“東ドイツのボブ・ディラン”と呼ばれ、スパイだった男の真実の物語
ベルリンの壁崩壊に先立つ1980年代から東ドイツで活躍していた実在のシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマン(1955~98年)。グンダーマンは、昼間は褐炭採掘場でパワーショベルを運転する労働者だが、仕事が終わるとステージに上がり、自ら作った曲を仲間とともに歌う。彼の希望や夢、理想に満ちた歌は、多くの人々に感動を与え人気者になっていくが、その一方、当時の秘密警察(シュタージ)に協力するスパイとして友人や仲間を裏切っていた。1990年の東西ドイツ統一後、自身も友人にスパイされていたことを知り、その矛盾を自らに問うこととなる…。
映画『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』が5月15日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開される。メガホンをとったのは東ドイツ出身のアンドレアス・ドレーゼン監督。脚本のライラ・シュティーラーとともに10年の歳月をかけて、私たちの知らない人間と国家の断末魔の叫びをユーモア溢れるリアルで繊細なタッチで掬い取り、ドイツで最も権威のあるドイツ映画賞(2019)で作品賞、監督賞含む6部門で最優秀賞を獲得した。東ベルリン生まれの主演アレクサンダー・シェーアは、グンダ―マン本人と見間違うほどの神がかり的な演技を見せ、劇中で演奏される全15曲を自らカバーして歌っている。グンダーマンの妻コニーを演じるのは可憐なアンナ・ウンターベルガーだ。
2つの時代から東ドイツの過去を厳しく見つめ、問い直そうとする東ドイツ独特の“ふるさと映画”でもある同作は、どのように生まれたのか。アンドレアス・ドレ―ゼン監督のインタビューを紹介する。
アンドレアス・ドレーゼン監督インタビュー
ーーリヒャルト・エンゲルのドキュメンタリー映画『GUNDERMANN ― ENDE DER EISENZEIT(グンダーマン ― 鉄の時代の終焉)』(1999)で、採掘現場の元監督官はゲアハルト・グンダーマンについて「彼は本当に厄介な人だった」と言っています。映画でも同じでしたか?
グンダーマンと共に働いていた同僚は、当然グンダーマンに対する彼らなりの見方をしてます。実際グンターマンは、かなり面倒な人だったと思います。愛すべき人間だけれど、要求が多くて、骨の折れる性格です。私は彼のコンサートを見ただけで、彼を個人的に知っているわけではありません。こんなに複雑な人物をどう映画で表現することができるのか?そういうクリエイティブな意味で、彼は私を困らせました。特に、グンダーマンは魅力的な人間というだけではなく、自分自身や周りの人々に、そして観客にも多くの疑問を投げかけているからです。
ーーゲアハルト・グンダーマンに着目したのはいつ頃ですか?
リヒャルト・エンゲルのドキュメンタリー映画『GUNDI GUNDERMANN(グンディ・グンダーマン)』をテレビで見た1983年です。制作中から多くの問題があったため、視聴者の少ない深夜遅くにこっそり放映されました。映画の中では、当時の東ドイツでは珍しく批判的な意見が述べられています。それ以来、グンダーマンの名前は私の胸に刻み込まれました。リヒャルト・エンゲルの映画は、今までで最も重要な歴史的記録であり、初期のグンダーマンを知ることができる唯一無二の映像資料です。
ーーこの映画『GUNDERMANN』の構成はどのように決めたのですか?
それは、もちろんライラ・シュティーラーのお陰です。二つの時代を描くことは、すぐに決まりました。実際には、グンダーマンが自分の過去に対して葛藤をおぼえる1990年代から始め、それから約20年前に遡ることを考えました。どういう経緯で彼が東ドイツの国家保安省に協力することになり、その道徳的策略に陥ったのか、しかも同じ時期に、いかにコニーとの愛が始まったのかということを、我々は描きたかったのです。『GUNDERMANN』は、自分の人生や犯し得る罪、そして消滅した国の過去と必死で向き合う努力をした一人の人間について描いた映画です。そして、もちろん一人の偉大な詩人についての映画です。
ーーそれから芸術と労働の世界についての映画でもありますね。
そうです。それは大きな役割を果たしています。グンダーマンは、単に一人の歌手というだけでなく、特別の社会的立場にいた芸術家です。褐炭採掘場からステージに向かい、コンサートを終えるとまた仕事に戻る。頭の中は想像する夢でいっぱいなのに、作業靴は褐炭の泥の中、そういう人間です。それから、言い忘れていましたが、これは壮大なラブストーリーでもあります。
ーー『GUNDERMANN』は脚本家ライラ・シュティーラーと組んだ6作目の作品ですね。どんな「化学反応」がありましたか?
彼女とは、共通の世界観と人々に対する共通の見解を持っています。それは「グンダーマン」に関しても同様で、基本的な事は全て一緒に決めることができました。ライラと私はユーモアについても同じ感覚で、それは非常に重要なことだと思っています。批評についてもオープンで、個人的批判だと気にすることもありません。彼女は驚くほど忍耐強く、綿密で勤勉な、広い心で物語にアプローチする、私の強い味方です。
ーー『GUNDERMANN』制作のために一緒に10年間かけて準備したのは、結果として良かったのでしょうか?
決して失った時間ではありません。二人とも、その間に他のプロジェクトを実現しましたし、何度もミーティングを行って『GUNDERMANN』の準備に取り組んできました。半年くらい脚本を放っておいた後、改めて新鮮な目で読むというのも良いことです。撮影を始める前に時間的余裕をもつことは、不要な論争を避けるのに役立ちます。『GUNDERMANN』という映画が、特定の時代の風潮に対する回答であってはなりません。一人の人生の物語です。
ーーそうは言うものの、本作は「東ドイツのアイデンティティ」について再び多くの議論が起こっている最中に完成しましたね。
「東ドイツのアイデンティティ」というような表現には、とても気を付けています。私は「オスタルギー(東ドイツを懐かしむ気持ち)」という言葉が大嫌いです。東ドイツ時代には戻りたくありません。だからといって、その理想に見切りをつけたという意味ではありません。グンダーマンが採掘場でパワーショベルを運転しながら、歌詞日記に録音しています。「僕は負け組だ。元気な馬に賭けた。でも負けた。」
ーーグンダーマンは東ドイツを信頼していたのですね。
それは大変な悲劇で、そのために東ドイツでは多くの人々が精神的に破綻をきたしました。国を信じていた人々は、疎外されてアウトサイダーになるか、あるいは迫害されました。共産主義者たちが突然監視されるという歴史のパラドックスです。グンダーマンは、敵だと烙印を押されることがどういうことか、実際に経験したのです。彼の言葉は多くのことを語っています。例えば、「公正な社会の理想には根拠がある。しかし、それをどう実現するのか?」東ドイツは約束を守りませんでしたが、ユートピア的な考えが良くないという意味ではありません。私は個人的に、ベルリンの壁崩壊後も長年に渡って存在し続けているステレオタイプ的な考え方や、未だに東西が互いに間違った認識でいることにうんざりしています。その点で『GUNDERMANN』はおそらく、これまで我々が作ってきた他の映画よりも、妥協のない作品かも知れません。
ーー1995年のアルバム「Frühstück für immer(朝食よ 永遠に)」について、ゲアハルト・グンダーマンは、「思い出さねばというプレッシャーが、この曲の音程に影響した」と言っています。思い出さねばというプレッシャーは、この映画にとっても原動力になったと思いますか?
もちろん!我々は、グンダーマンと彼の記憶について、心の奥底から、心を込めて描きたかったのです。彼自身が持っていた情熱と同じ気持ちです。グンダーマンと我々には、強い繋がりがあります。確かなのは、我々が再び自分たちの歴史を解釈する権利を取り戻すこと、この国の歴史を簡単に削除してはならないということです。しっかりと見て、単純に答えを出さないことが重要なのです。何らかの制約に直面していないからといって、人間は自動的に優越感を覚えたりするものではありません。性急すぎる判断は、大抵の場合、こういう事ああいう事は決して自分には起こらないという思い込みから生まれます。我々は、グンダーマンという映画を通して、社会と深く関わり、傷つき、罪を背負い、自分の責任に向き合う一人の人間を、きめ細かく丁寧に描きたいと思いました。東ドイツでは、責任ある行動をとっているにも関わらず、自分を罪に陥れてしまう可能性が充分あったのです。彼の行動の全てを正当化するわけではありません。興味深いですが、危険な地雷原のようなテーマです…
ーーグンダーマンは変人だと思っていた人もいたでしょうね。
「変人」というとネガティブに聞こえます。どちらかというと、彼は道化師だったと言えるでしょう。道化師は人々を苛立たせることもありますが、生きる知恵をもち臨機応変に状況を判断する能力がありました。彼は世界を映す鏡なのです。我々の描くグンダーマンは、特に1970年代ですが、挑発的な道化師で反逆者でした。
ーー彼は自分で映画を撮りたかったようですね。驚きました。
はい、本当に!観てみたかったですね。
ーー主な登場人物のキャスティングについてお聞きしたいです。オーディションは行いましたか?
いいえ、といっても一回だけ行いました。我々の間では、最初から何度もアレクサンダー・シェーアの名前が上がっていました。そして、オーディションでの彼が非常に印象的で素晴らしく、グンダーマンを演じるのは彼以外にないと確信しました。その決断に今でも本当に満足しています。グンダーマンに風貌が似ているというのは、余り重要なことではありません。アレクサンダー・シェーアには同じような熱意があり、それがキャラクターを魅力的にしているのです。彼は映画への情熱があり、俳優として信じられない程の才能があります。キャラクターにのめり込んで、変身したかのように内側から表現する能力があります。さらに彼には音楽の才能があります。この映画では、アレクサンダー自身が全ての曲を歌い、ギターで伴奏を付けました。
ーーシェーアはグンダーマンを完全に掌握しているのですね…
それは見事でした。彼はほぼ全てのシーンに出ています。制作前も、撮影中も、彼はグンダーマンのことを詳細にリサーチし、あっと言う間に役を完ぺきに征服しました。
ーー18曲が映画の中には登場します。観客が彼を発見あるいは再発見できるようにこんなに多くの曲を使ったのですか?
もちろん観客にグンダーマンの素晴らしい曲を聴いてもらいたいと思いました。独特の哀愁を帯びた詩が本質で、私を深く感動させてくれます。この感動を共有してもらうために、あの長さが必要だと思いました。しかし、全ての曲を新たにチェックし直す作業が大事で、昔と全く同じように演奏したわけではありません。丁寧に編曲しています。録音を監修したイェンス・クヴァントと私は、ギスベルト・ツー・クニプハウゼンの初期のバンドメンバーを選びました。彼らは全員「西の音楽家」でグンダーマンを知らず、好奇心旺盛で、初めて彼の曲を演奏することに興奮していました。
ーー監督は実際にグンダーマンの曲をコンサートで歌っていますね。彼の曲を歌う気分は?
簡単ではないです。あらゆる技巧を忘れなければいけません。さもないと、曲は大仰になり違った曲のように聴こえてしまいます。彼の曲は真っすぐで素直です。心の底から真っすぐに流れるように歌えばいいだけなのですが、それが難しいのです。
ストーリー
東ドイツのボブ・ディランと言われたシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマンは、ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツが消滅した後もカリスマ的な人気を博していた。しかし、彼は人には言えない過去を抱えていた。昼間は炭鉱でパワーショベルを運転、仕事が終わると仲間と共にステージに上がり、自作の歌で人々に感動を与えていた。しかし、東西統一後、シュタージに協力した人々の多くが、その事実をひた隠し、公になることを恐れていた。かつて、バンド仲間や友人たちの行動を報告していた過去が脳裏を過る。そして、友人の妻となった幼なじみコニーへの諦めきれない想い。優しかった父との確執と再会。そんなある時、かつてシュタージに協力した著名人たちが次々と告発されるのをテレビ報道で知る。彼は友人たちを訪ね、過去の自分とシュタージとの関わりを告白する。しかし、逆に「俺もお前を監視し、報告してた」と告げられる。驚きと失望に苛まれながら、コニーとの間に生まれた娘リンダの前で、自分がやるべきことは何なのかに気付く。
そして、新しいバンドの仲間にシュタージに協力していたことを告げ、観衆の待つステージに上がってゆく。
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