと供述。事件の真相を探ろうと、家族の元には報道陣が殺到した。「何が起きているのかも分からない状況で、24時間体制で自宅の周りを囲まれていた。私と主人は報道陣の前に立って謝罪をするべきだろうと考えていた。ただ、捜査関係者の方からは"報道陣とはできるだけ接触を持たない方がいい"というお話を頂いて。娘2人も守らなければいけなかったので…」。
娘たちのことを第一に考え、両親は引っ越しを決意する。しかしメディアの姿は、引っ越し先にもあった。「誰にも伝えていなかったが、常に探されているような感覚というか。外に出ることができなくなった」。
■ネット上の書き込みが一家を追い詰める
さらにネット上の書き込みが一家を追い詰めた。「鬼畜!悪魔!人間のクズ!死刑にしろ!!」「子どもの実名が出せないなら親の名前を出せ!家族も同罪だ!家族の顔もさらせ!」。家族全員の名前と顔写真、さらに父親は勤務先、娘は学校名まで晒された。それだけではない。報道との相乗効果のように、「家の中で奇声を上げて」「授業中、同級生に“死ね”と発言していた」など、多くの嘘も溢れた。
「途方もない量の情報が集まってきていた。事実であることも、そうではないことも。ただ、もう止める術はなく。報道する側は報道したいことを報道するんだなって印象は受けた。すみません…。でも、自分たちの言葉で説明するというところまでは考えられなかった」。
自営業だった父親は客が離れ、およそ1年間の休業を余儀なくされ、一家は困窮。すでに独立していた娘の援助で、何とか糊口を凌いだ。
■「自殺するしかないという気がして…」
「自分は、遺族にとって大切な家族を奪ってしまった息子を生んでしまった。罪を犯す当日まで、この手で育ててきたことに大きな責任を感じる。自分たち家族が生きていてはダメだろうという考えから、ずっと選択肢がそれしかないという気がしていて…」と、希死念慮を抱いていたことも明かした。
そんな時に知ったのが、阿部氏の存在だった。「阿部さんがいなかったら私はここにいないと思う」。母親は相談後に離婚を決断、娘たちは母親の旧姓を名乗ることで、晒された個人情報の波から逃れることができるようになった。
息子は懲役10年以上15年以下の不定期刑の判決を受け、刑務所に服役中だ。しかし、今も犯行動機は不明のままで、精神的に追い詰められた母親は面会に行けず、阿部氏が代理として彼に向き合う。事件から3年が経過した今でも、被害者家族に謝罪に行ったのは父親だけだ。
「被害者の方とご遺族に対しては本当に申し訳なく…。どれほど申し訳なく思っていても埋められないというか…。親の責任としてきちんと謝らなければいけない。そこは本当にもう…申し訳ない」と絞り出した。
■「家族の生活が崩れてしまう」「"死にたい"と口にする方が非常に多い」
阿部氏のNPOでは、これまでの8年間で性犯罪から殺人事件まで、約1500件の加害者家族の支援を行ってきた。
「"死にたい"という言葉を口にする方は非常に多い。「責任というのは免れないのではないし、絶望的な気持ちになるけれども、やっぱり加害者家族として生きる道というのがある」。
報道、それを受けたインターネットユーザによって、個人が特定されやすくなる社会ができあがっている。
「マスコミが家族に話を聞きたがる時期は、ほとんどが逮捕の前後。まだ捜査している段階であって、警察や弁護士からも話すことを止められている場合もある。情報が伝わって来ず、非常に混乱している中なので、普通の人であれば"すみません"としか言えないはず。冷静な回答なんてできないと思う。結局のところ、動機や背景が分かってくるのは裁判の前後など、時間が経ってからだ。また、昔は引っ越すことで何とか暮らすことができていた。ただ、今はどこにいても安心できない。プライバシーが暴露された結果、新しい仕事を見つけたい、平穏に暮らしたいという加害者家族の生活が崩れてしまう。そうすると、加害者本人が更生する場もなくなってしまう。これは本当に深刻な問題だと思っている」。
また、今回証言してくれた母親のケースについては「彼が刑務所を出るまで、きちんと罪を償うまで、ずっと見届けようと家族も思っているし、私もそう思っている。我々にとって事件は終わらないが、報道は終わってしまう。だから何が起きたのか、ということについても検証していくつもりだ。刑務所に定期的に通っているが、時間と、専門家の力が必要。細かい分析をするにはすごく時間がかかる。事件は複合的な要因で起きるが、きめ細やかな報道はなかなかされないので、どうしても嘘の報道が出てしまう」と指摘した。
■スマートニュースメディア研究所所長・瀬尾傑氏「時間をかけた検証報道を」
雑誌記者の経験もある、スマートニュースメディア研究所所長の瀬尾傑氏は「若い人は知らないかもしれないが、連続幼女誘拐殺人事件では、宮崎勤元死刑囚の部屋が公開され、当時悪い意味で使われていた"オタク"と話題になった。そういう部分だけが面白おかしく取り上げられ、家族はバラバラになってしまった。妹は結婚がダメになり、父親は自殺してしまった。ネットユーザーもメディアも、正義をふりかざし、警察や裁判所になったつもりで断罪しがちだ。あの頃から報道や我々はどれだけ進歩できているだろうか」と指摘する。
「メディアは事件発生直後には群がるけれど、しばらく経ったら忘れてしまう、それを繰り返している。それではなかなか真実にたどり着けない。大津で起きた交通事故のケースでも、客観的に見て悲惨な目に遭っているはずの保育園の方を取り囲み、社会的制裁を加えている会見に見えてしまう。報道機関が社会的信用を失うことのないよう、自分たちの役割を主張するだけではなく、抑制的に、時間をかけた取材がもっと必要だ。何が真実なのか、どういう背景があったのか。警察発表に誤りはないのか。そして、家族の問題なのか、あるいは社会的問題があって、それらは解決できる問題なのか。そういったことを問題提起するために報道がある。一方、メディアは社会の写し鏡でもあるので、テレビは視聴率、雑誌は部数、ネットはPVにつられてしまう。自分たちは社会を良くしようと思って仕事をしているというプライドを捨ててはいけない」。
その上で、「もちろん加害者の家族にも人権があるし、犯罪者ではない。むしろ被害者としての側面もある。その意味で、どうすれば加害者家族を社会が暖かく迎え入れ、ちゃんと暮らしていけるようにできるかが、更生にも役立つ。再犯防止の観点からも、法的な部分でも対策を考えていくことだと思う」と訴えた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)