自宅の前に爆弾を置かれ…日朝交渉の立役者・田中均氏「日本のナショナリズムには、マッチを近づけると燃え上がる怖さがある」
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 27日の『ABEMA Prime』に、元外務審議官の田中均氏が生出演、日朝交渉の舞台裏を振り返った。

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 現職の外交官に関して、「やっぱり“建前”で喋らないといけない部分があって、政府が決めた方針は一歩も踏み外せない。もちろん、なんでそうなのか、ということについてはきちんと説明する必要があるが、言質を取られたり、突っ込まれたりしないよう“安全プレー”をするのが役人の常だ。だから面白くない」と苦笑する田中氏。

自宅の前に爆弾を置かれ…日朝交渉の立役者・田中均氏「日本のナショナリズムには、マッチを近づけると燃え上がる怖さがある」

 そんな田中氏は小泉政権下(2001年〜2006年)で外務省アジア大洋州局長(2001年〜2002年)、外務審議官(2002年〜2005年)を務め、当時の小泉首相とともに2度の日朝首脳会談(2002年、2004年)を実現させたことで知られる。この「日朝交渉」の経緯について、田中氏は次のように説明する。

 「北朝鮮とのパイプというのは前からあったが、彼らは拉致問題を俎上に乗せることについては頑なに拒否し続けていた。要するに、“そんなことはやっていない”という姿勢だった。一方で、アメリカとの関係で形勢が悪くなってきていたし、キャッシュが必要となってきていた。それらと引き換えに物事を解決するアプローチはもともとやっていたので、そこから協議が始まった。ただし、非常に大きなお金だし、国会の承認がなければ僕らがキャッシュを渡すことはできない。キャッシュを渡さずとも、彼らに拉致を認めさせ、被害者を日本に返してもらうという結果を得るためには、難しいが説得するしかない。そこで総理の決断力やアメリカの力など、色々なものを活用したということだ。

 最後の1年間、我々は週末を使って大連に行き、十数時間の交渉を30回繰り返した。交渉に行く前には総理のところへ行き、帰ってくるとまた総理のところへ行く。だから私が思っていたことと、総理の考えていたことはピタッと一致していた。そして最後の段階で総理に行ってもらう。ただ、これはものすごい決断だ。小泉元総理という人はオペラやX JAPANが好きだし、舞台の上で踊ったり歌ったりすることが好きだ。そういう、非常に決断力のある人が総理大臣だったというのが最も大きな要素だったと思う。

 次にアメリカだ。北朝鮮という国は、アメリカが怖くてしょうがない。当時のブッシュ大統領はイラクとイランと北朝鮮を名指しして“悪の枢軸だ”と行っていたし、イラクに関しては攻撃を開始した。それで北朝鮮は震え上がり、アメリカの同盟国である日本との関係作りをしたいと思っていた。私はアメリカの高官たちをよく知っているから、現地で彼らと会っている様子をテレビや新聞に出す。そうやってアメリカの力を使ったということだ。

 そして先ほども言った通り、粘り強く交渉するということだ。相手も同じ人間だ。一方的にこうしろと言って結果が出ればいいが、そういうわけではない。一体どこをどうしたらお互いがウィンウィンになるか。交渉をする中で、彼らも満足できるような結果になったということだろう」。

自宅の前に爆弾を置かれ…日朝交渉の立役者・田中均氏「日本のナショナリズムには、マッチを近づけると燃え上がる怖さがある」

 その後は一度も実現していない日朝首脳会談。田中氏は「環境を整えればいつでもできる」と断言する。

 「この環境というのは相手との関係だけではない。北朝鮮は日本だけを見て交渉しているわけではないし、やはりアメリカとの関係で物事を見ていて、アメリカに潰されるのではないかという意識を持っている。トータルフレームワーク、それぞれの役割、シナリオを書いてやらないとダメだ。そして、日本の総理が金正恩と話をするだけでは絶対に解決しない。彼らが拉致の問題だけを解決しようとは思わないし、相手は怯えているからこそ核兵器を持ち、ミサイルの実験をしているわけだから、それらをトータルで解決する枠組みを作らなければならない。国内で“拉致問題を解決する。首脳会談だ”と言うのは簡単なことだ。しかし、その結果を得るために、私は1年かけた。環境を作ると同時に、中身を詰める。今の方が当時よりも難しくなっているわけだから、現実に根回しをしながら、核とミサイル、拉致、経済協力などをトータルで考えない限り解決はしないと思う」。

自宅の前に爆弾を置かれ…日朝交渉の立役者・田中均氏「日本のナショナリズムには、マッチを近づけると燃え上がる怖さがある」

 さらに田中氏は「全く日本人が関心を持たないことも怖いが、日本のナショナリズムにはマッチを近づけるとボンッと燃え上がる怖さがある」とも指摘した。

 「被害者の帰国から19年が経ち、関心はだんだん冷えて来た。安倍さんは自分の在任中に解決すると言っていたが、何もなく去っていった。だから熱も冷めていったということではないだろうか。90年代の初め頃はメディアも国会議員も人々も、拉致問題にはあまり大きな関心を持っていなかった。結果的にそれが猛烈に高まったのが、被害者が帰国したときだ。特にメディア関係者がそうだが、むしろ交渉したのは悪かったという印象を持っている人もいて、特に僕は“国賊”だと言われ、家の前に爆弾を置かれたくらいだ。これについて、当時の石原都知事は“爆弾が仕掛けられて当たり前だ”と言った。そして都庁にかかってきた電話の半分は“石原都知事、よく言った”だったそうだ。これに対して、“テロをサポートするような公人がいるのか”という論評を書いたのは、ワシントンポストだけだった。
 
 また、今から10年ぐらい前までは、日本では安全保障や軍事の問題はタブーだった。外務省も、まさに平和、そのための外交だった。しかしあるときからタブーではなくなった。それは安倍さんの力が大きかったと思う。それはそれでいいことだとは思うが、途端に軍事とか安保だけに関心が振れてしまう。中国に関しても、今の関係を大局的に見て、日本としてやるべきことはなんなのかという議論の立て方ではなく、いかにアメリカと一緒になって中国を抑止するかということばかりが議論になっている。台湾危機や、北朝鮮の核ミサイルが飛んでくる前に撃てる能力を持てとか、そういう議論にシフトしてしまっているのもそうだ」。(『ABEMA Prime』より)

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