将棋界の中でも、その豊富過ぎるほどの研究量で「何でも知っている」「研究の鬼」とも言われる永瀬拓矢王座(29)。将棋に対して、努力こそが強さへとつながると信じ、周囲の棋士からは年間5000時間も研究しているとまで言われたことがある。「時間をかければいいとも思っていないので、効率よくできるところはよくしたいですね。時間ですか?周りと同じくらいじゃないですか」。当の本人はそれほどでもない、といった表情で語っていたが、実際にやっていることはとてつもない。なぜ、そこまで努力できるのか。ものすごく固い決意のようなものが返ってくるかと思いきや、その回答は実に自然体を求めたものだった。
【動画】「将棋日本シリーズ」二回戦第三局 永瀬拓矢王座 対 糸谷哲郎八段
小学生時代から全国レベルで活躍し、小学6年生で奨励会入りすると菅井竜也八段(29)、斎藤慎太郎八段(28)、佐々木勇気七段(27)、三枚堂達也七段(28)といった、後にプロでも活躍する少年たちと同期に。その黄金世代としのぎを削ると、17歳0カ月の若さで四段昇段、プロ入りを果たした。
才能あふれる棋士たちに囲まれながら、努力を積み重ねて今の地位まで上がってきた。その時間だけでも群を抜くが、その質も年々向上しているとなれば、強くならないはずがない。ただし、それでも続けられればこそ。この「続ける」ことの大切さが、永瀬王座の中ではとても重要だった。
2021年度の上半期を振り返り「いろいろと課題というものが明確に見えてきましたので、それを修正したいです。何か、というわけではなく、全体的な底上げです」と、総合的なレベルアップを狙うが、歯を食いしばってやる、という感覚とは程遠い。努力に対して、永瀬王座はダイエットを例に出した。
永瀬王座 基本的に「やろう」と思ってやると、反動が出ます。ダイエットだとリバウンドという言い方をしますけど。(努力しなくなる)リバウンドがあると思うので、背伸びをして頑張ろうとするんじゃなく、ありきたりですけど続けられることを続けていく、徐々に増やしていくという感じです。一時の効果は反動を生むだけなので、自分にとってプラスだと思えることを積み上げていくことが大事なんだと思います。目に見える課題は手を入れた方がいいですが、それ以外は地道にやっていくしかないですね。本当に競技人生は長いので、一時しか続かない勉強法は自分にとってよくないと思います。
そのストイックな姿勢から「軍曹」という異名を持つところから考えれば、苦しみながらでも課題に取り組んでいそうなものだが、本人にとっては無理がないスタイルという自覚がある。無理な努力は反動を生む。やった方がいいと思えること、実際にやれることを増やしていく。将棋人生を振り返れば、もう数十万時間も費やしている者だからこそ気付けたものだ。
スポーツであれば、自分のペースに合った、軽めのランニングであれば、いくら走っても疲れないという感覚を持つことがある。運動強度と呼吸が合うことで、無理がまるでないからだ。永瀬王座の“研究強度”は、他の棋士よりも強いことは間違いないが、それが本人にとって無理なく続けられるものになっていたとしたら、その研究が1日何時間になろうとも、まるで苦ではないということになる。もしこれが、公式戦の対局においても「将棋を指す」という行為そのものに無理がないのなら、持将棋や千日手、長時間対局にもまるで平気な様子なのにも納得がいく。
最後に、実際に永瀬王座の体そのものについて聞いてみたところ、またも“将棋本位”な答えが返ってきた。
永瀬王座 体を鍛える?来年30歳ですからね(笑)。さすがにやらないと、という気はするんですが、目立って痛い場所もないですから。少し前まで肩こりに悩まされていたんですが、なぜか治ったんですよ。治ったのか、痛みを感じなくなったのか。どっちかだと思うんですけどね。痛みがするのはきついんですが今は全くないので、治っていても感じなくなっていても、どっちでもいいです(笑)。
話をすればするほど、永瀬王座には「将棋」というものがその人生にこれ以上なくフィットしたと思わせる言葉が、ずっと連なっていた。
(ABEMA/将棋チャンネルより)