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 「率直に不明を詫びるという気持ち。状況に対する認識が正しくなかった。小選挙区にすれば、政治資金は今とまるで違って金がかからなくなると思った」。

 小選挙区導入を決定した当時の自民党総裁・河野洋平氏が2012年に語った言葉だ。55年体制の崩壊後、政治改革を目指して導入された小選挙区比例代表並立制。AbemaTV『AbemaPrime』では、注目すべき過去の衆院総選挙を当事者とともに振り返るシリーズ第2回は、党内派閥の弱体化とともに"安倍一強"の遠因として指摘される小選挙区制の功罪、そして1996年の総選挙に焦点を当てる。

目次

  • ■"二大政党制"を目指した小沢一郎氏
  • ■中選挙区制の何が問題だったのか
  • ■ブームで当選、死票…小選挙区制の落とし穴
  • ■理想の選挙制度とは?

■"二大政党制"を目指した小沢一郎氏

 与野党の議員を巻き込んだ1988年のリクルート事件以降、国民の政治不信は限界に達していた。この要因のひとつとしてやり玉に上がっていたのが「中選挙区制」だった。ひとつの選挙区から複数名が選出される制度だったため、「同じ党の中で選挙を戦うので、自民党内に自然に派閥ができる」(ノンフィクション作家の塩田潮氏)という弊害をもたらしていたとされる。これを一掃するために検討されたのが、ひとつの選挙区につき一名を選出する「小選挙区制」で、同時に各政党の得票率に応じて議席を配分する「比例代表制」を組み合わせ、「小選挙区比例代表並立制」として現在に至る。

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 制度の導入を協力に推進したのが、自民党を離党し、当時新進党の中心人物だった小沢一郎氏だ。自民党内では反対の声が上がる中、「小選挙区制に今の状態で突入したならば、自由民主党は圧勝する」とも発言していた。"豪腕"と呼ばれた小沢氏は、当時の細川護煕首相と自民党の河野洋平総裁の間を奔走、小選挙区制の導入を含む政治改革法案成立を約束させた。

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 小沢氏は、なぜここまで小選挙区制にこだわったのだろうか。慶應大学経済学部の土居丈朗教授は、「小沢氏は当時『2大政党制』を意識していた。一方が勝つと一方は負けるが、次の選挙は逆になるかもしれない。少数政党乱立という状態ではなく、それなりに大きな政党が二つほどあるような政治スタイルを日本でも定着させたい、そのためには小選挙区制が一番ふさわしいと考えていた」と話す。

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 そして1994年、小選挙区比例代表並立制、政党交付金の導入など、今の政治システムのベースとなる政治改革四法が成立。1996年には、村山内閣(自民・社会・さきがけの連立政権)の退を受けて誕生した橋本内閣が、連立を抜け出して自民単独での政権奪取を目論み解散総選挙に打って出た。「大義なき解散」とされ、後に「小選挙区解散選挙」と呼ばれるようになった総選挙だった。唯一の争点と言われていたのは、消費税増税の是非だった。3%の消費税導入から7年が経ち、1997年には5%への引き上げを閣議決定していたが、見直しを求める声も多かった。

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 新たな制度の下での初めての総選挙だったが、期待された投票率は全国平均59.65%と、過去最低の水準に終わり、自民党が28議席増の239議席、小沢氏らの新進党は4議席減の156議席を獲得した。また、社民党が大きく議席を減らし、鳩山由紀夫氏や菅直人氏らが結成、初めて選挙に臨んだ民主党は52議席にとどまった。一方、この選挙では、河野洋平氏の息子の河野太郎氏のほか、菅義偉官房長官、下村前文科相、平沢勝栄氏、渡辺喜美氏、原口一博氏、辻元清美氏など、現在政界で活躍する政治家たちも数多く初当選を果たしている。

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■中選挙区制の何が問題だったのか

 そもそも中選挙区制の問題点とはどのようなものだったのだろうか。細川内閣で内閣総理大臣特別補佐を務めていた田中秀征氏は「国会内に同じ選挙区から選出された議員がいないと慌てる。つまり、選挙区で誰か大事な人が亡くなったんじゃないか、弔電を打たなければいけないんじゃないか、と。そのくらい、選挙区内での競争が激しかった。これに党内での競争が加わればなおさらだ。様々な組織をつくり、スタッフも必要になるので、お金もかかってしまう。祝電や弔電だけで、ものすごい額のお金が必要だった」と振り返る。

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 「細川さんは当時も今も、二大政党制ではなく、"穏健な多党制"を主張していた。僕や細川さんの主張は、あくまでもおカネの問題というのは政治家個人の倫理観の問題だから、二度と選挙に出られないようにするなど、贈収賄に対する刑事罰を厳しくするべきだ、ということだった。宮澤喜一さんは"政治家が税金から政治活動の費用をもらうようになったらおしまいだ"と、政党助成金にも否定的だった」(田中氏)

 テレビ朝日政治部の足立直紀デスクは「リクルート事件に端を発する政治不信から、"政治改革"がものすごくもてはやされた時代だった。しかし議論を重ねるうちに、政治改革=選挙制度を変える、小選挙区導入という形に矮小化されてしまった」と話す。結果として、細川総理と河野氏による会談の末、小選挙区制の導入が決まってしまう。

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 「細川総理と執務室に二人だけでいて、『じゃあ秀さん、行ってくるね』と、河野さんとの会談に出ていった。その時に『ブロック比例は駄目だよ』と言ったら、『そんなことしないよ』と言っていた。まさか、自民党案を丸のみにするとは思わなかった。とんでもないことになったと思った。人生であんなに背筋が寒くなったことはない」(田中氏)

■ブームで当選、死票…小選挙区制の落とし穴

 迎えた1996年の総選挙では、与党の一翼を担う新党さきがけ代表代行を務め、現職の閣僚だった田中氏自身も落選することになった。田中氏が出馬した長野一区の得票率を見てみると、当選した小坂憲次氏(新進党)が41.8%、田中氏が27.7%、若林正俊氏(自民党)が23.1%、宮川和浩氏(日本共産党)7.5%という状況で、田中氏のほか、3人が当選できた中選挙区時代には当選していた若林氏も落選した。

 つまり、勝った人の41.8%の票にだけ意味があり、落選した候補への票60%近いは「死票」化したのだ。民主党が政権を奪取した2009年の総選挙を見てみても、民主党47%、自民党39%の得票率に対して、議席率は74%と21%となっており、政権交代は容易になった一方で、死票の問題が横たわっていることがわかる。

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 小選挙区制の問題点はそれだけではない。

 「地方では世襲ではない人、地盤がない人は出てこれなくなった。自民党の場合、支持団体は大きく分けて特定郵便局、戦没者遺族会、建設・土木関連団体、農協、商工団体商工会議所の5つがあった。中選挙区制の時代は、農業代表の人、商工業代表の人がそれぞれ当選して、支持母体の立場で党内で激論を交わしていた。今は全ての団体が一人を推す形になってしまったので、物が言えなくなってしまい、官僚が提案してきたものに乗るスタイルになってしまった。結果、霞が関との喧嘩にも弱くなり、官僚主導が強化されていく」(田中氏)

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 細川元首相は2009年、「小選挙区だけに張り付く候補やタレントみたいな候補が目立つ。賢明な政治判断ができる立法府にならない」、河野氏も冒頭に挙げた発言のほか、2014年には「大きな間違いを私は犯した。日本の政治は劣化が指摘され、そうした1つの原因が小選挙区制にある」と、それぞれが失敗を認める発言をしている。

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 「爆発的なブームが起きたら、それに乗って簡単に当選してしまう。志があるわけではなく、"ちょっと出ないか"と言われて落下傘で降りてくるような人材も増えた。河野さん本人は中選挙区制を支持し、小選挙区には反対だったと聞いていた。ただ、当時は何としても政権を奪回したかった。細川さんも小選挙区制には否定的だった。だから二人一緒に並んで、失敗だった、間違いだったと謝り、見直さなければならない」(田中氏)。

■理想の選挙制度とは?

 足立デスクは、そもそも日本に小選挙区制は合わなかったのではないかと指摘する。

 「政権交代可能な二大政党制を実現するんだとスタートして、2004年の民主党・自由党の合併以降、二大政党という形になり、2009年には政権交代を実現したが、その後の事はご存知の通り。結局色々な考えの人の寄せ集めだっただけで、いざ何かをやろうとした時になかなか動かなかった」(足立デスク)

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 田中氏は、戦後すぐの選挙で採用されていた、中選挙区かつ、複数の候補の名前を書くことができる「中選挙区連記制」も一つの形だと提案。また、比例代表制についても「例えば小選挙区制では原発反対では選挙に勝ち抜けない。ところが全国区の比例代表制であれば原発反対でも2、30人が当選できる可能性がある」として、「どの選挙制度にも、必ず良い面、悪い面が存在する。変えていけばいい」と話した。(『AbemaPrime』より)

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