「なんで断ったんだよ! 笑いごとじゃねえよ! 嘘をつくんじゃねえ!」
これほど怒りのこもったマイクアピールは、そうあるものではない。10月5日に開催された『Road to ONE』。キャプテン☆アフリカとのグラップリングマッチを終えた青木真也は、実況席の秋山成勲に噛み付いた。秋山に12月のONE Championshipでの試合を断られたというのだ。秋山はその場で、筋断裂により試合が不可能だと説明。苦渋の選択であったと語った。それでも青木の怒りは収まらない。
「格闘技盛り上げるとか言ってるの正論、きれいごとだろうが! 本気でその覚悟があるならやってみろよ」
これに秋山は「やらない選択肢はない。まあ待ってろよ」。青木は「お前にそんな時間はないんだよ」と返す。さすがに秋山も怒りを隠さず「変なストーカーに目をつけられた。ストーカーを倒す時間はもうすぐくるんじゃないですか」と語気を強めた。
その2日後、青木はONE女子GP参戦中の平田樹の公開練習に参加、取材陣にコメントしている。平田との“師弟関係”はもちろん、質問は秋山との件についても。実は青木はDREAM時代に秋山に対戦要求したことがある。その時は階級が違ったが、ONEでは独自の階級システムにより、同じライト級で対戦できる可能性が出てきた。4月のONEでの勝利後にも、青木は「次はお前だ、首洗って待ってろ」と秋山を挑発している。
なぜ秋山なのか。青木はこの公開練習で「見えないヤツ。本当のこと言わないでしょ」と語った。正反対の自分と闘うことで、本音を引きずり出したいということなのかもしれない。
しかし、今となっては秋山に対する気持ちは完全に冷めてしまった。青木によると、秋山戦のオファーがあったのは9月6日。青木は即答でOKしたという。だが秋山からの返事を4週間待たされ、結果はNO。理由はケガだったが、青木からすると「だったら最初から断れよ」となる。逆に試合は12月の予定だから、まだ時間はあるだろうとも思える。
もちろん秋山には秋山の理由がある。いずれ間違いなくやるとも言っている。青木との対戦は大一番。少しでも不安のある状態ではやりたくないだろう。ただ青木からすると「仕方ない」で終わらせたくはないのだ。
青木真也vs秋山成勲。話題性充分の刺激的なカードだ。どちらが勝っても負けてもその姿は格闘技ファンに響く。そういう試合だから主催者は組みたいのだろうと考えるのが青木だ。だったら「やってやろうじゃないか」と。
青木にとって格闘技は表現であり、よく「芸ごと」という言葉も使う。闘って勝つことへの妥協は一切ないが、試合は主催者、対戦相手とともに“作って”いくものだという感覚もある。今回、秋山が試合を断ったことを、青木は“ともに作る”ことを拒否されたと感じたのではないか。敵対しながらテーマを共有して“作る”ことをしないなら、格闘技を盛り上げるなどときれいごとを言わないでくれ、と。青木は今回の件に関して「絶望した」とまで言っている。
「虚構だったんですよ。もう関わりたくない。もういいです」
試合、あるいは格闘技イベントという表現を“作る”気持ちのある人間はいないのか。青木の絶望はそこにある。秋山に関してだけの話ではない。今大会についても、青木はこう言っている。
「俺のマイク一つに全員もってかれてる。メインでやったのが誰かも覚えてないでしょ。そういうことっすよね。他の選手はもっと悔しいと思ったほうがいいですよ。結局、全部俺に任せてるじゃん。丸投げして。このスタイルでやるのはしんどいですよ」
大会が終わって話題になるのは自分だけ。勝ち負けにこだわり、同時にファンと世間に向けて波風を立てようとする存在が他にいない。その孤独に、青木は苛立っている。それは青木の勝手な基準じゃないかと言われればそれまでだが、彼が「しんどい」ことをやってきたのは間違いない。
「もっと試合したいし、もっといいものを作りたい」
そう考える青木は、今回のことで「こんなに虚無感を感じたことはない。バカにされてる感というか」とまで言う。
「(これからは)青木に特化するってことじゃない?」
「あんまり(人に)求めるのはやめようかなと思ってます」
青木真也は個人主義のようでありながら「俺たちはファミリーだ」という言葉もあり、人と一緒にものごとを作っていくのが好きなタイプでもある。しかし今後は「自分のことだけやりたい」。一時的な感情の乱れか、それとも。秋山との“因縁”だけではない。青木真也の生き方に関わることだから、言葉も激しく、鋭くならざるをえないのだ。
文/橋本宗洋