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 10日、国会では加計学園の獣医学部新設問題をめぐって閉会中審査が行われ、文部科学省の前川喜平・前事務次官が参考人として出席した。前川氏が「行政が歪められた」とする意志決定プロセスの問題点や内部文書について証言する一方で、政府側は「適正だった」と主張。両者の食い違いが改めて浮き彫りになる結果となった。

 午後の参議院では、前川氏同様、元文科官僚でもある加戸守行・前愛媛県知事が発言した。同県の今治市に加計学園獣医学部の誘致を進めてきた加戸氏は、15回にわたって特区申請をするも認められることがなかった経験を踏まえ、「私からすると10年間我慢させられてきた岩盤に国家戦略特区がドリルで穴を空けていただいたということで、歪められた行政が正されたというのが正しい発言ではないかと思います」と主張した。

 その上で加戸氏は「今治で計画している獣医学部は72人の教授でライフサイエンスも感染症対策もやります。そういう意欲を持って取り組もうとしているのに、"いびりばあさん"じゃありませんが、薬学部はどんどん作っていいけど、獣医学部はダメだって、この国際化の時代に、欧米に遅れてはいけない時代にありえるんだろうかという思いで参りました。屁理屈はいいんです。日本国民にとって、時代の潮流の中でどこが何を求めているのか、それに対応するにはどうすればいいのかを考えることであって、本質が議論されないままでこんな形で獣医学部がおもちゃになっていることに、甚だ残念に思います」と苦言を呈した。

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 獣医師は本当に足りているのだろうか。また、加計学園での獣医学部新設は妥当だったのだろうか。10日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、獣医にまつわる問題をより詳しく知るため、元衆議院議員で日本獣医師会顧問の北村直人氏、東京大学名誉教授の唐木英明氏、そしてロックバンドを通じて労働環境改善を訴え「日本一美しい獣医」として話題を呼んでいるDr.kana氏に話を聞いた。

■年収は「普通のOLさんよりは多少良いくらい」

 獣医師になるためには、専門課程のある大学で学んだ後、国家資格を取得する必要がある。現在、獣医師免許保持者は全国におよそ39000人いるとされており、勤務先として一番多い(全体の39%)のは、いわゆる動物病院で犬や猫などのペットを診療する小動物診療分野だ。次に多いのが、公務員として公営の動物園や保健所で働く人で、全体の24%となっている。この他、牛や鶏などの産業動物を専門に診療する獣医や、大学の教員、医薬品の開発に携わる獣医師もいる。その一方、全く異なる職業に就く人はおよそ4600人、全体の12%もいるのが現状だ。

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 獣医師の平均年収は568万円(農水省調べ)と、医師(1200万円)、歯科医師(800万円)に比べ低い水準にあるという。また、ある県における公務員獣医師の初年度の給与は257万5200円(ボーナスは含まず)となっており、民間獣医師の半分以下というのが実態だ。

 都内の動物病院に勤務するDr.kanaさんは「普通のOLさんよりは多少良いと思う。でも拘束時間がかなり長かったり、ボランティア的に携帯電話を持ち帰って、夜中も電話に出られるようにしたり、給料に含まれない労働もある」と話す。

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 加戸前愛媛県知事は「地方公務員は試験が原則だが、獣医師は無試験でもいいからと言っても来てもらえなかった」とも訴えている。

 唐木氏は「おっしゃる通りだと思う。公務員獣医師を募集しても、募集定員いっぱいに取れるということはほとんどない。製薬会社でもほとんど取れない。多くの学生が犬や猫のお医者さんの方にいってしまうことの歪みが出ている」と話す。

 一方、北村氏は「24%が公務員獣医師というのは、世界最も多い比率」と指摘。ただし、地方では保健所の所長自らが試験管を洗ったり、会計をしたりと、様々な役割を担わされているとして「動物病院には看護師やアシスタントの方がたくさんいるが、これらに公的資格は必要なく、どんな人でもなれる。そこにも公的な資格を与えていけば、公務員獣医師はもっと社会貢献が可能になる」とし、まずは公務員獣医師の待遇改善が必要との認識を示した。

■獣医は不足しているのか?足りないのか?

 唐木氏は「獣医というと、ほとんどの方が犬や猫のお医者さんだと思っているが、50年前にはいなかった。家畜の健康を守ることによって肉や畜産の安全を守ること、動物の病気が人間にうつらないようにすること、食品の安全を確認すること、これらが獣医の仕事だった。それが高度経済成長の中でお金持ちになってくると、犬や猫を飼い、獣医に連れてくるようになった」と説明する。

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 「半世紀前、越智勇一先生という著名な獣医学の先生がいた。越智先生は戦後、高度経済成長によって小動物臨床の獣医に対するニーズが増え、それに対応するように大学を増やした。しかし、あまり大学を増やしすぎると、獣医師の地位が落ちてしまう。だから止めた。獣医師がしっかり働けて、給料がちゃんともらえるようにと。そうしなければ、日本の食の安全は守れないという意味で規制を始めた。権益的な部分だとか、そういったやましい話はなかった。」(唐木氏)

 その上で「今、獣医学部の店員は一年間に930名が定員(実際にはこの1.1倍程度を受け入れている)で、40年間ピタッと抑えられている。その中でペットの獣医師が増えてきているから、産業動物や公衆衛生、ライフサイエンス関連の肝心なところを担う獣医師が消滅しかけている」と話した。

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 これに対し北村氏は「我々獣医師会は抵抗勢力ではない。国のライセンスは岩盤規制でもない。あるいは既得権益でもない。もしそうだったら国の国家ライセンスは全部なくなった方がいい」とした上で、「我々は二年に一度、農水省に全国の獣医師の実態を調査して、提出しなければならない。その結果、地域や分野に置いて偏在はあるが、全体を見れば獣医師の数は足りている、と農水省はみている。(獣医師の全体総数は)将来的に余る。十分すぎる」と反論。「獣医学部新設」は必要ないとの立場を取る。

 北海道で馬や牛を診察する岡井家畜診療所の岡井健さんも「不足しているとは思わない。ただ、偏在している」と話す。

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 「北海道の畜産地帯にはたくさん集まってくるので、足りないということは決してない。ところが他の大きな動物の獣医さんは不足している。小動物は綺麗だが、我々の仕事は汚いしきつい、糞だらけになる。日本中の獣医さんが我々のところに実習に来るが、かなりの人たちが小動物の分野に戻っていってしまう。大動物を診たいからではなく、単位を取りたいから、あるいは他では実習できないからやってくるという人が多い」と実情を明かした。

■獣医学部を新設する必要はあるのか?

 では、こうした「偏在」を是正する観点から、獣医学部を新設することを岡井さんはどう考えているのか。

 「確実にペット、家畜は減っていく。増やすという選択肢はない。むしろ減らすべきかもしれないし、そういう時期が来るのではないかなと思っている」として、「加計学園は定員160名だということ聞いて、多いと感じた。また、学生も全国から集まって全国に散らばっていく。全く必要ないと思う」と話す。

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 Dr.kanaさんは「新しい大学はいらない。女性だと結婚して辞めてしまう人もいるし、資格を持っているのに獣医師をやっていない先生も多い。拘束時間が長いので体力的にもとても厳しく、一度離れると戻ってくるのがすごく大変な職業なので、労働環境の改善が必要だと思う。いくら獣医師の卵を増やしても、労働環境が悪ければ、結局辞めてしまう」と訴える。

 加計学園に獣医学部が必要なのか、それぞれの立場を整理すると、安倍総理「必要」、今治市「必要」、獣医師会「不必要」、文科省「?」となっている。

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 加計学園系列の倉敷芸術科学大学の学長を務めていた唐木氏は「私としては加計学園でなくてもいい。国際的に見て、日本の獣医学研究のレベルは低いので、高いレベルの学部が作られればどこでもいいというふうに思っている」と話す。

 北村氏は「ヨーロッパはイギリス含め、一つの国に獣医学科があるのは4校から8校くらい。一番多いのがイタリアで13校。日本にこんなにたくさんの大学は必要ない」とした上で、「都市開発など、規制を緩和するなどというのは大いにやっていただきたい。ただ、医師、歯科医師、獣医師、などの命に関わるものについては、経済特区には馴染まない。もし本当に獣医師が足りないのであれば、既存の16大学で定数をちょっと増やしてやればどうですか、という話をしている」と話す。

 これに対して唐木氏は「国公立大学の獣医学部は規模の小さいものを全国にばらまいてしまったので、その是正も必要。また、医学部は各大学の定員を増やして、しかも2校新しい医大を作っている。これはまさに規制緩和というか、必要があるからやったわけで、同じように、規制を外してフリーにしろとは言わないけれども、しかし必要なところは増やしていく必要があるだろうと私は思う」とコメント、議論は平行線をたどった。

 その一方、北村氏は「獣医学科が六年制になった時に、教員の待遇は四年制のままだった。これではいい先生は揃わない。待遇をきちっと改善することによって学生に教える熱意も湧き出てくる。給料は今の倍ぐらい出してもいいと思う」と指摘。唐木氏も「大学をつくるだけではダメ。教育をきちんとしなければいけない」とし、大学そのものがしっかりとした教育の理念を持っているかどうかが重要だ」と述べ、「今、文部科学省の大学設置審議会がものすごく厳しい審査をしている。ガイドラインは非常に高いレベルなので、それはいいことだと思う」とした。

■「獣医への関心が高まったのは良いこと」

 Dr.kanaさんは「私は小動物診療以外の道があると知らずに大学に入った。獣医の仕事がもっと認知されれば…」と話し、獣医師という仕事への理解が社会で深まるよう期待を込めた。

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 獣医学部新設をめぐっては異なる立場を取る唐木氏と北村氏も、議論されること自体の意義については口を揃える。

 唐木氏は「獣医学がどういうものなのか、皆さんが興味を持ったということは大変良いことで、歴史上初めてだと思う。食の安全を守る仕事、あるいは動物と人間の共通の病気を予防することは、昔よりも今の方がずっと大事になってきている。それを担う獣医師はもっともっと必要になってきている」とコメント。

 北村氏も、今回の閉会中審査について、「予想していた通り、新たな問題は出てこなかった」としながらも、「獣医療・獣医師についてこんなにも議論されたことは戦後初めて。他国と食の安全を考える場合、お互いの国の相互認証が必要になる。となると、獣医学の教育レベルが一緒でないといけない。そういう意味では非常に大切な議論を国民の皆さん方に提示できたのではないかと思う」とコメント。

 自民党所属の議員として小泉政権下では農水副大臣を務めた経験のある北村氏。「獣医師、科学者はもともと人権擁護。弱い立場に立って物事を考える、絶対嘘をつかないというのが哲学。だから私は嘘つきの国会から早めに引退したんです」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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