今やネットの技術で、全国どこでも気軽に映像配信ができる。そんな思いを持っている人も多いはず。いやいや、そんなことはありません!ハイクオリティな映像をお届けするために、スタッフは視聴者のみなさんが想像もしないような苦労をしているのです。今回ご紹介するのは、ABEMAの将棋チャンネルでの出来事。三重県鳥羽市にある温泉宿「戸田家」で行われた名人戦七番勝負を巡る、“ケーブル激闘譜”を、どうぞご覧ください!
まず先に説明をしないといけないのが、将棋界におけるタイトル戦の仕組み。プロの将棋界には、タイトルが8つあり、その中でも名人戦は最も歴史が古いものです。名人を決める戦い「七番勝負」は、同じ場所ではなく、全国各地の旅館やホテルで行われ、各地の将棋ファンを楽しませる一大イベントになっています。今年は新型コロナウイルスの影響もあり開催はされていませんが、例年は「大盤解説会」なるものもあり、多くのファンで賑わっています。
今回の名人戦、開幕戦の地となったのが、先ほどご紹介した温泉宿「戸田家」。鳥羽駅から徒歩3分の立地にありながら、戸田湾を眺めながら入れるお風呂は男女13湯に、足湯も2つ。そして、岩盤浴も18床も!客室も純な和室から広々とした洋室、両方楽しめる和洋室まであり、宴会場も広々。名人戦を開催するには十分な施設を整えた宿であります。
で、す、が…。お宿として優秀なところが、必ずしも放送に便利かといえば、決してそうでもありません。そりゃ、お泊りになるお客様が最優先ですから。めったに訪れないテレビカメラやモニタ、ケーブルのために設計なんぞしたら、それは宝の持ち腐れになっちゃう可能性も高いわけで、そこは無理するポイントでもないんです。
そんな宿に、各種放送機材を持ち込もうとするとどうなるか。ここからがいよいよ“ケーブル激闘譜”の初手になります!まず、肝心の対局室は15階。ところが、この対局についていろいろと語ったり、放送についてコントロールしたりする検討室は、なんと4階…。勘のいい方も、そうでない方でも気づきそうなところですが、そう、この15階と4階を、ケーブルでつなぐ必要があるんです!!!
「へっ?今どき、なんでも無線じゃないの?」という方、いらっしゃいますよね?そうでもないんです。安定して大容量の配信を行うためには、有線なのは必須のこと。スマホでテレビ通話するのとはわけが違います。しかも、15階から4階まで、宿の階段経由にケーブルをつなげるなんてこともできないわけです。お客様、いますからね。「じゃあ、どうするの?」。窓があるじゃないですか、窓が!外からつなぐんですよ(笑)
あろうことか検討室は、角部屋ではなく建物の中心部。15階の角にあった対局室に最短距離でケーブルをつないだら、他の客室の窓を横切っちゃいます。そんなことできないので、まず対局室から建物の端を沿うように、4階の高さまでケーブルを落とします。そして同じ高さから、水平方向に検討室へケーブルを伸ばす作戦です。
ここで取り出したのが、釣り竿とスーパーボール。へっ?これで何するわけ?釣りをする方にはご存知かもしれませんが、軽い仕掛けを遠くまで飛ばすために、スーパーボールをつけてピューンとやることがあるらしい。スタッフさん、4階の窓からこの釣り竿とスーパーボールを使って糸を伸ばし、それを伝わるようにケーブルを伸ばそうという作戦のようです。運命の一投は果たして…。なんとボールは宿の壁にポーンと衝突。しかもなんせ“スーパーボール”ですから、勢いよく弾んで反対側の木々にバサッ。あ、引っかかった!こうなったらもう取れません。やむなく糸をぷっつり。それから何度かトライしても失敗の連続。どうする、スタッフ!
試行錯誤を繰り返し、ダンボールで玉を作って糸を伸ばすことに成功。木々の中に消えていったスーパーボールたちを、ありがとう。君たちの犠牲がなければ、この中継は成功しなかったかもしれない。そんなことをスタッフの人々が胸に刻んだか定かではありませんが、とにもかくにも釣り竿ケーブル作戦は、見事に成功を遂げました。
4階から15階までつないだケーブルの長さ、実に100メートル。これだけ技術が発達した世の中でも、こんな苦労があるからこそ、いろんな場所からハイクオリティな映像が届けられるんです。
あ、今ちょうど撤収作業をしているスタッフから速報が入ってきました(まもなく午前0時)。あたりは真っ暗、本当にお疲れ様です。「撤収、ちょーこわいっす!」。え、なんで?「上からケーブル落ちてきたんですよ…。釣り竿から外れて、目の前でドーンって」。くれぐれも最後までお気をつけて!