エジプト政府は5日、エチオピア政府からナイル川の上流にある「大エチオピア・ルネサンスダム」で貯水を再開したと通告を受けたと発表した。
ナイル川の水を巡っては、エチオピアが電力不足の解消のため巨大ダムの建設を進める一方、下流にあるエジプトとスーダンが農業や飲料水に影響が出ると反発していた。ダムの貯水は去年に続き2度目で、エジプト政府は「受け入れられない」と批判した。
過去にはエジプトのシシ大統領が武力行使をにおわす発言をしており、今回の貯水再開は地域の緊張を高めることになりそうだ。その現状について、ANNカイロ支局の伊従啓支局長に聞く。
Q.「ナイル川」はエジプト国民にとってどういう存在?
エジプトは非常に雨の少ない国で、冬にパラパラぐらいしか降らない。エジプトの国に流れ込んでくる川というのもナイル川1本なので、生活用水、農業用水、工業用水と、国で使う9割以上をナイル川の水に頼っている。
よく言われるのが「エジプトはナイルの賜」「母なるナイル」という表現で、このナイル川があるからこそエジプトはこれまで育まれてきたということが言える。歴史的に見ても、このナイル川があったからこそ古代エジプト文明はこの地で花開いた。一例を紹介すると、ギザのピラミッドで使われている石材は、800kmほど離れたルクソールからナイル川を使って運んだことがわかっている。ナイル川がなければピラミッドも建設されなかった。
現代でいうと、エジプトの人口は1億人を超えている。周りの国と比べても突出していて、これもナイル川があって飲み水が安定的にある、安定的に農作物が作れるといったことが背景にある。つまり、このナイル川の水が減ってしまうと、エジプトの生活そのものを直撃するということが言える。
Q.エチオピアとエジプトの位置関係は?
2つの国はナイル川で結ばれているが、遠く離れた赤道直下のビクトリア湖から流れてくる水とは別にエチオピアから流れ込んでくる支流があって、水が青いので「青ナイル」と呼ばれている。問題となっているのはこの「青ナイル」の水。水量が非常に大事で、季節によって変動するがエジプトに入ってくるナイル川の水量の8割が青ナイルだという。その上流にダムを作ってしまうと、下流にあるスーダンとエジプトの生活を直撃することになるので、これがどうなるかは両国の国民にとって死活問題になる。
Q.なぜダムが建設され、問題になっている?
エチオピア政府が考えているのは、まずエチオピア国内の問題。慢性的に電力不足に陥っているために、巨大ダムを作ることによって、そこで発電して国の電力を賄っていこうと考えている。
もう1つはエジプトの理由と同じだが、ダムを作ることによって安定した農業用水を確保しておこうと。7月8月が雨季シーズンになるが、それだけでなく1年を通して農業で使える水を作り出す、という考えがある。
「ルネサンスダム」というネーミングは、中世イタリアのルネサンスと語源は一緒で「再生」「復活」を意味している。エチオピアの再生・復活をかけて作られているダムだという意味が名前には込められていて、それだけエチオピア政府の力が入っているということがわかると思う。
建設自体は2011年に始まっていて、これまで建設が続けられてきているが、完成すればアフリカ最大のダム、世界でもトップ10に入ってくる規模になる。貯水量は740億立方メートルで、日本の琵琶湖の約2.7倍の量になる。面積は東京都と匹敵する程度になり、これを人工的に作ってしまおいうという巨大なプロジェクトになっている。すでに一部で発電は始まっていて、発電機や電送網といったものは、近年アフリカで存在感を増している中国が支援している。
Q.そもそも水の利権はエチオピアにある?
これは歴史的な経緯があって、率直に言うと「何も決まっていない」というのが答えになる。下流のスーダンとエジプトに関しては、1950年代にイギリスの調停によって水をどう使うかということが協議され、合意している。ただその上流、特にエチオピアからの水に関しては、これまできちんとしたルールができていなかった。エチオピアとエジプトで話し合おうということが続いてきた中で、ダム建設が強行されているという状況。
今焦点になっているのは、今年どのぐらい水が貯められるか、つまり下流のエジプトで水量が減ってしまうかということ。去年の1回目の貯水の実績で言うとだいたい49億立方メートル、全体の計画が740億立方メートルなのでまだその一部に留まる。まだ直接的な被害、影響は伝わってきていない。ただ、エジプト政府としては、今後は貯められていく水の量を考えると、このまま放置して貯めさせるわけにはいかないということで、去年から強い抗議続けてきた。今回のエチオピア政府の発表に対しても、いち早く批判を強めている。
Q.両国の関係は今後どうなる?
お互いが言いたいことを言うだけの平行線がこれまで続いてきた。すでにアメリカやアフリカ連合といったところが入って調停が始まっているが、これもずっと長く行われていて議論は平行線、具体的な解決をみていない。
先週も国連安全保障理事会でダム建設の問題が議題として取り上げられた。非常任理事国として入っているチュニジアがエジプトのスタンスを支持していることもあって、安保理の中で議題として取り上げられたが、そこで話し合われて導き出されたのも「お互いの国の対話を促進していこう」という結論にしかならなかった。現時点では具体的な解決への道筋が何も見えていない。
エジプトのシシ大統領は「もしこの問題が解決されなければエジプトの持っている力を行使していく」と発言している。これは直接的には言及していないものの、武力行使も辞さないという脅しをかけたというふうに捉えられている。一方のエチオピア政府も、売り言葉に買い言葉で「戦争の準備はできている」と強気の発言をしていて、一歩も引かない姿勢を示している。
エチオピアのアビー首相は2019年にノーベル平和賞をとってはいるが、国内で北部のティグレ州で民族対立が起きている問題で、今年に入って解決に向けて軍隊の派遣をすると威嚇発言をしている。ノーベル平和賞という額面通りの人物ではない。
これまでの段階で両国の話し合いは持たれてきたが、両者とも一歩も引かないというのが現状。ダムをある程度貯水するとして、どのぐらいのペースで進めるか、技術的なところでお互いの妥協点を見出すしかないが、その糸口はまったく見つかっていない。