映画『孤狼の血』(2018)の衝撃から3年、さらにリミッターを破壊した続編『孤狼の血 LEVEL2』が現在公開中だ。メガホンをとったのは前作に引き続き、白石和彌監督。オリジナルストーリーで、鬱屈した社会に新たな熱狂を届ける。
主演は、前作で新米エリート刑事・日岡秀一を演じた松坂桃李。殉職したマル暴刑事・大上章吾(役所広司)の“血”を受け継ぎダーティに進化を遂げた日岡だが、本作では出所あけの上林組組長・上林成浩(鈴木亮平)に完膚なきまでに追い詰められる。
アクションシーンの激しさは前作から大幅にスケールアップ。さらに、日本映画史上最凶ヒールといっても過言ではないほどの極悪非道っぷりで残虐な凶行を繰り返す上林というキャラクターの誕生。エンタメ作品としての色も強まった本作だが、白石監督の狙いはどこにあったのか。上林に込めた思い、そして本作を通して伝えたいこととは。
ヤクザの非道さを前面に…『孤狼の血 LEVEL2』で意識した“評価されない”綺麗事のない世界
――本日はよろしくお願いします。今回、前作とガラッと雰囲気が変わっていましたね。何か狙いがあったのでしょうか?
白石監督:やはり役所(広司)さんがいないということが大きかったです。彼に代わる役者さんはいないので、それを埋めることはできない。その穴をどうしようかなと思ったときに、少しエンタメに振って、日岡(松坂桃李)の前にいろんな人が出てきて…ってしたら面白くなるんじゃないかなと思ったのが最初のコンセプトでした。日岡をとにかくいじめ倒そうと。
――前作ではどんでん返しを起こした日岡ですが、今回は負けが続いて終始ハラハラしました。
白石監督:今回の日岡は全てが空回りしていく。一方、敵となるヤクザ・上林(鈴木亮平)は全てにおいて「親父のために」という義理堅い人間だから、言ってることに嘘は一つもないし、彼なりに筋が通っているので、トントン拍子に進めていく。人を殺すのだけが問題ある人なんですけど(笑)。
――大いにありますね(笑)。前作が大ヒットしたことがプレッシャーになったりはしませんでしたか?
白石監督:最初はありました。脚本の池上純哉さんとも話していたんですけど、役所さんや桃李くんたちが評価されるのは納得だったんですけど、僕らまでもが賞をもらうのは、そういうつもりで作った作品ではなかったので驚きました。最初のオーダーは「韓国映画に負けない描写で酷いことたくさんやってください」って感じだったので(笑)。「なんで評価されたんだろう?」と不思議でした。だから「評価されることを意識するよりも『絶対評価されない映画作らない?』ってことに落ちつきました。やりたいことやっていこうよと。
――今回も韓国映画に負けない描写だったと思います。あえて“評価されない”を意識してしたことはあるんですか?
白石監督: 前作は「君たち、何か過去にあるね」って雰囲気がキャラクターたちにあったんです。「ガミさん(役所演じる大上の愛称)、もっと過去に悪いことやってんじゃないの?」って思わせて、実はこんな人でしたみたいな。その「実はこうでした」が今回は必要なのかなと。悪いことではないと思いますが、日本の映画も小説もそういうことがすごく多い。あと今年は『ヤクザと家族』や『素晴らしき世界』といった「現代の生きづらいヤクザ」というテーマの作品が続いたじゃないですか。どちらも素晴らしい映画なんですけど、東映で作る映画ではないなと。むしろ「ヤクザ、クズですけど?」みたいなことを東映ではやるべきだろうと思ったんです(笑)。褒められるつもりはないというのはそういうところです。
――確かに前作に比べても、ヤクザの怖さや非道さが色濃く出ていますね。前作を見て「ヤクザってかっこいい!」というイメージを持つ方もいたかと思うんですけど、今回は「絶対に出会いたくない!」ってなりますね。
白石監督:上林組に入りたくないっていう(笑)。
――本当に入りたくないです。許して欲しいです。
白石監督:ヤクザ自身やヤクザの家族が苦しい思いをしているのは事実ですけど、ヤクザだって一般の家族を食い物にしてるはず。そこに触れないで、自分たちだけ権利奪われましたっていうのは、ちょっとずるいですよね。かわいそうですけど、別の次元の話です。
「なぜヤクザになったのかを誤魔化さずに描きたかった」最凶ヒール・上林誕生の理由
――以前、オンラインイベントのトークでかたせ梨乃さんや西野七瀬さんらが語った上林に対する印象が皆さん違った。生い立ちの境遇や生き方から「かわいそう」「いい人だ」という人がいたり、やっていることの非道さから「怖い」という人がいたり、いろんな見方があるキャラクター。上林はどのようにして生まれたのでしょうか。
白石監督:そのいろいろな見方というのは、(鈴木)亮平くんが上林というキャラクターを掘り下げて、厚みを作ってくれたからだと思います。
上林で、「なぜヤクザはヤクザになったのか」ということを誤魔化さずに描きたかった。『仁義なき戦い』は戦後、国民全員が平等に焼け野原に放り出されて、その中で食べていくために暴力が必要になってヤクザが生まれたという、わかりやすい構図があるんですけど、今の時代はもう違う。(『仁義なき戦い』以降のヤクザには)差別されてきた歴史や暴力を受けてきた歴史というのが、調べれば調べるほど出てくる。彼らの暮らしの問題や国籍の問題というよりも、日本の国や社会のあり方の問題な気がした。それこそ今にも通じる問題です。少なくてもヤクザ を描くなら、そういうところに触れざるを得ないと思いました。
なので、今回、誰がこの映画の中で死んでいくかといったら、“差別されてきた人たち”なんです。彼らが犠牲になった。
上林が人を殺すときになぜ目を潰すのかというのも、“偏見はどこから始まるのか”というメッセージです。
そういうところに触れないヤクザを毎回(映画に)出すのはどうなんだろうというのが、上林というキャラクターが生まれた原点です。
――確かにヤクザ映画で描かれることは少ないですね。
白石監督:上林がチンタ(村上虹郎)を焼肉屋でボッコボッコにした後、商店街を歩いて抜けると巨大の建物があって、そこで過去の自分を思い出すシーンがあるんですけど、あれは基町アパート(市営基町高層アパート)といって、広島の人ならすぐ分かる場所なんです。もともと、原爆スラムがあったところで、それが60年代までなくならなかった。貧しくて引っ越しもできない人がたくさんいたんです。だからあのアパートを建てて、スラムから移ってもらったという歴史があるんです。
――広島の方が見たら、いろいろな背景を感じるシーンになっているんですね。鈴木さんを抜擢した理由についても教えてください。
白石監督:『ひとよ』(2019)でご一緒したのがきっかけです。桃李くんと対になるキャラクターだったので、ある程度ガタイの迫力も欲しいと思っていました。ただ、脚本には書いてみたけど、これ誰が造形してくれんねんって思ったんですけど(笑)。やはり鈴木亮平くんの役へのアプローチが信頼できるんですよね。徹底的に作り込んでくれるだろうなという安心感があった。日岡をとにかくいじめる話なので、誰と一緒にいじめたら楽しいかなとも考えました(笑)。
――最近、松坂さんも鈴木さんも穏やかな姿をテレビで拝見していたので、だいぶギャップがありますよね。
白石監督:「あのキス」(松坂桃李主演のドラマ『あのときキスしておけば』の略称)とか見てても「日岡!?」みたいな(笑)。
『孤狼の血』から3年…久々に会った松坂桃李から感じた自信と風格
――3年ぶりの松坂さんの日岡はいかがでしたか。
白石監督:自信ついてましたね!『新聞記者』(2019)でたくさん賞をとられていて、「なんだ、桃李くんに主演男優賞とらせるの、俺じゃねえのかよー!」っていう悔しさはありました。本人にも言ったら、「それは藤井監督に言ってください」って照れ臭そうにしてました(笑)。
でも、そういうことでついた自信みたいなものが、彼の中に明確にあって、全然変わっていました。「キング松坂桃李」みたいな風格がありました。桃李くんって普段は穏やかで、どちらかというと「あのキス」みたいな雰囲気ですけど、この役で久々に会ったときは、ちょっとオラついてましたね(笑)。話してみると相変わらず礼儀正しい好青年だったんですけど。
――今回は白石監督から「もっとこうして!」というリクエストはあまりなかったのでしょうか。
白石監督:はい。桃李くんも「髪を切りたい」とか「こうしたい」とか、自分からたくさん意見を出してくれたので。
桃李くんも亮平くんも、2人とも役所さんの芝居を研究していたと思います(笑)。表情のちょっとした作り方とか、役所さん風味を感じる瞬間がありました。2人で休憩中も、「あのときの役所さんのあの表情が~」とかずっと喋ってるんですよ(笑)。「今の2人に関係なくない!?」とか思って見てたんですけど、ちょっとずつ自分の役に入れてましたね(笑)。
――それは見ていてわかるほどなんですね。
白石監督:わかります。“役所テイスト”入ってるなって(笑)。本人に指摘したら恥ずかしがったと思います。
――やはり前回のガミさんが与えた影響は大きいんですね。
白石監督:大きいと思います。亮平くんも役所さんのファンらしくて、「お会いしたことない」「どんな感じなんだろう」って言っていました。でも、「今度セッティングする?」って聞いたら、「いいです!ちゃんと仕事で会いたいです!」って断られましたけど(笑)。
――白石監督はお仕事を一緒にされた方を、その後も大事にしていて、その方のファンの方からも愛されているイメージです。香取慎吾さんファンの方たちからも「NAKAMA」認定されていますし、松坂さんが結婚したときも桃友さんに向けてメッセージを送っていましたね。
白石監督:とてもありがたいことです。
男女関係なく、ご一緒した俳優さんは、本当に好きになるんです。本当に好きになった方が、仕事もうまくいきます。過去作や今の仕事を見て「あれよかったね」って声かけると信頼関係が築けるんです。あまり自分で言うと恥ずかしいですけど。
――そういう俳優さんを大事にしている姿勢もあって、「白石組に入りたい!」という方も多いのではないでしょうか。
白石監督:ありがたいですよね。前作の『孤狼』のときも出たいと言ってくれる俳優さんがすごく多くて、「じゃあ出る?」みたいな気持ちになります(笑)。でも、刑事役でオファーすると断られたりもします。皆さんヤクザで出たいんですね。
――ええ!そうなんですね!今回も熱望されてキャストになった方がいましたか?
白石監督:毎熊(克哉)さんもそうだし、澁川(清彦)さんも「ワンシーンでもいいので出たい!」って言ってくださいました。(村上)虹郎くんに関しては、『孤狼』のときに東京国際映画祭で初めて会って、そのときに「あ!白石監督みっけ!」みたいに声をかけてくれて、「出してくださいよ~」みたいな実は軽い感じでした(笑)。
――すごいきっかけですね!今回キャストの皆さんで予想を超えた芝居はありましたか?
白石監督:やはりかたせ梨乃さんですね。オーラがありました。「出てくれるんだ」と言う感動もありましたし。実はオファーの段階で「怒られるかな」とドキドキしていたんです(笑)。
――ちなみに、以前「今回、たんを吐くのが異常にうまい俳優さんがいた」とおっしゃっていましたが、それはどなたですか?
白石監督:吉田鋼太郎さんですね。床屋のシーンで吐いていただきました。
――納得です。最後に監督にとって『孤狼の血』シリーズはどういったものになったのか、そしてファンの方に向けてメッセージをお願いします。
白石監督:シリーズものが初めてでしたので、すごく楽しかったですし、空きの時間もとても豊かになりました。説明もいらない、過去作を上手に利用できるんだという新たな発見がありました。『LEVEL2』がヒットすること前提になりますが、その機運が高まれば、また日岡でいろんなことができるなと楽しみに感じています。
今回、手触りを変えたので、よりエンタメで観るのが大変という方もいるかもしれません。ですが、「観て謎の元気をもらった」という方がよくいるので、最近つばき飛ばしあってないなという方が観たら、すっきりデトックスできるのではないかと思います!
――本日は貴重なお話ありがとうございました。続編も楽しみにしています!
取材・文:堤茜子
写真:藤木裕之
(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会