今年7月に乃木坂46を卒業した松村沙友理が俳優としての本格的な1歩を歩み出した。11月19日に全国公開の映画『ずっと独身でいるつもり?』でパパ活女子として生計を立てつつも、若さを失うことに怯える鈴木美穂役を演じる。
雨宮まみ原案によるおかざき真里の同名マンガを映画化した本作で、松村は体当たりの演技も披露している。ふくだももこ監督が現代を生き抜く女性たちの本音を描いた作品。松村は撮影中に何を感じ、クランクアップ後に何を思ったのだろうか。話を聞いた。
目次
- 私は美穂になりたかった
- みな実さんにお会いして“先輩とはこういう感じなんだ”と思えた
- 卒業してからは松村沙友理として戦っていかなくてはいけない
私は美穂になりたかった
――松村さんが演じた美穂は、原作には登場しないオリジナルのキャラクターです。オファーがくる前、原作マンガは読んでいましたか?
松村:読んでいました。でもオファーがきてから改めて読み返してみると、“いったい私はどのキャラクターを演じるんだろう、自分に近しいキャラクターはこの中の誰なんだろうな”と疑問も浮かんで。そんな中で、オリジナルの美穂という役をいただきました。美穂の第一印象は“現代っぽい子”。今どきの女の子というか、世の中の流れを落とし込んでいるキャラクターだと感じました。
――今年7月までアイドル活動をしていた松村さんは“パパ活女子”とは縁遠い生活だと思います。そんな中で、現場入りするまでどのように意識を作っていったのでしょうか。
松村:この世界についてすごく調べました。クランクインする前に、いわゆる“ギャラ飲み”とか“パパ活”をされている方のお話をネットで検索したり、SNSなんかもチェックして。私は単語だけは知っていたけれど、未知の世界…役作りのために勉強しましたね。
――そんな美穂を演じた上で、何を感じましたか?
松村:自分の人生は自分で責任を取らなくちゃいけないと、美穂を演じて強く思いました。私自身もこれまでアイドルとして、たくさんの方の力を借りて生きてきましたけど、最後に自分の事を守れるのは自分でしかないんだなって。それこそ誰かに甘えたり頼って生きることもできる……そういう道を選んでも良いと思うし、まったく否定する気もないですけど、そうではない生き方を選択する人も多いんだなと知りました。私自身も、美穂に共感する部分は多かったですね。
――完成した作品の美穂はイメージ通りでしたか?
松村:正直に言うと、私的には現場入りしてから、ずっと自分の力不足を感じていたんです。美穂を演じる上で、もっとできる自分でいたかった悔しい気持ちがずっと胸にあって。
――具体的に言うと、どんな部分が?
松村:これはずっと、ふくだももこ監督と話していたことなんですけど、私は美穂になりたかったんです。美穂がどうやって生まれて、どうやって育ってきて、どうして今こうして生計を立てているのかをきちんと理解して、表現したかった……けれど、私はその部分に関して力が足りませんでした。いろんなことを勉強したし、いろんな人を観察したし、もちろん美穂についてもすごく考えたけれど、100%美穂にはなりきれなかったなって。私自身、完成した作品を見る中でも“もっと美穂の背景を感じたい”と思いました。
――なるほど。ただ純粋に見ている側として“似合っていた…”というともしかしたら失礼になるかもしれませんが、すごくキャラクターとマッチしていると感じました。
松村:えー…うれしいです(笑)。でも私的にはギャラ飲みをしているシーンも特有のテンションに付いていけてる気がしなかったというか。でも出来上がった作品は、本当に素敵なものだと思うし、素晴らしい作品に巡り合えました。けれど、自分自身に対しては満足点が出せなかったというのも正直なところです。
みな実さんにお会いして“先輩とはこういう感じなんだ”と思えた
――松村さん(1992年生まれ)とふくだ監督(1991年生まれ)は同世代ですが、現場でのやりとりで印象に残っていることは?
松村:ふくだ監督は美穂のようなパパ活をしている女の子を笑いたいわけじゃなくて、「こういう女の子は確かに存在していて、そんなひとりの人生を描きたいだけ」と仰っていました。それにはすごく気付かされたというか。もしかしたら世の中的にはちょっと偏見があったりもすると思うし、穿った見方をしてしまう人もいると思うけど、私は「どうして美穂がそうするしかできなかったのか」をひたすら考えるようにしました。ふくだ監督の言葉を受け、“パパ活”というところだけに集中しないように、気をつけましたね。
――今作を通じて、松村さんの人生観や結婚観は変わりましたか?
松村:だいぶ変わったと思います。私は結婚に憧れがあるし、幸せな結婚生活を送りたいという典型的なタイプ…なんですけど、「結婚=憧れ」にしなくてもいいと思ったし、“結婚は人生の1つの選択肢でしかない”というのは、この作品と出会ってガラッと考えが変わった部分です。
――10年前に執筆したエッセイで一躍有名作家になるも、近頃はヒット作を書けず迷走する36歳独身の本田まみ役を演じた主演の田中みな実さんとのやり取りで何か印象に残っていることは?
松村:最初の本読みの時、私が本当に悩んでしまって、正解を見つけられなかったことがありました。そんな時にみな実さんが「一緒に考えよう」と声を掛けてくださいました。私は乃木坂46の中でも1期生だったので、グループの中ではいわゆる先輩がいない環境でここまで活動してきたんですけど、みな実さんにお会いして“先輩とはこういう感じなんだ”と思えたというか。みな実さんは局のアナウンサーもされていましたし、先輩・後輩への接し方など、いろんな経験をされていると思います。そんな中で、私なんかにも気を使ってくださる感じがすごくうれしくて。なんか、すごく社会を感じました(笑)。
――松村さんに田中さん、そして独身である自分の生活に誇りを持ちながらも、周囲からの目や元彼の存在に振り回される佐藤由紀乃役を演じた市川実和子さん、結婚し子供にも恵まれるも、自分らしさを失っている生活に悩む高橋彩佳役を演じた徳永えりさんと、本作では主に4人の女性の生き様が描かれます。松村さんはどの方の姿に刺激を受けましたか?
松村:えー…彩佳さんかな。私自身結婚した後の生活は想像ができていないし、やっぱり基本は夢みがちなタイプなんです(笑)。ずっと“結婚って素敵だよね”と思っていたので、彩佳さんの葛藤は衝撃だったというか。「結婚=ゴール」というのが私の中であったので、そこがゴールではないんだなというのは胸をつかれました。夢ばかり見ていてはいけないんだなって。
卒業してからは松村沙友理として戦っていかなくてはいけない
――今年の6月に卒業コンサートを行い、乃木坂46から卒業された松村さんですが、以降、明確に意識が変わったことはありますか?
松村:“1人のタレントなんだ”という意識は芽生えましたね。卒業する前はよく「グループにいるのと1人では違う」と聞いていたんですけど、私自身は“そんなに大きく仕事内容が変わるわけではないし”と思っていたというか。けれど、1人になると、やっぱり1つ1つのお仕事に対する考え方も変わってきて。
――考え方が変わった部分とは?
松村:今までは「乃木坂46の松村沙友理」という見られ方が1番強かったと思うんです。そしてどこかで、それに甘えていた部分もあったというか。けれど卒業してからは松村沙友理として戦っていかなくてはいけない…これから向かっていく先に悩むこともありますね。
――松村さんは28歳で乃木坂46から卒業しましたが、アイドル活動をする上で年齢という部分で葛藤したことはあったのでしょうか?
松村:グループにいた時は、私自身「結婚しなきゃ」とか思ったこともなかったし、年齢の焦りも感じないようにしていました。どこかで「私はそんなこと気にしない」と思うように生きていたんですよ。でもグループから離れてみると、同い年の子の見た目も大人っぽくなっていたし、“自分だけがずっと変わっていないんじゃないかな”というのは感じました。「もうすぐ29歳を迎えるから卒業しなくちゃ」という意識はまったくなかったけれど、乃木坂46の中にいるとピーターパンの世界のようにずっと時間が止まっているような感覚もあるんです。
――そうなんですね。
松村:自分から年齢のことは言わないようにしていたし、グループの中ではずっと最年長に近いポジションだったけれど、私も美穂のように年齢から逃げていたタイプだったなって。でも今回、美穂と出会って、“逃げていてはダメなんだ”ということを強く感じました。そして最後、美穂は若さを失ったからこそ武器も手に入れて、強くてかっこいいなと思いましたね。私も今の年齢だからこそ、出来ることもあると思うし、自分自身の意識を柔軟に変えていかなくてはいけないんだなって。
――乃木坂46を卒業したことで、個人として稼働できる時間も広がったと思います。もちろん今までの経験も活かせるでしょうし、新たにチャレンジしていく楽しさも感じているのでは?
松村:うふふ、そうですね。こういった映画やドラマに出演させていただく機会も増えたので、いろんな現場でたくさんの方とお話しができるのは素直にうれしいです。新しい世界の扉が開いている感覚はあります。まだ、卒業してから期間も短いですけど、これから先も楽しみです。
――劇中には「この歳になると、ずっと1人で生きるのもしんどいなあって……」というまみの印象的なフレーズがありますが、松村さんはそんなことを思う瞬間はありますか?
松村:まみの意味とはちょっと違うかもしれないですけど、私、地元の大阪がすごく好きなんです。それと言うのも家族が好きだから。自分だけひとり東京にいる状況は、10年経ってもすごく寂しいんですよ(笑)。仕事を辞めたいわけではないんですけど、「大阪に帰りたい」と思うことはいまだによくありますね。結婚して子供もいる姉がいるんですけど「いつかは一緒に子育てしたいよね」とか言われると「本当それ」とか思っちゃいます(笑)。
――なるほど(笑)。映画の美穂のエンディングは意外性のあるものでした。これからの松村さんの新たなアクションも楽しみにしてるファンは多くいらっしゃると思います。
松村:ありがとうございます。私は美穂のあの結末が好きなんです。性別や年齢など、いろんなことを全部無視して、自分が持っている武器で“何かできることを”と考えた結果なんだなって。私自身、演じていて苦しいシーンもあったけれど、この作品を通じて、生き方の選択肢が広がっていけばうれしいです。
取材・テキスト / 中山洋平
カメラ / 藤木裕之