「生きているのが奇跡だった」中山咲月、“トランスジェンダー”告白の経緯明かす
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 性別を感じさせない中性的かつミステリアスな存在感で“ジェンダーレス女子”として注目を集める、モデルで俳優の中山咲月(23)。

【映像】中山咲月、トランスジェンダー・無性愛を告白

 中山は1998年生まれ、東京都出身。幼いときはおとなしい性格だったという。2011年、13歳の時にティーン向けファッション雑誌の専属モデルとしてデビュー。

 中山は今年2月、自身のブログで、『トランスジェンダー』であることを明かした。フォトエッセイでは、他者に対して恋愛感情や性的欲求を抱くことのないセクシュアリティ『無性愛、アセクシャル』であることも告白。

 今回、『ABEMA NEWS』は、そんな中山に単独インタビュー。過去に感じていた想い、告白後の変化について語った。

――自分の性格は?

 「やっぱり自分の中にある違和感だったりとかもうやむやにできなかった。モヤモヤしたこともやっぱり一度でも『スッキリさせたい』っていう気持ちがあったからこそ、この答えにたどり着いている」

――女性モデルをやろうと思ったきかっけは?

 「もともとは、この仕事を始めたというきっかけも周りが勧めてくれて始めたので、実はそんなに自分自身モデルや服に興味があったわけではなくて本当に周りが推して、なんとなく始まったという芸能活動だったんですけど…。」

 「自分の違和感みたいなものに気づくような場面がたくさんあったりして、どっちかというと自分自身に嘘をついていたっていうところが大きくて、何かモヤモヤみたいなのはずっとあったんですけど、その負担が重くなっていて、開けられなくなっていったそれで何年も経ってしまったという感じですね」

――自分がアセクシャルだと気付いたのはいつ頃?

 「やっぱり同じような人がいなかったのでなんとなく、それこそ自分に嘘をつき続けて
生きてきたんですけど、その違和感を持った時にネットで検索して、その恋愛感情がないってそういう人もいるんだろうかと思って調べたときにやっぱり同じような人がたくさん出てきてそれで『ああ、自分もそうかもしれない』って気がつきました」

 「本当に周りに合わせていたなというのはすごくあって、周りがなんとなく(好きな人が)いるよという話になんとなく合わせて当たり障りのない感じでずっと生きて自分の意思はわりと無視して生活していたなと感じます」

「生きているのが奇跡だった」中山咲月、“トランスジェンダー”告白の経緯明かす

――トランスジェンダーを告白しようと思った経緯は?

 「自分自身との葛藤みたいな期間は結構長い間あったんですけど、やっぱりもう言わないと限界だというところまではきていて、本当に今生きているのが奇跡ぐらいのことがたくさんあったんですけど、でもやっぱり公表しないと自分は生きづらいと気づいたから公表に至ったっていう感じですね」

――なぜ芸能界をやめようとおもわなかった? 

 「やっぱり(エンタメ界に)憧れみたいなものは少しあるので、何か自分が元気付けられてきた分、自分も何か同じようにいろんな人を元気づけられたらいいなと思ってこの仕事をやめようとは思わなかったですね。中山咲月が中山咲月らしく仕事ができるような内容がたくさんできたらいいなって思っています」

――告白して変わったこと、今後やりたいことは?

 「もう前向きになったってことがやっぱり一番大きいなと思っていて、以前はやっぱり仕事をしていても性別の悩みみたいなのが絶対に付いてくるという状況だったので、もう何かそれがなくなってからは、ただ単純に仕事が楽しいし頑張ろうって思えるなって思います」

 「俳優業だったりももちろんそうなんですけど、自分は結構歌うことが好きだったり声の仕事とかもやってみたいなとか、いろいろ前よりも結構自分で自分からこういう仕事をやりたいなみたいな風に発言できるようになったのも、やっぱり自分のことをオープンにするようになってからですね」

――どんな人に見てほしい?

 「もちろん同じようなジェンダーの悩みを抱えている人にも、もちろん観てほしいんですけど、やっぱりそういう問題を抱えてない人もどこか私生活とかで悩んでいたり苦しんだりしていることがきっと誰しもあるとは思っていて、そういう人が自分の本を見たときに『あ、こういう人間でも悩んでいるんだ。じゃあ少しがんばってみようかな』と思えるような本になったらいいなと思ってるのですごく、いろいろ人に見てほしいなと思います」(『ABEMA NEWS』より)