心優しき「将棋の強いおじさん」木村一基九段、弟子に「きついことしか言わない」理由と覚悟
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 将棋の強いおじさん、千駄ヶ谷の受け師、中年の星、おじおじ。これだけいろいろな呼ばれ方があるだけでも、木村一基九段(48)がファンに愛されている理由がわかるだろう。受け将棋の達人で、粘り強い棋風から勝利を掴み取るトップ棋士だが、盤を離れれば放送対局の解説やイベントなどで、自虐ネタも含めながらユーモアたっぷりに話す。だからいつも現場には笑いが絶えない。ところが、弟子に対しては「きついことしか言わない」から驚きだ。心優しき「おじさん」は、何を思いながら弟子を鍛えるのか。

【動画】弟子への思いを語る木村一基九段

 木村九段は弟子の一人、高野智史六段(28)とタッグを組んで「第1回ABEMA師弟トーナメント」に出場する。それぞれ男性棋士による団体戦「ABEMAトーナメント」での出場経験があり、木村九段においてはリーダーとして参加した「第4回ABEMAトーナメント」で大活躍、チームを準優勝に導いた。「師弟ともども、いい経験をしました。(ドラフトでは)身内ということもあり、あえて選ぶことはしませんでしたが、一度は組んでもいいかなという思いもあったので、いい機会をいただけました」と、師弟タッグで戦うことを楽しみにしている。

 木村九段自身、師匠でありながら今年度も王座戦でタイトル挑戦するなど、バリバリのトップ棋士。まだ高野六段の追随を許していない。「指したりすると、その世代の最新の情報といいますか、技術面の情報をなんとなく得ることができるので、私の現役生活にとっても大変プラスになっている。ともに現役なので、両方活躍すればいいんですけど、いい刺激になっています」と、むしろ弟子から得るもので成績を伸ばすこともある。「高野君は真面目な好青年。あまり人を裏切るとか欺くとか、そういうことはない素直な人。ただ棋士としては、もうちょっと『あく』というか、くせというか、そういったものも必要なので、そろそろ出してほしいという面も、師匠としてはあります。あまり師匠が教えるものでもないので」と、人間性は高く評価しながらも、相手を打ち負かすための泥臭さをもう少し望んでいる。

 木村九段には高野六段以外にも、奨励会員の弟子がいる。原則として26歳までに四段昇段、プロ入りを果たさない限り、年齢制限で退会を余儀なくされる厳しい世界。また、プロ入りしてからも、結局は盤に向かう際に頼れるのは自分だけ。茨の道はずっと続く。「だいたい弟子に優しい言葉をかけることはないです。この世界はきつい、としか言ってない。きついものだと思うし、それが続くものだと。ずっと認識してくれれば、それでいいです。きついと常に言っている中で、タイトル戦に出られているところを、幸いにも見せられている。でもあんまり勝ってないから、ちょっとなあと。私が勝つも負けるも、こういうもんだという一例として見ているでしょうね」。勝っても負けても終わりがないところは、師匠である自分の背中で見せている。

 プロを諦めさせるのも、師匠としてのつらくも必要な仕事だ。「きついと思ったら、辞めていいと思いますし、師匠にしか言えないという気もしています。それが自分の役目だと思いますし、きついと思ったら木村門下で運が悪かった」と笑ったが、奨励会の年齢制限があるのも、いつまでもプロ入りを諦めきれない若者に、別の道へ進むことを促すもの。「中途半端で本人のためにならないというのを、一番危惧しています。それは弟子を取る時からの方針です。きついことを言うので、弟子が私と二度と会わないとなったら、何を言われるか。これだけは言いたかったというのはあるかもしれないですが、それはそれで、きちんと育ってくれればいいです。覚悟はしてますよ(笑)」。たとえ自分が嫌われようが、一度弟子に取った人間には責任を持つ。そのくらい確固たる意志がなければ、他人の人生は預かれない。

 高野六段が新人王戦で優勝した後、スピーチで手紙を読んだのを聞いて、木村九段は思わず涙した。厳しい指導の裏にある思いは、確実に弟子たちの心に届いている。

◆第1回ABEMA師弟トーナメント 日本将棋連盟会長・佐藤康光九段の着想から生まれた大会。8組の師弟が予選でA、Bの2リーグに分かれてトーナメントを実施。2勝すれば勝ち抜け、2敗すれば敗退の変則で、2連勝なら1位通過、2勝1敗が2位通過となり、本戦トーナメントに進出する。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールール。
(ABEMA/将棋チャンネルより)

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