「2匹の猫が30匹に…」社会的孤立、高齢化、貧困問題が生む“多頭飼育崩壊”の現実
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 コロナ禍による“巣ごもり”でペットブームが加速している。中でも「散歩やしつけをしなくてもいい」「手間がかからない」といった理由で猫を選ぶ人も多く、業界団体のペットフード協会(東京)によると、去年の猫の飼育数は前の年より7万匹近く増えた。

【映像】「多いと1回の出産で9匹…」現場に残された猫たち

 飼い手が増える中、全国では繁殖しすぎたペットの「多頭飼育崩壊」が相次いで起こっている。行き場を失う飼い主と猫。彼らと、猫たちを救うために何ができるのだろうか。

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■ 「こんなことになるなんて」2匹の猫が30匹に…家には認知症の母と知的障害者の兄

 NPO法人「人もねこも一緒に支援プロジェクト」代表の小池英梨子さんが、兵庫県内のとある住宅を訪れる。小池さんは、4年前から、多頭飼育された猫だけでなく、その飼い主も支援する活動をしている。

 庭先にいる猫たちを見た小池さんは、「ちょっとやせ気味。(猫の)“妊婦”さんもいますね」とコメント。そして、相談を持ち掛けた大畑さんに「この家に住んでいるのは、お母さんとお兄さん?」と質問していく。 

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 大畑健司さん(仮名・37歳)によると、大畑さんの母と兄が暮らすこの家には、常に30匹ほどの猫がいるという。この家ではペットの繁殖が増え、適正な飼い方ができなくなってしまういわゆる「多頭飼育崩壊」が起きていた。

 小池さんは健司さんに「ボランティア団体が月に2回やっている手術会場で1匹3500円で(不妊)手術ができるんです」と説明。「失礼します」と言いながら、現場をどんどん撮影していく。大畑さんは「やばいことになっとるな……僕がおったときと比べて見る影もない」と漏らす。

 母親の寝室に入ると障子はすべて破られていた。大畑さんは「父が亡くなったときに、(障子は)僕が張り替えたんですけど、こんなになっとるとは……」と愕然。「まさかですよ。こんなにいっぱい(猫が)増えて、こんなことになるなんて」と驚きを隠せない。

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 大畑さんの父親は7年前に他界。その後、大畑さんは家を出た。母親が寂しさを紛らわすために、飼い始めたのが、知人からもらった2匹の猫だった。

「母親が道に迷って行方不明になった。それで(認知症に)気づいた。様子がおかしいなとは思っとったんですけど、父親が亡くなったショックだと……」

 数年前から認知症の症状が出始めた母親。同居する兄には知的障害があった。

 母親について、大畑さんは「プレシャーにつぶれていって……。昔から猫が好きで、そういうのに逃げていた。世話というか餌を与えていれば自分の寂しさは埋めてくれると」と説明。問題は、猫たちが集落を自由に動き回ることだ。現場では、飼い猫も野良猫も関係なく、交配を繰り返していた。

 極端に増えた猫に近隣住民からは、「柔らかい土のところに糞をしてたり……」「網戸の網も破れるし、玄関におしっこされた」などの苦情が出る。

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 小池さんによると「猫は1回で多いと9匹くらい産む」という。これ以上の繁殖を抑えるためにも、一刻も早く、不妊手術を受けさせる必要があった。

 「捕まえて暴れそうな猫は、布をかけたら静かになる」と言いながら捕獲器を設置していく小池さん。NPOスタッフの梅本幸子さんは「奥のご飯を食べ進めると、踏板がある。(猫が)その踏板を踏めば自動的に(捕獲器が)閉まる」と説明する。

 現場で撮影していると、恐る恐る茶トラの猫が餌をうかがっていた。徐々に餌を食べ進めていくと突如、捕獲器の戸が閉まった。捕獲成功だ。

 小池さんは猫に餌を見せて、どんどん捕獲器へと誘導していく。捕獲されていく猫を見た小池さんは「すごく若い猫ばかり。寿命が短いのだと思います。なのでかわいそうですが、(不妊)手術をすることで、減るスピードは早いかもしれません」と語る。

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 「多頭飼育」では、近親交配で生まれてくる猫がほとんどだ。そのため体が弱く、平均寿命は3年から4年程度と言われている。捕獲された猫たちが連れてこられたのは、大阪府八尾市にあるボランティア団体「大阪ねこの会」。ここでは、ひと月に2度、保護した野良猫や多頭飼育の猫の不妊手術をしている。その数、年間でおよそ2000匹。妊娠後期の猫たちも少なくない。

 連れて来られた猫のうち、ある1匹を見た獣医師は「だいたい(妊娠)50日くらいです。あと10日で産まれますね」とコメント。猫の繁殖力は非常に高い。生後6カ月で妊娠が可能となり、年に2回は出産できる。2年間で50匹以上に増えてしまうケースも珍しくないという。

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 お腹から出てきたのは、これから生まれようとしていた小さな命だ。獣医師は「生涯、猫として一生全うさせることができるかというと……これは、なかなか難しい。早めに不妊手術をして、生まれないようにすることが一番の得策だと思う」と険しい表情で語る。

 一般の動物病院では1匹あたり3万円ほどする手術費も、ここでは3500円だ。手術を終えた猫は、見分けがつくよう耳にカットが入る。


■ 「世話は最期まで飼い主が」小池さんの“基本方針” 手術後は再び飼い主の元へ

 「多頭飼育崩壊」に対し、国も動き出している。環境省は今年3月、問題解決のためのガイドラインを作成。近隣住民や民生委員などと連携し、リスクの高い飼い主を早期に見つけ、事態が深刻化する前に、アドバイスや指導につなげることを、自治体などに求めている。

 不妊手術の翌日、小池さんは、猫たちを返しに大畑さんの家にやってきた。「キジちゃん、お帰り、お帰り。後ろ開いてるよ。帰ってきたね。うしろ振り向いてごらん。はいおかえり」と言いながら、猫たちを家に戻していく。

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 小池さんの活動は、他の愛護団体と違い、不妊手術をした猫を再び飼い主に返す。あくまでも猫の世話は最期まで飼い主が行う。それが基本方針だ。その後は2カ月に1度、家庭訪問をして、生活を見守る。

「猫をとりあげてしまうと、飼い主のメンタルもかなり傷つく。酷いケースだと取り上げた後に、傷ついた飼い主がまた猫を保護して、それがバレてしまうとまた取り上げられるかもしれないと、より隠してしまう行動をしてしまう。すると、次は(多頭飼育が)もっと悪化した状態で発覚してしまう」(小池さん)

 帰ってきた猫たちに、認知症の母親は「猫は速いねん、捕まえるに捕まえられへんねや」と話す。「家に猫がいるとうれしいですか?」と聞くと、母親は「そうそう。一緒に同じように寝てくれるからな。主人がおらんでも息子と2人でここで寝よんねん」と答える。

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 不妊手術をした猫はこの先、子を増やすことなく生涯をまっとうする。小池さんの活動に大畑さんは「本当に有難いの一言」と感謝を述べる。

■ 「不妊手術するお金がない…」ガンが見つかった飼い主、主治医からの相談

 金銭的な問題で多頭飼育崩壊に陥るケースもある。別の住宅で起きた多頭飼育崩壊の現場に小池さんが行くと、20匹ほどの猫がいた。飼い主の荻野明人さん(仮名・74歳)は「20匹おったが、1匹は昨日か今日か亡くなった。近親(交配)で生まれて、2カ月くらいしたら亡くなる猫が多い」と話す。

 きっかけは些細なことだった。

「最初は1匹です。近所で『(猫を)持って帰ってほしい』と言われて、持って帰った」(荻野さん)

 5年前にもらった猫は、次々と交配を繰り返した。年金暮らしの中、高齢の母親の入院費もかさみ、猫に不妊手術をする余裕はなかった。しかし、今回、荻野さんが手術に踏み切ったのには理由がある。荻野さんの胃にガンが見つかったのだ。ステージは3~4。「余命は長くて1年」と主治医に言われた。

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 このままでは、飼い主も猫も共倒れになってしまう……。状況を見かねた荻野さんの主治医が、小池さんに助けを求めた。

 さっそく、猫の捕獲に動く小池さん。

「あ~、あっち側に行かれるとちょっとな。奥の隙間に入られた子はちょっと無理ですね」

 この日の捕獲はスムーズにいかず、家から出てきた小池さんは「ごめんなさいダメでした。あまり怖がらせても……」とコメント。それでも捕獲した一部の猫たちを連れて行く。荻野さんの猫たちも「大阪ねこの会」で不妊手術を受けるのだ。

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 荻野さんの病状を知った小池さんは「飼い主募集をしなくちゃいけない。自信ないです。保護する場所がないんですよね」と明かす。多頭飼育の飼い主の約半数は60歳以上だといい、中には生活保護受給する世帯もあるという。貧困、高齢、孤立……多頭飼育崩壊には、社会の問題が詰まっている。

 荻野さんの病状を考え、小池さんは猫たちが暮らす新しい場所を見つけていた。避妊手術の後、小池さんは「最後にもう1度会ってほしい」と猫たちを荻野さんの元へ連れて来る。

 「リボン、リボン」と呼びかける荻野さん。小池さんが「リボンちゃんは西宮のボランティアさんのお家に行くことになりました」と説明すると、荻野さんは「大変やったな。うちよりかいいと思うで」と微笑む。そんな荻野さんの姿を見た小池さんが「だいぶさみしくなっちゃうと思いますが、お預かりします」と話すと、荻野さんは「こんな状態で何もお礼はできないんで。どうも有難うございます」と感謝を述べた。

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 現場を後にした小池さんは「家の環境だけを見て、猫の状態が悪くて……と情報だけを見てしまうと、最悪な飼い主さんに見える。でも、みんなに名前をつけてご飯もあげて、おじいちゃん(荻野さん)も最後、猫のために頑張って終われたらすごくいいなと思うんです」と話す。

■ 手術が済んだ猫を保護猫カフェへ…多頭飼育崩壊は「決して特別な家の話じゃない」

 後日、小池さんの姿は岐阜市内にあった。「よいしょ、ちょっとこの子重いです」と言いながら猫を受け渡していく小池さん。訪れたのは岐阜市内の保護猫カフェ、ネコリパブリック岐阜店だ。

 スタッフが「こちらのお部屋を用意しました」と話すと、小池さんは「ありがとうございます。素敵なお部屋」とお礼。猫たちは、ここで譲渡先が見つかるのを待つ。小池さんも「あいつら(猫たち)にいい飼い主さんがみつかりますように」と手を合わせる。

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 猫たちの様子は、元飼い主である荻野さんにも共有される。荻野さんは写真を見ながら「これマンダラで、ヒゲ。やっぱり思い出しますね、いろんなこと。この子がこうやったな~、ああやったな~って、泣けることも多いです」とつぶやく。

 実は、小池さんは荻野さんが寂しくならないために、手術が済んだ数匹の猫を家の中に残していた。

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 それから半年、荻野さんの容態が急変。荻野さんが入院した翌日、家の前には小池さんの姿があった。

「今、病院に行かれて退院の目途がついていないという連絡があった。戻ってこられない可能性も含めて、家にいる残りの4匹を捕獲します」

 主のいない家に残された4匹の猫。小池さんは「大丈夫、大丈夫」と猫たちに呼びかけ、捕獲していく。

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 その1カ月後、荻野さんは亡くなった。

 小池さんは多頭飼育崩壊について「決して特別な家だけの話じゃない」と話す。

「多頭飼育崩壊は、どんな家でも起こり得る問題。それを他人事、遠いところの話ではなく、自分の身近で、自分もなりえる話だという風に考えられれば、意識が変わっていくんじゃないかなと思います」

 進む高齢化と、社会からの孤立。誰にでも起こり得る多頭飼育崩壊の現実に、ボランティア団体や愛護団体だけではない、国や社会全体が目を向ける必要がありそうだ。(朝日放送テレビ制作 テレメンタリー『多頭飼育崩壊〜いまそこに迫る危機〜』より)

ドキュメンタリー番組 テレメンタリー2021【土曜放送】 - 本編 - 多頭飼育崩壊~いまそこに迫る危機~ (ニュース) | 無料動画・見逃し配信を見るなら | ABEMA
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