娘のいじめを機に、長期欠席の子どもを支え36年…700人以上の学校復帰などを見届けてきた「翼学園」と大野まつみさん
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 「緊張しなくていいからね。優しい先生やからね」。

 ひなたさん(14)が教室に足を踏み入れるのは5年ぶりのこと。笑顔も見えた。そして学校にいけなくなった子どもたちが再び行けるようになるまでを支えてきたのが、愛媛県松山市のNPO法人「翼学園」の大野まつみさんだ。

【映像】テレメンタリー『あなたに翼を~長期欠席の子どもたちへ』

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 学園には小学生から20歳を過ぎた青年まで30人ほどが通う。学園長を務める娘の希さんらの指導の下、それぞれのペースで学ぶ。小学4年生の時に完全に学校に行けなくなったひなたさんは、定時制高校を目指している。

 みんな学校に行けなくなったタイミングは様々。なぜ学校に行けなくなったのか、取材では「尋ねないで」と言われた。ある学園生は「結構、先生が怒ってたので…ずっと大声で…」「すごく苦しかったですね」と振り返る。それぞれに心の傷があるのだ。

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 学園では、日々をどう過ごしているかレポートを作成している。頑張っていることを在籍する学校に伝えるためだ。「今は学校に行けないだけで、みんな学校に行きたい。そして学校に行って自分の人生を取り戻したいと思っているんですよ」(大野さん)。

 翼学園が目指すのは、学校への復帰だ。学校という社会で、人は多くのことを学べるからだ。ただ、そこに戻るには再び心に傷を負わないよう成長する必要があるという。

■長期欠席の子どもを支え36年

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 この日は週に一度の楽しみなスポーツの時間、いわゆる体育だ。「キックベースがしたい人?」「ドロケイがしたい人?」何をするかは、みんなで決める。

 「その子の持っている能力をフルに発揮して社会で生きられるようにするためにはいろんな勉強が必要ですよね。体力も必要。そしてコミュニケーション力も必要。楽しい人生が送れるように健康な体と、そしてまわりの人脈ですよね、仲間をあげたいと思うんですよ」(大野さん)。

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 そして翼学園が何より大切にしているのが「カウンセリング」だ。学園一明るいはるきさんだが、中学1年生の頃から長期欠席している学校に戻るためには、直すべき弱点があるという。「自分の口が悪いんが、ちょっと。希先生にも何回も注意されるけど、やっぱり反射で“オラー!”みたいな。罵声っていうか…」。

 大野さんは、個性を大事にするのは当然。その上で、どうすれば学校や社会に順応できるのかを考える。「普通の学校生活で目立たない、目立ち過ぎない自分。そういう風になれるように。“その他大勢”の中に入ってても、ああ、あそこにはるきがいるってすぐに見つけられるような状況では、おそらく何かあった時に一番嫌な思いするのは、その目立つ人なんよ」。

 「自分のダメなところも指摘してくれるので、友達関係とか高校卒業した後のこともちゃんと考えてくれているなという風に思います」(はるきさん)。

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 大野さんの活動によって学校復帰などを果たした学園生は700人以上に上る。長期欠席の子どもを支える活動は36年になった。実は小学5年生の時にいじめに遭った希さんが、その原点だという。

 娘を守りたい。ただ、いじめる側にも事情があるかもしれない。みんなに幸せになってほしい。そんな思いから、子どもたちを自宅に招いた。「娘をいじめ抜いてた子どもを抱っこして、一緒に本を読んだり、おやつを食べたり。子どもの顔がどんどん変わっていく。とがった三角の目が丸くなっていくのが嬉しかったんです」。

■「毎日楽しく来てます」

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 クリスマス・イブのこと。「いきなりなんだけど、午後からね、お母さんがみえます」。母親たちを前に、翼学園に来るようになったきっかけを話してほしい、子どもたちにそうお願いした。

 「ここから大事なことなんだけど、話しながら傷ついたりしたら先生は嫌だ。みんなが誰より大事なんよ。みんなが大事だから翼に来よんやから、自分が話したら自分が傷つくと思う人は絶対に話さなくていいです」。

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 「家にずっとおる間はほとんど家族としか過ごしてなかったんですけど、その家族さえももう本当信じられんなったり怖くなったりして、それで翼に行くってなった時は初めて行った時は楽しいとは思わなかったんですよ。でも怖くはなかったんですよね」(ゆうきさん)。

 「自分でいうのもなんですけど、最初は、こんなうるさいのが行っていいんかなみたいな。邪魔にならんのかなと思いながら行ったら、まぁ誰とは言わないですけど、同じようなんがいて(笑)。ここやったら、僕も来ていいんだなと思いだして。そこから毎日楽しく来てます」(はるきさん)。

 「保健室通いで。まぁ楽しいけどしんどいみたいな、そういう感じで、母ともよく話してて。母も精神ともに弱っているというか。“しんどいなら、ひなた殺して私も死ぬから”みたいな感じの時もあったんですけど。でも、(翼学園は)ひなたの味方になってくれるとこやと思うからって言われて、行ってみようと思って。まぁそこから色々頑張ったりして、今年卒業して、えっと、来年高校に入ってこれからも頑張ろうと思っています」(ひなたさん)。

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 大野さんは「一般的には、学校に行けなかった過去があるということを話せない人の方が断然多いんよ。ひなたちゃんも、りょうさんも、あんなに詳しく言ってくれたんなぜ?」と問いかける。ひなたさんは「色んなことがあった人が、大丈夫になりますというか。だから、ぜひ来て大丈夫になって欲しいというか」と答えた。

 年が明けた1月8日。仲間が増えた。たくみさんだ。「好きなことはゲーム、アニメ鑑賞など、結構多趣味なんですけど、これからよろしくお願いします」。

■「学園を巣立つことがゴールではない」

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 翼学園に、春が来た。辛かった過去と向き合い、目指す場所を見つけること。それ巣立つ条件だ。この年は定時制高校への入学を決めた4人が巣立ちの日を迎えた。

 「本当のおばあちゃんと孫のように翼学園で過ごしてきました。なんと、6年半。本当に、最初来た時はほんと小さなひなたで、もう痛々しくて。春から高校生ですね、おめでとう。心から、祝福します」と語りかけ、ひなたさんを抱きしめた。

 この日は、在校生が思いを新たにする日でもある。ひなたさんは「時には苦しくて苦しくて、もがく時があるかもしれない。それでもきっとそれは弱い自分と戦っている証拠でもあるから大丈夫。みんなならがんばれるよ。応援しています」と呼びかけていた。

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 次の春の定時制高校入学を目指すことかさん。翼学園から巣立つことができるか、両親も一緒に話し合う場がもたれた。

 友人関係のトラブルで、中学2年生の時から学校に行けなくなったことかさん。両親は「同じぐらいの学年の女の子をみると隠れたりとか、(親の)服にしがみついて」「人の目を気にしながら生きていくのかなっていうのは、よぎったことはありますけどね」と振り返る。

 「ことかちゃんが卒業するとしたら、心配なことは勉強なんよ。勉強が進んでない、全然」と大野さん。今の学力でも定時制高校には入れるが、その先の理想の進路は厳しいというのだ。

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 「大学に行ってフランス語を勉強して、フランスに行ってから専門学校に行くのもあるかなっていう」と話すことかさんに、大野さんは「今の状況で来年卒業するとしたら、語学の大学というのがまず無理やと思うんよ。私が厳しくするんじゃなくて、自分で自分を厳しくできんと、卒業したら崩れるよ」と投げかけた。

 大野さんは続ける。「心地のいい夢を見ればみるほど、現実の足元は見れんようになるよ。つまんないのよ、現実は。でもそれをコツコツ頑張ることが楽しみになってきたら、もういつの間にかきちんと現実を生きられる人になるよ」。

■「時には厳しく時には優しく」

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 学校に行けない子どもを行政はどう支援するのか、愛媛県庁で開かれた協議会に大野さんも呼ばれた。今年度、愛媛県教委が試験的に始めたのが「サポートルーム」だ。不登校の生徒を専任の教員が支援するものだが。その特別教室は学校の中にある。学校に行けない子どもを学校に呼ぶというのだ。さらに県教委は、現状の利用率は「公開できない」としている。

 大野さんは「学校外通所施設へつなげるとか、全く書いてない。全部、学校の中であれしますこれしますということに尽きていました」。少子化の中、学校に行けない小中学生は、およそ19万6000人(昨年度)と、過去最多を更新している。学校だけでの対応には限界があるというのだ。

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 翼学園には、学園生が大きく成長できるという行事がある。「トーチトワリング」だ。トーチを自在に操れるよう、2カ月近く練習を重ねる。初めて参加する学園生に、「でもだいじょうぶ、りさちゃんできてる。こっちに反らしたら、多分回しやすいと思う」とことかさん。みんな、学校復帰を目指す仲間なのだ。

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 そして、はるきさんが「年上の人はお兄ちゃんとかお姉ちゃん。年下は弟とか妹で…大野先生はおばあちゃんというか、そんな感じです。(笑)」と話す大野さんは70歳になった。誕生会で色紙に書かれた学園生の「時には厳しく時には優しく」というメッセージに目を止め、「面白い」と笑う。

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 迎えたトーチトワリング当日。「一生懸命生きてる生き様を理解してもらえることって、とっても大きな力になると思います」と話した大野さん。

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 ことかさんも早起きになった。羽ばたける日が、少しずつ、近づいている。(愛媛朝日テレビ制作 テレメンタリー『あなたに翼を〜長期欠席の子どもたちへ』より)

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