昼間は読者ゼロの冴えない作家。しかし夜のとばりが降りると一変、しゃれた酒場でハードボイルドな雰囲気を醸し出し、伝説のヒットマン!?という噂が尾を引く。御年74歳・市川進とは一体何者なのか…。いぶし銀・石橋蓮司がおよそ18年ぶりに映画主演した『一度も撃ってません』(7月3日公開)。阪本順治監督の号令のもと大楠道代、桃井かおり、岸部一徳、佐藤浩市、井上真央ら石橋を慕う面々が遊びに遊んで生み出した、贅沢極まりない至高の“B級映画”だ。石橋演じる市川進と共闘関係を結ぶ重要な役どころに扮したのは妻夫木聡。その年の差はなんと39歳。しかし2人には劇中さながらの共闘意識が俳優としてある。
豪華キャスト総出演に驚いているのは、誰であろう主演俳優の石橋だった。「内容的にもヒッソリ作ってヒッソリ上映され、ヒッソリ評価されて終わる規模の作品だと思っていました。でもキャストが発表された時に、これはお祭り騒ぎになってしまったぞと。しかもみなさん全員が面白がりつつも真剣で本気。なんだか申し訳ない気持ち」と恐縮する。
企画の成り立ちがまた熱い。石橋の盟友である故・原田芳雄さん宅に本作のキャスト陣の多くが集まったときのこと。石橋は「阪本監督の中では前々から温めていたアイデアだったそうですが、それを聞いた桃井かおりが『蓮司主演で映画を撮ろう!』と言い出して、周りの連中も『ならば俺も参加する!』と。原田のところに集まっている連中から生まれた企画だから、ある意味で原田芳雄が影のプロデューサー。俺はもうベロベロに酔っていたので『どうにでもなれ!』という感じでした」と笑みをこぼす。
仲間内から企画が生れ、一つの映画として形になる。かつての独立プロダクション群が映画を作るかのようなパッション。さらに2週間というタイトなスケジュールも石橋にとっては懐かしいものだった。「毎日のように朝から晩までの撮影だったので、自分の出番のない時は休めるように布団を用意してもらいました。昔の独立プロの映画作りも大体そんな感じ。しかし今回はよくぞここまでの俳優を集められたなと思います」と感慨深い。
妻夫木も日本が誇る名優・石橋蓮司という神輿を盛大に担ぐために集結した一人。しかしまさか独立プロ的映画作りを体感できるとは思ってもいなかった。「僕は3日間程度の撮影でもの凄く楽しめましたが、蓮司さんは朝から晩まで出ずっぱり。これだけのメンツを揃えているので撮影も余裕があるのだろうと思っていたら、超ハードスケジュール。蓮司さんが死んでしまうのではないか!?と心配しました」と苦笑しつつ「まさに昔ながらの撮り方」とタフな現場に舌を巻く。
妻夫木が演じたのは、市川が頼りにしている本物のヒットマン・今西。ところが普段は鉄工場に務める一職人という設定だ。アウトサイダー感をあえてゼロにして演じた妻夫木の妙な生っぽさも見所の一つ。「銃に慣れるために撮影で使用する本格的なモデルガンと弾を借りて自宅に持って帰ったら、嫁に見つかって『なにこれ!?』と驚かれました」とこだわりの事前準備を振り返りながら「ヒットマンというと、まさに夜の市川のように異様な雰囲気を醸し出した“ザ・殺し屋”のイメージを抱きがちだけれど、普通の人のような方が怖いだろうと思った。その普通さを大切に演じました」と成り切るための工夫を明かす。
石橋も妻夫木が表現したヒットマンの姿に「一番リアリティがあった!」と太鼓判。かくいう石橋こそ『一度も撃ってません』といいつつも、様々な作品で銃を撃ちまくり、人を何人殺したかわからない。「これまで何十年と殺し屋をやってきたけれど、殺し屋という役柄を与えられると、悲しみや凄みや影を背負う演技をしがち。特に昭和のB級アクションでは、陰りやカッコよさを求められた。でも今それをやったらいわゆる演技になってしまってダサい。妻夫木君は殺し屋であるという雰囲気さえ出さなかった。そこに説得力がある」と経験者ならではの手放し絶賛だ。
2人はこれまで何度か共演している。しかし妻夫木が主演として立つ石橋を相手にしたのは今回が初。妻夫木は「蓮司さんが映るだけで画が締まる。セリフをボソッと言うだけで喜劇にもなるし、サスペンスにもなる。蓮司さんがただ静かにシジミを食べているだけで、なぜあそこまで喜劇のように見えるのか!?食べ方一つとっても最高なんです」と熟練の技に唸る。
2人は39歳の年の差。石橋が妻夫木と同じ40代間近のころ。劇団第七病棟を旗揚げしたり、ロマンポルノの名作『赫い髪の女』(1979)に出演したり、ギラギラしていた。「演劇をやって借金を作って、それを返すために映像の仕事は全部引き受けていました。ごちゃ混ぜの時期でその頃が一番しんどかったけれど、楽しく最もセクシーな時代」と回想する。
現在39歳の妻夫木も俳優業のみならず作品をプロデュースするなど意欲的だが、「蓮司さんの時代と違って今の時代は、後先考えずにやりたいことをやってみよう!の精神がなかなか許されず、上手くまとめようとする。おもいきり面白がりたいけれど、厳しいコンプライアンスというものが立ちはだかってもどかしい。でも今の時代ならではの面白がり方は必ずあるはず」と模索の季節にいる。
石橋は66年、妻夫木は22年。俳優として積んだ年数は違うが、俳優業を続ける上でのモチベーションは実は同じ。石橋は「今の自分を叱咤激励するならば、飽きるな!と言いたい。俺くらいの年齢になると“例のアレでお願いします”で済んでしまい、過去に演じた何かのパターンを求められてしまう。しかしそれだとやっている自分も飽きるし、現場に行っても面白くない。周囲の求めに応じつつも、しっかり自分の頭で考えて典型にハマらない演技を見せたい」と探求心に衰えなし。
妻夫木も「演技に正解なんてないし、正しい答えなんて一生わからないと思う。だからこそ、わかったふりをしてやらない。経験を積むと自分の中で勝手に方程式を作って『この役だったらこのパターンだよね?』となりがちだけれど、そんなときこそ自分を疑うことを忘れずにいたい」と新たな引き出しを意識する重要性を説く。
そんな妻夫木の姿勢に共鳴する石橋が「自分の中から新しいものが引き出せなくなったら終わりです。『これでいい!』ではなく『まだやれる!』と思うこと。自分で自分と遊ぶというか、止まらないことが大切」と金言を口にすると、妻夫木は「そういう意味でいうと、いい大人たちがこんなに遊んでいる映画は近年ありません。オープニングからニヤニヤしちゃうくらい、みんなが遊んでいる」と『一度も撃ってません』の愛らしさを噛みしめる。己と向き合い、己を磨き続ける人たちが集ったからこそ、遊びの時間が至高の“B級映画”に転じたわけだ。
テキスト:石井隼人
写真:You Ishii