ミャンマー国境が違法オンライン賭博の温床に 進出する中国系企業、黙認するミャンマー国軍の思惑は 現地記者が解説
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 1日でミャンマーの軍事クーデターから5カ月が経った。タイとの国境地帯では違法なオンラインカジノが勢いを増し、中国系の巨大な街が作られようとしている。違法ビジネスを黙認するミャンマー国軍の思惑、そしてそこで交わされていた取引とは。

【映像】外から撮影したカジノ内部の様子(3:32~)

 タイとミャンマーの国境沿いの街・ミャワディにあるカジノ施設。5月、タイ側から撮影した映像では、建物内にカジノのディーラーらしき人の姿が確認できる。ミャンマーでは政府の許可を得ていないカジノは違法。しかし、こうした国境地帯はいわゆるグレーゾーンとして知られ、少数民族の武装勢力が非合法な貿易やカジノ運営を黙認され、既得権益化してきた。

 ミャンマーは、全人口の約70%を占めるビルマ族と、130を超える少数民族の間で独立後も内戦が続いた。そうした中、2000年以降、少数民族と中央政府との間では停戦交渉が進められ、その条件として支配地域での自治などが認められてきた。また、一部の武装勢力は、国軍傘下の国境警備隊に編入されたものの、引き続きカジノなどの国境ビジネスを行うことを黙認された。

 2017年、中央政府の目の届かないタイ国境沿いの街で、新たなカジノタウンの建設が始まった。街の名前は「シュエコッコ」。少数民族・カレン族の国境警備隊と中国系企業が組んだプロジェクトの総額は総額150億ドル、日本円で1兆6000億円を超えると言われている。入手した中国系企業の誘致パンフレットには、カジノや高級ホテル空港建設も予定されていると書かれていて、このプロジェクトは“一帯一路”政策に基づくものだと吹聴するような記述もあった。

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 シュエコッコの地元住民の間から、「中国人が街の中で違法行為を行っている」との声が広がり、2019年8月から当時のスー・チー政権下でプロジェクトに捜査が入った。そして、違法建設などが認定。一部の中国人は強制退去させられ、プロジェクトは中断されたと地元メディアは伝えている。また、在ミャンマー中国大使館も「プロジェクトは中国の一帯一路政策とは関係がないものだ」との声明を出した。

 そして、ミャンマー国軍傘下の国境警備隊の司令官は責任を問われ、辞任を要求された。しかし、軍事クーデター後、突如その辞任要求は取り下げられた。その裏には両者の間に取引があり、クーデター後、ミャンマー国軍は国境警備隊と共同で中断された新しい街の建設プロジェクトを再開させたと地元メディアは伝えている。専門家の分析によると、欧米諸外国からの経済制裁などで財政状況が厳しくなっている軍事政権側が、傘下の国境警備隊を通じて、国境の違法ビジネスを資金源の一つにしようとしている可能性が指摘される。

 国境警備隊の関係者は、「現在はシュエコッコにはカジノはない。中国人がオンライン賭博ビジネスなどの違法行為を行ってなどいない」と語る。しかし、実際にはSNSなどで、シュエコッコの街の内部で行われている違法カジノや、詐欺グループ向けと思われる求人広告が多く出回っている。その多くが中国語で、高額な報酬が提示されている。実際にリクルートを行っている人物に話を聞くと、シュエコッコにはオンライン賭博などのビジネスをやっている会社が100社近くあるという。また、中国の法律では、たとえそうした会社の拠点が海外にあったとしても中国人向けの賭博ビジネスをしている場合は違法、摘発の対象となるが、「ここは国境地帯だから警察の取り締まりは来ない」と語った。

 そして、実際に今、シュエコッコの中で違法オンライン賭博の会社で働いている人物からも話を聞くことができた。彼自身も自分たちのビジネスは違法行為だと認識はしているものの、「(違法ビジネスをやっているから)公的な保護を受けられない。たとえ給料が支払わなくても誰も守ってくれない」と不安と隣り合わせで働いている胸の内を語った。

 欧米諸外国からの経済制裁などで疲弊する軍事政権側にとって、国境の違法ビジネスが貴重な資金源となる可能性が指摘される。

■シュエコッコになぜ中国系企業? 中国政府の関与は

 シュエコッコについて、ここからは現地で取材したANNバンコク支局の松本健吾カメラマンが伝える。

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 シュエコッコには今も中国人はいるのか、コロナで中国に帰国していないのか。

 「シュエコッコに住む住人の話を聞くと、スー・チー政権下でプロジェクトが中断される前の最盛期に比べればだいぶ減ったそうだ。そして、コロナもあって、中国からの新しい人の流入というのは抑えられていると思うが、それでも1000人近くの中国人が今でもいるのではないか、とシュエコッコで働いている人は答えてくれた。

 実は面白い話があって、国境警備隊の関係者に『今は中国人労働者はいないんですか?』と聞いたところ、『今はほとんどいない。ちゃんとルールに則ってやっている。ビザがある人間しかいない。ミャンマー側で把握している限りでは、違法労働者はいない』という答えが返ってきた。これはある意味うまくかわした回答で、つまり“ミャンマー側で把握している限り=タイ側から入ってきた人のことはわからない”ということ。タイ側からシュエコッコに入るのは簡単で、川を渡るだけだし、そうしたことを斡旋する業者もいるくらい。もっと言うと、シュエコッコプロジェクトの中国系企業はタイにもオフィスがある。話を聞くと取材を進めると、どうもバンコクを拠点に人を送り込んでいるようだ。つまり、タイ経由でシュエコッコに入っている中国人はそれなりの数がいて、『彼らのことはミャンマー側では把握できないからわからない』として、公然と見過ごしている」

 シュエコッコに違法カジノなどが集まる理由については、2つが考えられるという。

 「1つ目は、ミャンマーには中国語を喋ることのできる少数民族が多いということ。ミャンマー北部の中国と国境を接するエリアなどでは、中国語を話せる人々が多く、実際にシュエコッコにもそうした少数民族出身の従業員が多いそうだ。

 2つ目の理由は、カンボジアで規制が強化されたから。カンボジアの南にはシアヌークビルという街があるが、そこは本当に“中国の地方都市”のように、街のいたるところに中国語の看板があったり、一時期は20万人を越える中国人が移住し、ホテル業などに加えて違法カジノや振り込め詐欺グループの拠点となっていた。ところが2019年頃から規制が厳しくなり、中国政府がカンボジア政府と共同で摘発を行うなど、シアヌークビルにいた犯罪集団は次の拠点を探す必要が出てきた。そして選ばれた場所のひとつが、シュエコッコだったと。シュエコッコは、国境警備隊の管轄下なので、警察も手出しはできない。国境警備隊と仲良くしていれば摘発されることもない、中央政府からの目も届かない、中国政府から取り締まられることもないという、まさに犯罪者にとってはこの上ない環境が整っている。ちなみに、シュエコッコの電気やネットワークは全てタイのものを使っているので、高速インターネット回線もあるし、国際送金などもタイの銀行を使うことが多いそうだ」

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 松本カメラマンは、シュエコッコプロジェクトを行う中国系企業は「決してクリーンな会社ではない」と指摘する。地元メディアなどは「チャイニーズマフィア」といった表現を使っている。

 「そして、中国メディアが行った調査報道の中で興味深かったのが、代表の男は異なる3つの名前を使い分けていて、国籍はカンボジア国籍に変更しているという点。ANNとしてもタイ国内で登録されているこの中国系企業の情報から代表のことを調べたが、カンボジア国籍に国籍変更しているということに関しては、確認が取れた。どうしてカンボジア国籍に変更したか、その詳細はわからないが、彼には中国国内で違法賭博での犯罪歴が残されていたとのことで、中国籍のままでは不都合があったのかと推察される。

 この違法オンラインカジノに関しては、中国政府が関わっているということはないと考えられる。こうした違法オンライン賭博は中国人向けの犯罪行為だったりするわけで、中国政府としても目の上のたんこぶというか、基本的には認めるわけにはいかない。例えばカンボジアでは、カンボジア政府と一緒に摘発を行ったりしていて、中国政府もこうした違法ビジネスは積極的に止めたいと考えている」

■違法オンラインカジノ黙認の背景に“インフレ”の深刻化

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 ミャンマー国軍が違法なビジネスを黙認してまでお金を必要とする背景には、過去最悪レベルのインフレが発生しつつあることにあるという。

 「ミャンマーは今、国の中にお金がない状態。国内経済は不服従運動で停滞しているし、それに追い打ちをかけるかたちで欧米諸外国からの経済制裁が始まっている。海外貿易が規制されたことで物資の不足が深刻化、貿易赤字もかさみ外貨の流出が止まらない状況だ。そうした要因などからインフレが深刻化していて、ガソリンは最大で30%近く上昇していたり、通貨・チャットの価値は対米ドルでは20%近く下がっている。こうしたインフレを抑えるためには為替介入などが必要になってくるが、そのためには中央銀行に十分な外貨準備が必要。つまり国境での違法オンライン賭博などは、国際社会の目をかいくぐりドルなどの外貨を獲得するひとつの手段になりうる。軍事政権側は、あくまで“正当な政府”を自認していることもあり、表向きには違法ビジネスに関わることができない。だから、国軍傘下の国境警備隊がこうしたビジネスをやっているという建前のもと、少しでも多くの外貨を手に入れたいというのが本音だと思われる」

 治安悪化が続くミャンマーは、この後どこへ向かっていくのか。松本カメラマンは「この状況はしばらく続くと思う」と懸念を示した。

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 「欧米諸外国からの経済制裁は、国力を下げる意味では有効になっていると思う。ただ、その一方でロシアや中国といった国々がミャンマーに近づいてきている。先週、ミン・アウン・フライン司令官がロシアを訪れた。ロシアとの関係性を対外的に示すということでは重要な意味があったと思うが、こういった大国のパワーバランスの間にミャンマーが置かれている。その中でミャンマー国軍、軍事政権側はどうやって自分たちの政権を正当化していくかが今後の鍵になってくるし、その一つのタイミングが、軍事政権側が2年以内に実施すると約束した総選挙になるかもしれない。

 この状況はしばらく続くと思っている。日本を含む欧米諸外国からプレッシャーを与え続けることは大事だが、それをかければかけるほど中国やロシアといったところに近づいていくことに繋がってしまうと。その微妙なバランスを、国際社会は長い時間をかけて見ていく必要があって、対話などを通じてできるだけ早期の民政復帰を目指していくことになると思っている」

ABEMA/『倍速ニュース』より)

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