1989年6月4日、北京の天安門広場に中国の民主化を求めて数千人の学生や労働者が集結した。これに対し中国政府は武力による鎮圧を行い、深夜から朝方にかけて軍の装甲車などが突入。逃げる市民たちを追うように無数の戦車が列をなして前進する映像は世界に配信された。
この「天安門事件」での死者数について、中国政府の「319人」と発表しているが、イギリスの機密文書は「少なく見積もっても1万人以上」と報告している。
アメリカに亡命した当時の学生リーダー・王丹氏は「後悔していない。多くの犠牲を払ったが、中国のために全世界の尊敬を得られたからだ」と語り、ポンペオ国務長官は3日の声明で「中国政府が死者や行方不明者について完全に説明することが人権や基本的自由を尊重するという中国共産党の意思を示す一歩になる」と中国共産党を厳しく非難した。
中国政府がいまだ真相を明らかにしない中、中国の魏鳳和国防相は2日「もう結論が出ている。政治的な動乱であり、中央政府と軍隊は動乱を収束させるため正しい措置をとった」と異例の言及をした。しかし事件のことが中国国内で報道されることはなく、4日のトップニュースは中華人民共和国の成立70周年記念のシンボルマークの発表。SNSにも関連するコメントが書き込めないなどの規制がかかっているのが現状だ。
一方、一国二制度が適用され、中国共産党の支配が及ばない香港では大規模な追悼行事が行われ、事件を風化させないよう犠牲者を悼む学生たちは、中国政府への警戒感も滲ませる。背景にあるのは、夏にも可決予定の「逃亡犯条例」がある。政治活動などを行うと逮捕され、中国本土に引き渡される可能性があるという。
香港のビクトリアパークで追悼集会を取材したANN上海支局の南出拓平記者は「集会の主催者を含め参加者は50~60代の方が最も多いが、若者も多く集まってきている。若者を中心とした民主化運動は5年ほど前に一度潰されてしまったが、やはり今の香港の民主的で自由な生活を維持したいという強い思いを感じる。もともと当時の学生リーダーが香港でスピーチをする予定だったが、空港で入国することができずに戻ってしまった。こういった中国からの直接的な圧力も強まっていることも取材の中で実感している」と話した。
北京大学在学中に民主化運動に取り組み、日本に留学中している時に起きた天安門事件で仲間を失ったという評論家の石平氏は「正直なところ、私たちの世代は当時のことを思い出したくない。思い出したら精神が崩壊してしまうほどの心の傷を負っている」と話す。
「1970年代までは毛沢東によるひどい独裁政治が行われていて、人々の運命は彼の一存で翻弄された。当時は毛沢東について「アホや」と一言でも批判すれば確実に死刑だった。結果、数千万人の国民が殺されたり、自殺に追い込まれたりした。毛沢東が亡くなった後、そういう時代には二度と戻りたくないと民主化運動が始まった。自分たちの世代でこの国を良くしようと思って立ち上がった、青春の、夢の時代だった。しかし、あの日で全てが終わり、中国は新しい時代に入った。国民だけでなく、世界が注目する中で若者たちを殺した中国共産党にとって、地に落ちた信用をいかにして取り戻すかが課題だった。そこで考えたのが、市場経済の導入。若者たちに金儲けのチャンスを与え、文句を言わなくなるようにした。だから中国の経済成長は天安門事件が一つのきっかけだった。しかしわずか30年前、日本でいえば東京の真ん中に戦車部隊が出動してきて、丸腰の若者たちを機関銃で銃殺するという事件が起きたら、皆さんはどう思うだろうか。しかもそんなことをやった中国共産党政権は今でも変わっていない」。
一方、30年という時間が経過した今、世代によって事件への見方は大きく異なるようだ。
南京出身でTさん(20代)は「学校でも習ったし、家族・友人とも話す。ただ、日本のニュースは騒ぎ過ぎ。民主化を求める動きはそれほどないし、生活も日本より便利。天安門事件も、騒ぎたい人が参加していたのでは?」と話す。
華僑マーケターとして東京を主に活動している陳暁夏代氏も、若い世代の一人として、石平氏の主張に疑問を投げかける。
「石さんは北京大学で、まさに"ど真ん中"にいたと思うが、私の親は石さんと同じ50代でも内モンゴルの出身。"北京でこういうことがあったらしい"という認識なので、受け止め方は地域によっても全然違っていると思う。天安門事件については学校で習ったし、おじいちゃんおばあちゃんや親の世代から話を聞くこともある。ただ、知識としては教科書程度のレベル。中国には6月4日以外にも"シビアな日"がいくつかあるし、その日が来たから議論するかと言われれば、生活にはあまり関係もしないのでしない。言論統制と言われることについても、"書けないんだな"っていうくらい」。
その上で、中国以外での生活の経験から、「私の代は"知ってはいるけど無関心"。でも、私よりも下の世代は"更地"の状態。過去の教訓を知っている大人たちが老いていく中、また似たようなトラブルが起きたときが怖いとは思う。今、どの国でも社会主義なのか資本主義なのか、といったことは結構あやふやなのではないか。ただ、中国はおそらく2年前がピークで、今は過渡期だと思う。これから政治とビジネス両方のバランスを正しくとらないと落ちてしまうと思う」と話した
こうした見方に対し、石氏は「政権側の思惑と、若者など民衆の"生存の知恵"のバランスが取れてしまっていて、一種の暗黙の共謀になっている。だからこの問題に誰も触らないし、みんな落ち着いている。しかし、今の若い人たち考え方が定着しつづけるためには、いくつもの前提があると思う。一つは経済が繁栄を続けること。しかし中国の4月の自動車販売台数は3月から2割落ちているし、このままのペースでいけば沈むのは確実。貧富の格差も広がっている。もう一つは、中国共産党政権が人々の意見を聞くようになること。しかし習近平政権ができてからの5、6年間で、クリスマスを自由に楽しめなくなってきた。税制についても習近平が一人決め、誰も反対できない。中国の政治は昔のように逆戻りする方向に行っている」と指摘。
「日本と違って、中国の場合、自由はあくまでも権力側が与えるものであって、いつ回収されてしまってもおかしくない。確かに今の若い世代には独裁政治に苦しめられた切実な経験がない。しかし、いつまでも民主化ができなければ、今の世代、次の世代が我々と同じ苦しみを味わう可能性あると思う。習近平は毛沢東化している。そこのところを中国人はもっと真剣に考えなければならないと思う。民主主義に色んな欠点があるとしても、やはり民主主義のないところは大変だ」。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)












