映画『Red』が本日2月21日(金)より全国公開。本作は島本理生の小説をもとにした映像作品で、監督は『幼な子われらに生まれ」『ビブリア古書堂の事件手帖』などで知られる三島有紀子。誰もがうらやむ夫、かわいい娘もいる何も問題のない生活を送る村主塔子が、かつて愛した男・鞍田秋彦と再会し、身も心も解放していくという、一人の女の生き様が描かれている。主人公の塔子役は夏帆、鞍田役は妻夫木聡、そして塔子に好意を抱く同僚・小鷹淳を柄本佑、塔子の夫・村主真を間宮祥太朗が演じた。
三島監督が今作で撮りたかったのは夏帆の“今まで見せたことのない表情”。劇中には塔子と鞍田が激しく愛し合うシーンもあり、俳優としてもチャレンジングな作品となっている。どうしようもなく惹かれあってしまう二人を演じた夏帆と妻夫木に、作品についての思いを聞いた。
夏帆「三島監督の覚悟のようなものを感じた」
――オファーを受けた時の心境はいかがでしたか?
夏帆:難しい役だと思いました。三島さんとは以前『ビブリア古書堂の事件手帖』でご一緒させていただいたんですけど、とても真摯に作品と向き合ってらっしゃる方だという印象があって。様々な苦楽をともにした監督でもあったので、主演として呼んでくださったことが嬉しかったですし、三島さんの強い覚悟のようなものを感じたんです。そんな三島さんの思いに応えたいと思いましたし、不安はありましたが、この作品に飛び込んでみようと私も覚悟を決めました
妻夫木:三島さんとは一緒に仕事をしたいと思っていましたし、そういう方が僕にこの役を求めてくれたことがうれしかったです。今まで自分が演じてきたキャラクターとはまた違う役柄だったので、期待感がありました。
――シンプルに言えば、家族を持つ塔子がかつて愛した男性と再び恋に堕ちてしまうお話です。妻夫木さんは、抵抗はありませんでしたか?
妻夫木:それよりも、この役柄を僕に求めてくれた三島さんの気持ちがすごくうれしかったです。最初は“大人の恋愛”というイメージが強かった作品ですけど、出来上がったものを見ると、どちらかというと恋愛を軸にした人生の選択の話だと感じました。そういった意味でも、抵抗はなくなりました。ただの不倫の話ではなく、特に女性の方に観てもらえれば、考えさせられる何かがあると思うんです。
――演じるにあたり意識したことはありますか?
妻夫木:頭で考えるより、心がどう感じるかが大事なのかなと思いました。脚本自体も時系列で進むようなお話ではないし、構成で見せていく部分もあったので。最初はいろいろ頭の中で考えて演じていたのですが、役作りをしていく内に“どうやらそういう事じゃないな”と思い始めました。三島監督は塔子の人生を一枚一枚丁寧に切り取って、それが物語になるように後でキチンと貼り付けてくれるんだなと感じたんです。「役として生きる」ということを心掛けました。
――三島監督はどのような監督でしたか?
妻夫木:三島さんは感覚的なことと、テクニカルな要求が五分五分くらいの割合で、根本的には「役として生きて欲しい」ということを求めてくる人だと思いました。その一方で「このセリフはもっと強くして、生命力を感じられた方がいい」など具体的に演出される場面もありました。なので、僕はまず鞍田という人物でいることが大事で、そこに役者としてできることを足していきました。
――三島監督が『極楽とんぼのタイムリミット#9』(AbemaTV)の中で「夏帆さんの今までにない表情を撮りたかった」と仰られていました。夏帆さん自身もそれは感じていましたか?
夏帆:三島さんからは「今までにないないものが見たい」と撮影中にずっと言われていました。そういう姿を撮ろうとしてくださっているのも伝わってきました。ですが、そこに自分を持っていくにはどうしたらいいのだろうとずっと悩んでいて。三島さんが丁寧に環境作りをしてくださったので、今自分の出せるものをすべてさらけ出すつもりで、毎シーン演じていました。
日常会話のない塔子と鞍田の関係
(c)2020『Red』製作委員会
――塔子と鞍田が再会するシーンは、かなり強烈に描かれています。どのような雰囲気で撮影は行われたのでしょうか?
妻夫木:会話はしてなかったと思います。話し合ってあのような形になったわけではないです。
――お互いが身を委ねながら?
夏帆:そうですね。とりあえず撮影してみてどうなるかって感じでした。
――現場で打ち合わせをしないというのはあえてでしょうか?それともお二人は普段からあまり打ち合わせはしない?
妻夫木:特別意識してそうしたわけではないですけど、夏帆ちゃんに何かを言って支えるのは正解じゃないのかもしれないなと、撮影が進む中で思いました。それよりも、現場に鞍田として存在していることが大事なのかなと。そのほうが安心に繋がる部分もあるだろうし、モヤモヤする中で役としていろんな感情も生まれるんじゃないかと。そして、それが結果的に上手く作品に繋がってくれればという思いがありました。劇中も二人はそんなにセリフのやりとりがあるわけではないので。
夏帆:基本的にふたりの会話は少なかったですもんね。会話していたとしても、日常会話ではないというか。
妻夫木:そうだね。いわゆる“普通の会話”はベッドシーンの後くらい。でも、その内容も鞍田の打ち明け話だったし、普通ではないんです。
夏帆:鞍田さんとのシーンは言葉を交わすのではなくて、ふたりの間で流れる空気感で強い繋がりを表現しなくてはなりませんでした。どんなふうに触れるのか、どんな目線で相手を見つめるのか、とても繊細なお芝居だったと思います。特に撮影が物語のクライマックスである新潟パートからの撮影だったので、このふたりがどういった時間を共有してきたのか、実感として自分のなかで積み重ねられていない段階で演じなくてはならなかったので、とても難しかったです。
夏帆、妻夫木聡との共演に喜びと緊張
――意外にもお二人は初共演ですが、共演が決まった時の心境はいかがでしたか。
夏帆:妻夫木さんとご一緒できると聞いたときは純粋にうれしかったですし、プレッシャーにも感じました。「ちゃんとやらなきゃ」って思ったんです(笑)。
妻夫木:なにそれ(笑)。
夏帆:このタイミングでこういう役柄で共演できるとは夢にも思ってもいなかったんです。最初のリハの時は本当に緊張していました。周りからは多分「夏帆、大丈夫か?」って思われていたと思います。
――そんな始まりだったんですね(笑)。撮影を通じてお互いのイメージが変わったことはありましたか?
夏帆:イメージは変わらず、プロフェッショナルでストイックな方だという印象です。現場で悩んでしまうことも多かったのですが、妻夫木さんが常に鞍田さんとして現場に居てくださったので、何か大きなものに守られているような心強さがずっとありました。どんなことも寛大に受け止めてくださるので、わたしも思いきり演じることができましたし、妻夫木さんとご一緒できて、役と向きあうとはどういうことなのか、あらためて見つめ直すきっかけとなりました。
妻夫木:僕は夏帆ちゃんの初主演作『天然コケッコー』が大好きで、そのイメージが強かったんです。なので、どこかかわいらしいイメージがあったんですけど、近年はいろんな役に挑戦していることも知ってました。『Red』では僕に対して、“弱さ”のようなものを見せてくれてうれしかったです。そういう部分を見せない人だと思っていたので。すごく難しい役に挑戦していたし、撮影中に悩んでいる姿も見かけたけれど、分からないことを「分からない」と曝け出してくれたのはうれしかった。そこまで正直に言ってくれる人ってなかなかいないんです。
――全体的にはシリアスさが漂う作品ですけど、撮影中にクスッとしてしまったエピソードはありますか?
夏帆:笑ってしまったというわけではないんですけど、今回妻夫木さんは、撮影に備えて食事制限をされていたんです。けれど、一度ケータリングでカレーが出た時にものすごく美味しそうに食べてる姿を見て。それは和みました(笑)。
妻夫木:そうねぇ。食べた食べた(笑)。
夏帆:現場でお会いする度にげっそりしていっていたので、なんだかほっこりしたというか。
妻夫木:人間の体って急に痩せるようとすると浮腫みやすくなるんですよ。撮影中は、その浮腫みと戦うのが大変でした。だから極力塩分を摂らないようにはしていたんですけど、せっかくスタッフさんがカレーを作ってくださったので、それは美味しくいただきました(笑)。
価値観の合わない二人が一緒になってしまった不幸…すれ違っていく夫婦の切なさ
――お気に入りのシーンはありますか?
夏帆:塔子と真が電話するシーンでの、間宮(祥太朗)さんの演技がすごく切なくて。私はそこが好きなんです。
――なんとも言えない切なさがありますよね。
夏帆:間宮さん演じる真は決して悪い夫というわけではないんです。すごく家族思いだし、ちゃんと稼ぎもあって、塔子は安定した生活が保障されている。それなのに、塔子は満たされない……これって不幸にも価値観が合わない二人が一緒になってしまったことが原因なんですよね。もうどうしようもできない。どっちが悪いってわけじゃない。そこがこの映画を観て考えさせられるポイントだと思います。
――最後にこの作品で伝えたいことを教えてください。
夏帆:伝えたいことをこちらが提示するより、それぞれに何かを感じていただくのが一番だと思っています。塔子という一人の女性の生き方を描いた作品で、私自身も演じながら自分の人生に置き換えて考えました。いろんなことを感じ取ることができる作品になっているのではないかと思います。
夏帆/ヘアメイク:石川奈緒記 スタイリスト:清水奈緒美
妻夫木聡/ヘアメイク:勇見 勝彦(THYMON Inc.) スタイリスト:TAKAFUMI KAWASAKI (MILD)
テキスト:中山洋平
写真:You Ishii