人気ラッパーANARCHYが映画監督デビュー。川崎で最底辺の生活を送る人と話すこと、コミュニケーションが苦手な青年がラッパーを目指す青春映画『WALKING MAN』が10月11日（金）に公開される。主人公・アトムを演じたのは、ファッションやカルチャー面でも注目を浴びる俳優・野村周平。かねてより親交があったというANARCHY監督と野村周平に、撮影の裏側や作品に対する思い、そして本作で見えた互いのリスペクトすべき一面について話を聞いてきた。
漢気溢れる野村周平、ANARCHY監督のピンチに二つ返事で「僕やります」
ーー映画を作りたいと25歳ごろから思っていたとのことですが、どのように企画は進んでいったのでしょうか？
ANARCHY監督：はい。25歳のときに「10年後に作りたい」とざっくりと思っていたんです。どんなものを作ろうかもギリギリになるまで考えていなかったんですけど、ただ35歳になったときに「俺、『映画作りたい。夢や』って言ってたわ」って思い出して「実現させな」と改めて思いまして、高橋ツトムさんに相談したんです。高橋さんは音楽を作るときにもアイデアをもらったり、お兄ちゃんのように慕っている方なんです。そこから動き出しました。
ーー「10年後に作りたい」と思っていても普通の人は先延ばしにしちゃったりすると思います。ANARCHY監督はご自身でデッドを決めて行動するタイプなんですね。
ANARCHY監督：やろうと思ってできなかったことはないです。絶対できると思っていました。なので、何も持たず“ゼロ”で行きました。
ーーストーリーは話し合いながら決まっていったのですか？アトムのモデルはいるのでしょうか？
ANARCHY監督：アトムにモデルはいないです。話し合いながら生まれたキャラクターです。ただ「しゃべれない子がラップできるようになりたい」というざっくりしたものは僕の中であって、それを相談しながら作っていきました。
ーー野村さんをキャスティングしたのはオーディションではなく指名だったのでしょうか？
ANARCHY監督：そこにたどり着くまでもいろいろありました。主演を見つけるまでが１番大変でした。周平くんとは前から仲が良かったのですが、いきなり「やってよ～」は言えない。台本ができたのに誰に演じてもらえばいいかわからない、本当に困ったときに相談したら、二つ返事で「僕でよければ。ANARCHYさんが映画作るんだから！」って言ってくれたんです。「え！？」ってなりました。「“野村周平”で映画撮れるの？会社とかは？」って（笑）。漢気がある人なので「やる」って言ったら「やる」と。「会社からOK出ました～」ってちゃんと通して進めてくれました。誰がアトムを演じるかでだいぶ変わってくるので、周平くんがやると決まったことで、もっと見えてきました。周平くんが僕に光を見せてくれました。
ーー野村さんは役が決まったときどのように感じましたか？
野村：すごく嬉しかったです。ただ、キャスト決めるときにとんでもない人の名前を出すんですよ。大御所だらけの。主役の華がなくなってしまう。他のキャラが主役になってまうやん！って（笑）。
台本ができる前の「映画作りたい」って言っている段階のときから話は聞いていたので、「ちょい役でも出れたらいいですね」って話していたんです。主演に決まっていた人がダメになったって聞いたので「じゃあ俺やりたいです！聞いてみます」ってなったんです。そのときに初めて台本を読んで、いい本だなと思いました。
現場に伝わったANARCHY監督の真摯で謙虚な姿勢・人柄
ーーお二人は以前から親交があったということですが、今回、映画のお仕事で絡んで何かお互いに新たな一面を発見したり、ギャップを感じたりすることはありましたか？
ANARCHY監督：当たり前なんですけど、仕事は真面目なんやなぁと（笑）。
野村：（笑）
ANARCHY監督：やっぱり演技すごいなって。感心、リスペクトしました。
野村：僕は、我慢強い人なんだなと思いました。絶対初日にキレると思ったのに（笑）。
ーーそんなキレるようなシーンがあったんですか？
野村：ないです！でも、もっと「俺はこうやりたいねん！」って感じで強めに来るかと思ったんですけど、「今回は勉強させていただきます」って本当に腰が低くて、低姿勢すぎて逆に怖かったです（笑）。
ANARCHY監督：ほんまにやり方がわからなかったんです。だから現場に入って「教えて」という感じでした。
野村：昔から知っているので、ANARCHYさんの人の良さというのはわかっていたんです。ただそれがみんなに伝わるかな～と心配していたんですけど、みんな「ANARCHYさん良い人」って言っていたので、そこはちゃんと伝わるんだな、素晴らしい人柄だなと思いました。
ーー先ほど、監督が野村さんをリスペクトしたとおっしゃっていましたが、どんなところに感動しましたか？
ANARCHY監督：アトムを演じるのは難しいなと僕自身思っていたので、俳優が見つからないとき、最初からラップもできるラッパーにやらそうかなとかも思っていたんです。でも、それでは作れなかった。ラップや言葉だけでなく表情、動き、全部成長させていかなければいけないので、繊細な演技が必要になる。
自分とは真逆 無口な主人公・アトムに野村周平「逆にこれくらいになりたいくらい（笑）」
ーーアトムは普段の野村さんのイメージにはないキャラクターですよね。野村さんはどのようにアプローチしたのでしょうか。
野村：吃音症の演技は難しかったです。でも、“慣れ”なんですよね。現場に入ってとりあえずやるしかない。ここではこうしようというプランニングはあるんですけど、実際にやってみないとわからない。アトムのキャラクターについても、ロケ地に実際に行ってみて、こういう場所でこういう生活をしていたのかと想像しながらやっていました。
ーーロケ地にANARCHY監督の地元・京都ではなく川崎にした理由はあったのでしょうか？
ANARCHY監督：遠かったんです（笑）。一番はそれです。あと、あのけむたい感じの川崎のイメージが脚本にぴったりあったんです。
ーーご自身の経験や過去が盛り込まれていますか？
ANARCHY監督：内面的な部分だけで、自分に起きたこととかそういう感じではないです。内面的な部分は結構盛り込まれていると思います。
ーー警官や大人たちに悔しいことを言われますが、そういう経験は？
ANARCHY監督：そういう経験はないんです。
野村：だって、ANARCHYさんならどつき回しますよね？（笑）
ANARCHY監督：（笑）でも、あそこで言い返せないアトムは、こっちが見ていてもイライラするんです。「僕はやってないです」って言えば終わるのに。でも言えないから、いろんなことが負になっていくんですけど。言葉に発したら伝わることを、言えないアトムが悪かったりもする。周平くんはそういう演技もちゃんとしてくれました。
ーー野村さんはアトムというキャラクターに共感したり、逆に全く共感できない部分はありましたか？
野村：全く僕とは違うのであまり共感することはなかったです。
ANARCHY監督：正反対やもんな。言いたいこと全部言うてまうもんな。
野村：逆にこれくらいになりたいくらい。学んだ。こっちのほうがいいな、黙ってようかなって（笑）。
ANARCHY監督：周平くんは素直なんで心配になるんですよね。「飲もう」って連絡が来たら、「一人にさせちゃダメだ～！」って行ってましたもん（笑）。
ーー撮影期間中もお二人で飲みにいかれたりしましたか？
野村：撮影期間中はないです。二人で「一切飲まないでおこう」と約束していました。
ーーそれはなんでなんですか？
野村：終わってしまう、崩れていくと思って（笑）。
ANARCHY監督：撮影期間が10日間くらいで短かったんです。連日遅くまで撮影していたので、睡眠時間も短いですし、翌日に響く。「最後の日に、クランクアップしたら飲みに行こう」って。そしたらビール２杯でベロベロになりました（笑）。
ーー野村さんはいつも撮影期間は飲まないんですか？
野村：作品によります。でも基本飲まないです。今回は夜中まで撮影で、翌朝7時に起きるとかの生活だったので、飲めなかったというのもあります。「今日も1日終わったな～」というような生活でした。
ANARCHY監督：撮影の合間も寝てたよね。
ーーかなり疲労困憊だったんですね。
野村：それがいいように作用しました。アトムは人生に疲れているような子だったので、それを活かして。別に顔が疲れてようが、それが逆に味になる。
ーー久しぶりのお酒は二人で飲んだんですか？
野村：最初は二人で、後からPablow（T-Pablow）とかも来ました。
ANARCHY監督：クランクアップして、着替えもせずそのまま飲みに行ったもんな（笑）。
野村：「絶対なくすから台本預かっていてください～！」ってマネージャーさんに台本を渡してました（笑）。
音楽以上に評価が気になる初監督作 ANARCHY監督が「ヤーマン！」と叫んだシーンは？
ーー今回、初監督作ですがすでに周囲からの反響は届いていますか？
ANARCHY監督：本格的な映画の評価はこれからですね。作品を観てどう評価されるか楽しみです。自分の音楽の評価はあまり気にならないんですけど、今回は「どんな風に観てるの？」ってめっちゃ気になります。僕はTwitterもやってないんやけど、調べたりしてます（笑）。ラップの方が自信あるんでしょうね。でも今回は初めてだし、反応が気になる。未知なんです。すごく楽しみだし、ワクワクします。
野村：結構反響いいです。でも、僕はやるだけやったし何を言われても（いい）。もし何かありましたら、ANARCHYさんに直接言っていただいて。Twitterとかに書かず（笑）。
ーー（笑）とくにお気に入りのシーンはありますか？
野村：ラップのシーンです。色々繋がっているんです。フリースタイルやっているときもDJはU-LEEさんがやっているんですけど、最後のシーンもU-LEEさんなんです。あと、何気にChakiさん（Chaki Zulu）とかも出ているんです。
ANARCHY監督：僕らの友達が、ちょくちょくね。そこが俺らの自己満（笑）。
ーーもう一度見返してチェックしたくなりますね。
ANARCHY監督：そうなんです。「DJ、一人やん」っていうね（笑）。
あと僕は、便利屋「猫の手スマイル」の倉庫でアトムがウォークマンでラップを聞いて、そこでちょっと何かが変わる。その後フリースタイルのライブに行くというシーンが好きです。そのときの周平くんの顔がかっこいい。「どう撮る？」って相談しながらやっていたんですけど、結果出た表情がすごく好きです。
ーー野村さんはそのときの表情って覚えていますか？
野村：覚えてます。だってANARCHYさんが「ヤーマン！」（※）って叫んだシーンですよね（笑）。
（※ ラップやレゲエの世界で「おはよう」「おめでとう」「ありがとう」と全てにオールマイティに使える言葉。現場で監督は「カット」「OK」という意味で使っていた。）
ANARCHY監督：初ヤーマンやったな（笑）。
野村：僕も「ここはいいシーンだな」って思いながら演じていました。（アトムが聴いている）曲も「なめんななめんな」って言っていたので、気持ちが作りやすかったです。ここで一つ変わっていかなきゃいけない、表情も変化させなければいけないシーンだったんですが、曲もあったのですぐにできました。我ながらパーフェクトなシーンだったと思います。
ーー「初ヤーマン」シーンに注目ですね！今日は楽しいお話ありがとうございました。
テキスト：堤茜子
写真：You Ishii
▶︎動画：「SUMMER BOMB 2019」ANARCHY
