“おいしいものがあれば孤独じゃない”久住昌之氏が「孤独のグルメ」で本当に伝えたかったこと
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 みんなで集まれない。一緒にご飯が食べられない。今まで出来ていたことが出来なくなれば、寂しく思う人も多いだろう。ただ、1人で食べることを続けてきた熟練者からすれば「おいしいものがあれば孤独じゃない」のだという。新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言を受けて、時短営業に苦しむ飲食店が増える中、人気漫画・ドラマ「孤独のグルメ」の原作者・久住昌之氏には、今だからこそ食事に関して伝えたい、たくさんのことがある。

 午後11時に仕事を終えた後、夕食とともに1杯、というのが久住氏の日常だった。ただ今では午後8時閉店という自粛が求められ、久住氏もそれに合わせて生活時間を3時間ほど前倒した。生活でもあり、仕事でもある食べることは、やはり欠かせなかった。

 久住昌之氏(以下、久住) 結構みなさん夜の7時とか8時とかまで働いている人は多いですよね。でも、その時にはもうお店が終わっちゃう。みんな食べる場所がないですよね。

 短くなった営業時間の中で、夜でなくても多くの人で集まって食事をするのは難しい時期。かといって、1人でも行く客まで減ってしまっては、いよいよ店が苦しくなる。久住氏からすれば、できればこの時期に1人で食べることに慣れてほしいという思いがある。そこまで無理に楽しむ必要もない。おいしく食べられればそれでいいという。

 久住 昔から「1人で飲んでいて、何が楽しいんですか」とよく言われるんですよね。でも、そんなに無理に楽しまなくていいというか、ご飯がおいしかったらそれでいいじゃないですか。お酒も好きだし。それ以上、何をしなきゃいけないんだって思うんですよね。誰かを笑わせるわけでもないし、そんな毎食「わー、おいしい!楽しい!」なんて逆にバカみたいじゃない(笑)

 台湾で「孤独のグルメ」が放送された際、現地タイトルは「孤独的美食家」というものとは別に「美食不孤単」というものもあった。久住氏は、後者がお気に入りだ。

 久住 「美食不孤単」を日本語にすると、「おいしいものがあれば、1人でも孤独ではない」だそうです。「孤独なグルメ」じゃなくて「孤独のグルメ」。間にある「の」をちゃんと訳してくれたなと思ってうれしかったんですよね。1人で食べるのが難しいとか、楽しめるとかいう問題じゃなくて、もっとライトなものでいいんです。お腹が空いて、ご飯を食べて、1人でもおいしかったらちっとも寂しくないです。最近、女性や若い人でも1人で食べる人が増えてきましたが、きっと慣れてきたんだと思いますね。

 中国、韓国でも1人で食べる人は増えてきた。2年前に韓国を訪れた際、まだ1人で食べることになれない韓国人が「孤独のグルメ」を見ながら練習しているという話を聞いて笑った。中国では、日本人向けにできた日本そば屋に、中国人のサラリーマンが1人で訪れ、つまみと酒を楽しんだ後、そばで締める人も出てきたという。日本よりさらに、大勢で食事をする文化が根付いていたところに、1人の食事が増えたことは、まさに時代の流れだ。

 久住 1人で食べる人が増えたことに「孤独のグルメ」が影響を与えているっていうから、最初はお世辞だと思って聞いていたんですけど、どうやら本当にそうみたいで。みんなで「孤独のグルメごっこ」をしているんでしょうね。1人で食べる中のおもしろさを理解してもらえたみたいです。

 世界と比べれば、日本は世界中の食が集まる「食大国」だ。それゆえに日本人はどんどんと“食いしん坊”になった。新型コロナウイルスに感染して入院した患者から、病院食についてクレームが出たという話題は、やはり気になった。普通に食べられることのありがたさが、薄れているように感じたからだ。

 久住 たとえばアフリカのある部族は、365日のうち350日ぐらいは同じものを食べているわけです。それも朝、昼、夜と。今の日本人はものすごく贅沢なんです。本当はごちそうなんて、1カ月に何回かあれば十分じゃないですか。毎日普通に食事がとれるのは幸せなことです。あんなに病院食に文句を言わなくってもねぇ(苦笑)。病院食がまずいとか、ひどいとか、わがまま。点滴よりもどれだけマシかと思うんですよね。

孤独のグルメ - season1
孤独のグルメ - season1
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(C)Masayuki Qusumi,PAPIER/Jiro Taniguchi,FUSOSHA

 久住氏には、実際に新型コロナウイルスに感染した、食が大好きな友人がいる。入院直後に、車椅子でなければ移動ができないほど悪化し、食欲も大幅に落ちた。峠を過ぎた2日後に、ようやく口から物が食べられた時は、感動したと聞いた。人間が動物として生きていくために必要な、物を食べるという行為。こんな時にでもなければ、そのありがたさを再認識することはないかもしれない。

 久住 会食や飲み会なんていうのは、普通の人は毎晩やるようなもんじゃないと思います。お腹が空いたら物を食べる。その1食1食が贅沢過ぎたことに気付けたなら、ある意味でよかったんじゃないですかね。これからはお店が開いている、食べさせてもらえることにもありがたいと思えるようになるんじゃないでしょうか。

 最近では店を長く開けられない店が、弁当などを始めた。同時に、デリバリーサービスも利用者が一気に増えた。一昔前まで、地元の店から出前を取るというのが、たまにする贅沢という家庭も多かったが、今回のことで地元の店を見直すことにもつながった。

 久住 出前も1食を見直すことになりましたね。こういう食べ方もあるんだなと。デリバリーしすぎて、すごく損する人もいるみたいですけどね(笑)。中華料理屋に餃子とビールを頼んだ人がいるらしいんですけど、ビールなんて店で頼むより近くのコンビニや自販機で買った方が断然安いじゃないですか。それでも一緒に頼んじゃう。コロナ無精(笑)そのくらい歩け。コロナ太りに一直線です。

 新型コロナウイルスによって、健康への意識だけでなく、食への意識も世界中で大きく変わった。大勢で集まってにぎやかに、ということが元通りにできるのはまだ先かもしれない。ただ、失われたものを嘆くのではなく、1人で食べることに慣れれば、心はきっと穏やかになる。おいしいものがあれば孤独じゃない。密を避けながら1人で店に向かうか、出前を取って味わうか。そんなことを考えるだけでも、少し楽しくなってくる。

◆久住昌之(くすみ・まさゆき) 1958年7月15日生まれ、東京都三鷹市出身。大学在学中から美術、音楽などに興味を持ち、執筆活動では1985年に初の単独著書「近くに行きたい 舞台は江ぐちというラーメン屋」を書く。多くの「食」に関する著書がある中、1994年に漫画原作として「孤独のグルメ」の連載をスタート。2012年にテレビ東京でドラマ化されると大ヒットし、海外でも放送されるようになる。

◆孤独のグルメ 1994年から連載された漫画で、主人公の雑貨商・井之頭五郎が仕事の合間に立ち寄った店で食事する様子を描いている。仕事先で見かけた店に入った中年男性・五郎が、食事に関して頭の中で様々な感想を述べていく。2012年からスタートしたドラマ版は、五郎役を俳優・松重豊が好演。シリーズ8まで続いており、大晦日には生放送も含んだ特番も組まれるようになった。原作者の久住氏は「ふらっとQUSUMI」のコーナーで出演、ドラマに出てきた店を実際に訪れている。

孤独のグルメ - season1 - 1話
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孤独のグルメ - season8
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