糸谷哲郎八段「大谷翔平」と「こち亀」で考える将棋の普及「あのインパクトに匹敵するのは難しい」「棋士はわかる前提で話してしまうところがある」

 将棋界に新たなスターが生まれ、近年大きな盛り上がりを見せる中、今後の普及について深く考えている棋士がいる。日本将棋連盟棋士会副会長・糸谷哲郎八段(32)だ。順位戦A級棋士として活躍、タイトル挑戦も目指しながら戦う一方で、コロナ禍の中でもSNSなどを活用して将棋の普及に努めている。いろいろ手応えが得られたものはあったが最近、世界的な注目を集めるメジャーリーグのエンゼルス大谷翔平投手について、思うところがあった。「大谷翔平投手のインパクトに匹敵するのは、なかなか難しいじゃないですか」。また、同時に人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」のワンシーンでも、棋士に通じる点を見つけた。藤井聡太三冠(王位、叡王、棋聖、19)の大活躍という強い追い風を受けながら、他の棋士たちに求められるのは何なのか。

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 これまでの将棋の普及といえば大盤解説会、指導対局といった、いわゆるリアルイベントが多かった。今期出場した将棋日本シリーズ JTプロ公式戦も、本来は「テーブルマークこども大会」も同時に開催されるもの。ただ、これらのイベントはほぼ全てと言えるほど、新型コロナウイルスの感染拡大により中止となっている。ここで棋士たちはTwitterやInstagram、YouTubeといったものを使って、ファンとの交流や、新たなコンテンツの発信をしてきた。棋士同士も、実際に集まって行ってきた研究会をオンラインで行うなど、変化も出ている。将棋というもので、新たなつながり方を見つけられたのはよかったが、すぐに新たな課題に気づいた。「前提」だ。糸谷八段がTwitterで将棋用語の解説を始めたのも、そんな理由からだった。

 糸谷八段 ファンに向けて、どういうコンテンツを出していくか、という話だと思うんです。棋士はどうしても、これはわかっているだろうという前提で話してしまうところがある。それがとても多いんです。棋士の言葉にも、そういうところが多い。

 たとえば、棋士は解説などで「味がいい」という表現をする。もちろん食べ物の話ではない。その手が攻める、守るといったどちらか1つではなく、複数の効果を期待されるものに対して使われる言葉だ。ただ、最近になって将棋に興味を持ち始めた初心者に対して、このまま伝えたところで意味がわからない。こういった言葉の解説を糸谷八段はTwitterで始めた。この棋士同士や、将棋通なら伝わる会話というのを表現したのが「こち亀」で描かれたオタク同士の会話だ。

 糸谷八段 「こち亀」の中で、オタク同士が「アオ、いいよね」というだけで伝わるのをよしとする、みたいな有名な話があるんです。そういうところが将棋界にもある。プロのプレイヤーは、いろいろわかっている前提で進めてしまうから、実際にどれだけの人がわかってくれているのか、考えながらやっていきたいですね。藤井三冠の活躍も含め、最近いろいろな形で新しく将棋界を見られた方も多いと思いますが、わからないまま消えてしまった方もたくさんいると思います。そういう方を少なくするための取り組みは、もっとできたらいいなと思います。

 初心者にとって懇切丁寧な説明はありがたいが、ある程度の棋力を持ったファンからすると、たとえば駒の動かし方など、毎度のように説明されてもまどろっこしい。このバランスの取り方もまた、難しいところでもある。そんな中、うらやましさまで感じるのがエンゼルス大谷の、誰もが一目ですごさがわかる豪快なホームランだ。

 糸谷八段 やっぱり大谷翔平選手のインパクトに匹敵するのは、なかなか難しいじゃないですか(笑)。メジャーであんなすごいホームラン打って。将棋はホームランみたいな手を指しても、ホームランとわかってもらえないところがあります。競技の特性上、仕方ないところではあるんですが。大谷さんがパコーンと打って、実況が「SHOHEI!」と叫んでいるだけで通じるのがうらやましいですね(笑)。

 将棋の手にはホームランのような飛距離もなければ速度も本数もない。藤井三冠が、将棋界全体を驚かすような手を指したとして、プロの棋士たちは驚愕するが、将棋を覚えたての新規ファンに、それをうまく伝える術、幅が足りないのも実情だ。

 糸谷八段 棋士はいろいろと将棋のことがわかるので、問題点と思えていないところもあると思うんです。私もそんなことを言いながら、見過ごしていることも多いと思います。そのあたり自省しながらですね。

 将棋をよりわかりやすく、そして既存のファンにはよりおもしろく。こんな意識を持った棋士が普及に汗を流し続ければ、いずれトップ棋士たちが指すその一手に、もっと多くのファンが心から痺れることになる。
(ABEMA/将棋チャンネルより)
 

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2021年度 「将棋日本シリーズ」JTプロ公式戦
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