突然妻殺しの汚名を着せられたエリート外科医が、無実を証明するため逃亡し、自らの手で真犯人を捜し出そうとする、1960年代にアメリカで放送されたテレビドラマ『逃亡者』。日本でも一世を風靡して初期の海外ドラマブームを牽引することにとなった。その後、1993年にはハリソン・フォード主演でハリウッド映画化され、保安官役のトミー・リー・ジョーンズはアカデミー賞助演男優賞を受賞し、日本でも大ヒットした。そんな名作を令和の日本という時代に舞台を置き換え、テレビ朝日開局60周年記念番組として12月5日、6日に2夜連続放送される。
主演を務めるのは、今や日本を代表する俳優でハリウッドスターとしても活躍する渡辺謙。殺人犯の汚名を晴らすために、決死の逃亡をしながら真犯人を追う主人公・加倉井一樹役を熱演。そんな彼を追い詰める警視庁特殊捜査班の刑事・保坂正巳役を豊川悦司が演じている。追う者vs追われる者の鬼気迫るドラマに挑んだ2人が、作品についての思いを語った。
渡辺謙、過酷だった撮影現場「心身ともに鬼気迫る体験」
――まず、撮影を終えられての心境を教えてください。
渡辺: 本を読んだときに、わかっていたつもりなんですが、あまりにもハード過ぎて(苦笑)。作品の途中ぐらいで、「なんでこの仕事を受けたんだろうな」って思うぐらい大変でした。3日間ぐらい、「あー」とか「うー」とか言っているだけの日もありました。
――体力的にも精神的にもハードだったと。
渡辺: そうですね、追い詰めてくれたんで(笑)。
――豊川さんはいかがでしたか?
豊川: 本当にスケールがすごく大きいので、撮影に入る前からすごく楽しみにしていました。それに謙さんが相手役で、監督もぜひ一度やりたかった和泉聖司監督で、前後編という長尺のドラマ。しかも、『逃亡者』という誰もがよく知っている話に挑むというチャレンジ精神ある企画に自分が呼ばれたと言うことが、すごくうれしかったです。自分なりに一生懸命、楽しくやりました。謙さんがかなり楽しくやらせて下さったので、演じることができたのだと思います。
――豊川さんもかなりハードでしたか?
渡辺: そっちはそんなでもないでしょ(笑)
豊川: いやいやいやいや…(笑)。謙さんが走った山道を何日か後に走ったり、謙さんが降りた階段を昼めしを挟んで降りたりとか。同じ場所でロケしているんです。ただ、いつも謙さんとはスレ違っていて。それもすごく面白かったです。
――撮影がハードだったようですが、とくに印象的なものは?
渡辺: やっぱり、1人で山中を逃げ惑うというのが、そこまでは寒くないといっても冬でしたし、雨降らしもあったり。メイクだって、ほとんど泥をつけたり、血糊をつけたりっていう。そういうロケだったので、監督が「鬼気迫りますね」と言ってくれるんですけど、本当に心身ともに鬼気迫っていましたね。『逃亡者』には映画でもありましたが、逃げる感覚だけではなくて、真犯人を追っていく中で友情が破綻していくさまなど、サスペンスや人間ドラマがある。それが今回、前後編の長尺になった分、さらにしっかりと盛り込めたので、見応えがあるものになったのではないかと思っています。
豊川: 僕もハードなシーンもありました。印象に残っているといえば、ダムの地下深いところがロケ場所だったシーンがあって、現場に行くのに5分ぐらいエレベーターに乗りっ放し。で、終わって地上に上がるのにエレベーターが壊れて上がれなくて。普段のロケではなかなか行かないというか、経験しないというか。そういうことも含めてすごく面白かったですね。
豊川悦司、“渡辺謙スタイル”に触れ「すごく刺激になりました」
――共演されたご感想は、今回が初めてですか?
渡辺: いえ、結構共演はしているんですが、必ずすれ違う。2人一緒のところをあまり画面で観たくないのかもしれないですね(笑)。今回も僕演じる加倉井と保坂はすれ違っていますけど、同じシーンの中で会うシーンが何か所かある。そして、常に自分を追いかけてくる雰囲気なりプレッシャーを背中に感じながらやらせていただいていました。
豊川: 僕の記憶だと、謙さんとご一緒するのは、これで3回目。確かになかなか同じフレームに何故か入らない。デカすぎるからですかね(笑)。今回は一緒に芝居をさせてもらったんじゃないかなと思うんですけど。謙さんは同じ俳優仲間から見ていても、すごく真面目な方で、自分の役をつくるというのは当然なんですが、全体をすごく考えている。その全体の中でどうすればいいのかということで、監督、あるいは共演者にも「このシーンはこういう風に解釈できるけれど、君はどう思う」というようなディスカッションが多くて。その時間の中で、僕はこういう風に解釈している、みたいな話をされる。そういう渡辺謙スタイルというものに触れられて、すごい刺激になりましたし、僕も次から仕事をするときは踏み込んだ見方をするようにしようかなと思いました。
――渡辺さんから、豊川さんに役者として感じられたところは?
渡辺: 彼は雰囲気がすごくありますから、今回の保坂という役でもそんなに多くを語らない。でも、ある種の孤独感とか、人間に対しての不信感とか、そういうものを背中に背負って来られる。保坂と加倉井が相対するのは最後でしかないんですが、僕にはないクールさで対峙してくるから、カッコいいなと。僕は階段を必死でガニ股で下りるんですけど、豊川くんはカッコいいですからね。
豊川: ハハハ(笑)。
現代版に置き換えられた『逃亡者』は「よりスピーディーな展開に」
――本作はもともと往年のドラマであり、そして名作映画がベースになっていますが、演じるに当たって、オリジナルを参考にされたのでしょうか。
渡辺: うろ覚えだったので、本が来る前に見ました。ただ映画ですら、もう30年近くも昔の作品なので、今回のドラマは事件の設定にしても、主人公たちのバックグラウンドにしても現代に置き換えています。また、アイテムにしてもスマホだったり、かつてはなかったアイテムがあるし、捜査も科学的になっている。現代風にかなりアレンジしているのと、長尺になった分で、犯人である男と、僕との友情をもっと深いものにしています。そのあたりは、映画よりはもう少し複雑な人間関係になっていて、見どころにもなっていると思います。
――そこは、ある意味、日本的なアレンジが施されたということですか?
渡辺: ちょっとそういうところはあります。善と悪、犯人vs冤罪をかけられた男というだけではないところの情感が描けたような気がします。
豊川: 僕も映画は観ました。保坂という役を演じるにあたって、トミー・リー・ジョーンズがこの役に対してどういうアプローチをしたのかなというのは参考にさせてもらいました。追う立場の刑事がどういう形であったらエンターテイメントとして面白いのか。オリジナルの中から衣装など、ちょっとしたアイデアをもらったところはあります。
――捜査の上で現代的なアイテムや捜査方法が進化したことで、かつての映画に比べてスピーディーになった部分はありますか?
豊川: そうですね。前のオリジナルの映画のどちらかというと、肉体だけが立っているという部分があったと思います。そこが、今回は科学捜査や現代的なアイテムを使って得た情報などが格段に増えている。それがある意味、現代的なサスペンスにもなっていますし、肉体と頭脳という両方がかぶさってスピード感も増していると思います。
50年前の名作を今放送する意味
――もともと50年前に作られた作品ですが、令和の今、放送する意味は?
渡辺: 持っているテーマとして、追う者追われる者というのは、サスペンス映画の王道だと思うんです。だから、現代社会に置き換えても非常に面白味のあるサスペンスになる。しかも、スケール感、サスペンス感だったり、話としても非常に面白くて、エンターテインメントというところではやる価値があると思います。前後編ある本なんですよ。だけど一気に読んでしまった。こんな本にはなかなかお目に書かれませんよ。
豊川: 一対一というのは、一番面白いエンターテイメントの要素だと思うんですよ。魅力的な主役と魅力的な脇役。それは、アメリカに限らず世界的に面白い構図であり、この作品にはそれがしっかりとあるから。視聴者もきっと観ているうちに、どんどん引き込まれていくと思います。何より、たくさん情報があるんだけれど、誰もが、追う追われる者がいつどこで会うんだろう。それだけが気になる。
渡辺: 画面の前で、視聴者には「逃げてー、ダメダメ…!!」って言って欲しいよね。
豊川: 本当にそうです。演じていても面白かったです。
――緊張感が途切れない作品ですが、現場ではどうでしたか?
渡辺: 撮影の合間はなごやかでしたよ。やっぱり、ずっと緊張感を保つのは難しいし。ただ、今回の作品はカメラがオフになっても、ずっと時間が刻まれている。何かが迫っているとか、誰かがここに向かっているとか。ある種の緊迫感がずっと続いていたような。とはいえ、笑顔の絶えない楽しい現場でしたよね。
豊川: はい。謙さんがそういう人なので、凄く周りに気を遣ってくれて。まとめ上げてくれたというか。
渡辺: 監督がせっかちだったね。
豊川: 和泉監督がその場で、いきなりここはこうしようとか。こう変えちゃおうとか。あたふたもしましたけど、面白かったですね。
渡辺: ある時、現場に着いたら、監督と助監督が関係なく沢の方を眺めているんですよ。何してんのかなと思っていたら、急に「そこに入って川の中をジャバジャバ逃げてください」って。それ以降、監督があらぬ方向を観ていると、ああそこか走るのか…って(笑)。結構川は走らされたね。
豊川: かなり走りましたね(笑)。
――今回の作品で視聴者に向けて、意識したことはありますか?
渡辺: お客さんは目が肥えていますからね、何がどうこうということよりもそのシークエンスがいかにリアリティがあって、いかにスリリングであるかということだけを常に意識しながら演じていました。聞くところによると、結構序盤は飛ばしていくみたいですよ。ある程度のところまではちょっと規格外みたいに飛ばしていくそうで…。たぶん、そこまで観てくれたら、もうお客は釘付け!
豊川: そうですね。前半は結構ノンストップです。後半は謎解き。サスペンスのほうが強くなっていく。前半はとにかくアクション、アクション、アクションで。ガンガンガンと行く。
渡辺: 前編と後編で、本当に色合いが変わるんです。前編はものすごいノンストップムービーというか。そういう感じで最後まで息をつかせない。後半は頭脳戦だったりサスペンスだったり。非常にスリリングな展開の中で、大団円を迎えるので楽しんでご覧いただけると思います。
テレビ朝日開局60周年2夜連続ドラマスペシャル『逃亡者』
ドラマ『逃亡者』はテレビ朝日系にて2020年12月5日(土)、6日(日)2夜連続よる9時より放送。またABEMAでは、『逃亡者』の配信オリジナルストーリーとして、2020年12月6日(日)夜10時55分より三浦翔平主演の「特別広域追跡班 ~ヒトリヨガリの科学捜査官~」前後編を同時配信する。
テキスト・取材:前田かおり
撮影:You Ishii