大ヒット携帯型ゲームを原案に、1999年にオンエアが始まったTVアニメ「デジモンアドベンチャー」。八神太一たち8人の子どもたちと、パートナーとなるデジモンたちが異世界や現実世界で冒険する姿を描き、当時の子どもたちの間で大人気となった。2000年にはTVアニメ「デジモンアドベンチャー02」が制作されるなど、新シリーズが続々と展開。そして「デジモンアドベンチャー」が20周年を迎えた2020年に公開されるのが『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』だ。本作では、20歳になった八神太一たちとパートナーデジモンたちがある事件に巻き込まれてしまう。太一たちの前に現れるデジモンの研究者、メノア・ベルッチを演じるのは、女優の松岡茉優。『万引き家族』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞し『蜜蜂と遠雷』での好演も記憶に新しい松岡は、実は「デジモン」シリーズの大ファン。「デジモン」との思い出や、大切な作品に声の演技でどう向き合ったのか、そして本作出演で思い出した自身の過去を聞いた。
子どもの頃から親しんできた「デジモン」に出演 「全てのことは、ご縁とタイミングなんだと改めて思いました」
――オファーがきたときの気持ちを教えてください。
松岡:純粋に映画が楽しみでした。私が大好きだった太一たちとデジモンたちの冒険のひと区切り、ラストの物語とお伺いしたので。私が携わる、携わらないに関係なく、この映画が作られることがすごく楽しみだったんです。ただ、大好きな作品だからこそ、やはり生半可な気持ちではできません。何より声の演技の世界は、声優という専門職の方がいらっしゃる場所。そこに俳優がお邪魔する意味を考え、覚悟を持って挑戦したつもりです。
――子どものころから大好きな作品に関われるのは、なかなかあることではないですよね。
松岡:全ての作品は巡り合わせだと思うんです。私がたまたまデジモン世代で、デジモンと一緒に大きくなって、このタイミングでこの作品が作られて、そのなかでメノア・ベルッチという新しいキャラクターが生まれて、私にオファーをしてくださった。その経緯は本当に偶然ですし、ラッキーだったと思っています。それはこの作品に限った話ではなくて…。たとえば最近では、『ひとよ』(’19年公開)で白石和彌監督と初めてご一緒しました。元々、作品制作の話は3年前からあったそうなんです。そこから3年が経ち、「今撮れます」というタイミングで、私が佐藤健さんや鈴木亮平さんと兄妹を演じてもおかしくない年齢に達していた。もし3年前に制作が進んでいたら、私はおふたりと兄妹役は難しかったかもしれません。全てのことは、ご縁とタイミングなんだと改めて思いました。
――子どものころ、「デジモンアドベンチャー」をどんなふうに楽しんでいたのでしょう?
松岡:私たちの世代では、男女ともに人気があった作品でした。女子のツボも押さえていて、女の子も応援できるバトルものと言いますか。可愛いキャラクターもたくさんいるし、登場キャラクターも半分くらいが女の子。魅力的な女の子がいたから、憧れることも、共感することもできました。主人公の太一やヤマトには、それぞれヒカリちゃん、タケルくんという妹や弟がいます。その子たちと私は同世代。だから、お兄ちゃん、お姉ちゃんたちに憧れることができました。それに何より、魅力的なパートナーデジモン! すごく元気をもらいました。
――印象的な思い出はありますか?
松岡:アニメに登場する、デジモンとつながるための「デジヴァイス」というアイテムがあるんです。そのおもちゃがあって、万歩計になっていたんですね。歩けば歩くほどアグモンが進化するんです。それをずっと手で振って、振って、振って進化させていました。歩くんじゃなくて(笑)。
――子どものころ、もし自分にパートナーデジモンができたら…と想像したことはありますか?
松岡:そんな妄想はたくさんしました。ただ、デジモンたちはみんな、最初は可愛い姿をしているんですが、成長すると姿が変わるんですね。だから、ひとりには決めきれませんでした。幼年期はこの子が好きだけど、成長期は誰が好きとか(笑)。成長期はパタモンが一番好きです。完全体ではエンジェウーモンに憧れました。女神様みたいな姿をしたキャラクターで、ナイスバディなんです。大人の女性の体を見たのもエンジェウーモンが初めてだったんじゃないかなあ。「大人になったら、私もこんな体になるんだ!」って思っていました。まあ、ならないんですけどね(笑)。
「演技に対する調整がまったく効かない」声優の仕事の難しさ
――普段の演技と、声の演技はどう違いますか?
松岡:声だけのお芝居では、私の映像の経験なんて1ミリも役に立たない。それぐらいの壁を、私は声のお仕事に感じています。うまいたとえがあったらいいんですけど、とにかくすべてが通用しないんです。演じることでは同じ仕事のはずなのに、何もかも通用しない。自分がいつもやっている、「このシーンはこういう場面だからこうなっている」というような、演技に対する調整がまったく効かないんです。もちろん、俳優さんでも素晴らしい声のお仕事をされる方はいらっしゃるし、スルッと声のお芝居に入る方もいらっしゃるんですけど。
――そんな風に感じているんですね。
松岡:でも、お仕事をいただく経緯は声のお仕事も、普段のお仕事も同じ。ある役ができあがって、その役を松岡にやってほしいと思って、声をかけてくださる。今回はとくにそれを感じました。大好きな作品のお仕事ということで、プレッシャーや責任感はありましたけど、誇らしく受け取ってもいいのかなと思えるようになりました。
引きずってしまった『桐島、部活やめるってよ』での成功
――松岡さん演じるメノア・ベルッチは、デジモンの研究者。太一たちに「大人になるとパートナーデジモンはその姿を消してしまう」という衝撃の事実を告げる人物です。本人も大人になることに葛藤を抱えるキャラクターですが、共感できるところはありましたか?
松岡:メノアが抱えている大人になりたくないという想いには共感できました。大人の方の多くは、共感できるんじゃないかなと思います。前進することは簡単なことではありませんから…。私も、いい思い出があったら、それにすがりついてゆっくりかじって生きていたいって思ってしまうんです。ただ、私たち「デジモン」ファンが太一やヤマトに憧れるのは、彼らの前進する力、何があってもあきらめない力を彼らからもらったから。
――過去にすがりたいけれど、それでも前に進む。そんな経験が松岡さんにもあるのでしょうか?
松岡:私にも栄光にすがりついた時期があって…。それは『桐島、部活やめるってよ』(2012年公開。以下、『桐島』)の直前直後でした。高校卒業も同時期でした。18、19歳になると、同世代で売れている子は主演を任されるようになります。自分はまだまだ主演なんか任せてもらえず、お仕事すらなくて。そんな中で『桐島』が日本アカデミー賞の作品賞をいただき、私自身もお芝居を褒めていただきました。「私には『桐島』があるから大丈夫」と、後ろを振り返って、そこから進むことをやめていたんです。『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』のなかには、「過去を振り向いているだけじゃダメなんだ」というようなセリフが登場します。そのセリフに、「『桐島』にすがりついてちゃダメだ」と思った自分を強く思い出しました。
――そのとき、松岡さんはどうやって前に進まれたのでしょう。
松岡:大きかったのは、『桐島』の原作者、朝井リョウさんが「何者」で直木賞を受賞されたことです。『桐島』ですでに評価されていた朝井さんが、会社に就職して、社会人として働きながら直木賞をとったんです。そのときに、自分はなんて情けないんだろうと思ったんです。「『桐島』があるから」じゃなくて、「『桐島』もあるけど」な自分になりたくて。前に進んだのは、そこからですかね。朝井さんも同世代ですし、橋本愛さんや山本美月さん…『桐島』で共演した同世代の子たちが次の代表作を作っていく様子にも刺激をもらいました。
(※)朝井リョウは大学在学中の2009年に「桐島、部活やめるってよ」で作家デビュー。卒業後は就職し、会社員をしていた2013年に「何者」で直木賞を受賞。
ビールに飲み慣れるほど大人になった太一&ヤマト…でも変わらない姿にキュン
――本作では、太一やヤマトらは22歳になっていますよね。
松岡:作品の冒頭、太一とヤマトが焼き肉屋でビールを飲むんです。しかも、ジョッキで。日常のなかでお酒を飲み交わすふたりに、成長を感じました。彼らも将来を決めなきゃいけなかったり、何かを選択しなきゃいけなかったり、なぜかはわからないのに、とにかく前に進み続けなきゃいけなくて…。その選択や葛藤は私にもあったもの。私が「大人になったのかな…?」と思い続けたこの4、5年を、太一やヤマトの姿を通して追体験できました。「デジモン」世代の方には、同じように感じてもらえるはず。
――太一とヤマトがお酒を飲むシーンには、私も驚きました。一方で、「変わらない」と感じられた部分はありますか?
松岡:焼き肉屋で酌み交わすシーンの直後に、たまたま同じ店にいた女の人が倒れます。年頃の男の子って、そういうとき、どうしたらいいかわからなくなってしまいがちだと思うんです。でも、太一は「大丈夫ですか」と駆け寄り、ヤマトは救急車を呼ぶ。相変わらずのふたりのお兄ちゃんぶりに、もう一度キュンとしましたね。私は子どものころ、ふたりを「お兄ちゃん」と思って見ていたので。「やっぱり私たちのお兄ちゃんは頼りがいがある」と思って、うれしかったです。
――「デジモンアドベンチャー」といえば、和田光司さんによる主題歌の「Butter-Fly」ですが、松岡さんにとって、印象的なアニソンはありますか?
松岡:たくさんあります。「Butter-Fly」はもちろんですし、あとは「おジャ魔女どれみ」の歌も、松本梨香さんが歌われている「めざせポケモンマスター!」をはじめ、主題歌シリーズもグッとくるし…。2、3歳年が離れた人とカラオケをするとき、「わからないかな?」って思いながら歌っても、案外わかったりするもの。私は妹がいるので、「明日のナージャ」だとか、少し下の世代の子たちがみていたアニメの曲もわかります。前後5歳ぐらいだったらどんな歌を歌っても「あー、なんか聞いたことがある」ってなりますよね。アニメソングには、今でも元気をもらえます。
――今回の映画では、2016年に逝去された和田光司さんによるオリジナルバージョンの「Butter-Fly」が使われています。いかがでしたか?
松岡:最高でした。私の中の和田(光司)さんの位置づけは、「ONE PIECE」だったら、きただにひろしさん。「ウィーアー!」 を歌って、その後、「ウィーゴー!」を歌われていて、「このアニメといえばこの人」となっている。それってすごく幸せな形ですよね。だから今回も和田さんの歌が使われていてうれしいです。どこかで見てくれていたらいいなと思います。
「大人になるって、こういうことかもしれないと感じてもらえる映画」
――今回の映画について、「デジモン」世代にアピールするとしたら?
松岡:冒頭の2、3分だけでも、「デジモン」シリーズが好きな方にとってかなりグッとくるシーンが詰め込まれています。音楽も最高ですし! 自分の好きなキャラクターはいつ出てくるかなと、当時、好きだったキャラクターやパートナーデジモンを思い出しながらわくわくできるはず。それと、今回の映画には、「デジモン」シリーズを見ていた方が楽しめる演出が随所に散りばめられていて。「これはあのときのあれだ!」「このシーンはあのときのオマージュじゃないかな」と“昔探し”ができます。この映画のラストは「デジモンアドベンチャー02」のラストにつながっています。劇場を後にして喪失感がある方は、「02」の最終回を見て、もう一度元気をもらってほしいですね。
――それではあえて「デジモンアドベンチャー」シリーズをまだ知らない方におすすめするとしたら?
松岡:「大人になる」って、ハンコをもらうわけでもなくて、「あなたはもう大人です」と認定してくれる検定があるわけでもない。なんだかモヤッと大人になってしまった20代、30代の方々に、「大人になるって、こういうことかもしれない」と感じてもらえる映画になっていると思います。
ストーリー
主人公・八神太一(花江夏樹)ら子どもたちが、突然「デジタルワールド」と呼ばれる異世界に迷い込み、そこで出会ったアグモン(坂本千夏)らデジモンたちと冒険を繰り広げる。1999年にオンエアを開始したTVシリーズ「デジモンアドベンチャー」の映画最新作。八神太一とアグモンの最後の物語が幕を開ける。はじめての冒険から10年以上が経った2010年。太一は大学生となり、仲間たちもそれぞれの道を歩んでいた。やがて、太一をはじめ、デジモンと特別な絆をもつ“選ばれし子どもたち”の周辺である事件が起こりはじめる。事件解決のために集まった太一たちの前に現れたのは、デジモン研究者のメノア・ベルッチ(松岡)とその助手の井村(小野大輔)。彼女は「選ばれし子どもたちが大人になったとき、パートナーデジモンはその姿を消してしまう」という衝撃の事実を太一たちに告げる。太一たちの選択とは…?
『デジモンアドベンチャー LAST EVOLUTION 絆』2月21日公開。
テキスト:仲川僚子
写真:You Ishii
(c)本郷あきよし・東映アニメーション