7日のABEMA『NewsBAR橋下』に出演した橋下徹氏が、「佐渡島の金山」の世界文化遺産登録と日韓に横たわる歴史認識の問題について、ゲスト出演した国際政治学者の三浦瑠麗氏と議論した。
■「全会一致原則を強化したのは日本なんであって、紛糾すれば紛糾するほど、登録が難しくなる」
橋下:佐渡島はすごくいい所で、リンゴとミカンが同時に育つのは、ここだけだ。カニなど、魚介類も美味しい。佐渡金山も、三菱マテリアルの子会社が運営しているのだが、本当に素晴らしい施設だ。みんなにも行ってもらいたいし、世界遺産に登録してもらいたいなと思う。ただ、ユネスコの制度改革をやった時の日本の振る舞いと、一部の人たちが、世界遺産に推薦して韓国と論戦しろと言っていることについて、三浦さんはどう思っているのか。
三浦:私も佐渡は見に行きたいし、佐渡金山を活かして観光を頑張るべきだとは思うが、産業遺産には、必ず負の歴史もある。勝てるならやったらいいと思うが、勝てなかった時のマイナスは考えた方がいい。正直、そこがどうなるのか分からないし、ヨーロッパ情勢に詳しい同業者も、“ちょっとどうだろうね。どう受け取るだろうね”という反応だ。ただ、そういうことを言い出したら、かつてのアメリカ大統領が黒人奴隷を保有していたという点を塗り変えようとすれば、大変な話になる。負の歴史みたいなものがあるということを理解した上で運用していくことが大事だと思う。
そして三菱マテリアルで思い出すのは、外交評論家の岡本行夫さんがコロナで亡くなったことだ。アメリカからも自立した考えを持てる、真のナショナリストだったと思うが、彼は中国との和解についてもものすごく頑張った。そして三菱マテリアルの社外取締役として、負の遺産に正面から対処した。だからこそ、あらゆる国から尊敬されていたんだと思う。そういう世代の人たちがいなくなっていることがきつい。若者からすると、“日本の過去の話とかもうよくない?”ということになりかねない。
橋下:韓国側は“朝鮮人が強制労働させられた場所の世界遺産登録なんて認められない”と言ってきたが、日本側は“史料を見れば、強制労働はなかった”と反論している。
今までの日本の外交姿勢は、ぶつかり合うような問題についての主張は抑えておこうということで、慰安婦問題についても、あまり表立った論争はしてこなかった。僕は“表で論戦”派だからやればいいと思うが、中国が南京大虐殺の記録、韓国が慰安婦の記録をユネスコの記憶遺産に登録しようとして、南京の記録は記憶遺産になってしまった。
そこで当時の安倍政権が“ちょっと待て、色々な問題があるのに、登録してもらったら困る。事業が政治利用されている”ということでユネスコ改革をやった。それが他の国が文句を言うような、政治的に揉めているような案件を登録するのはダメだ、というものだ。つまり、みんなの合意が取れたものだけ登録するというコンセンサス主義を日本が強化したわけだ。
その意味では、韓国と論戦するのはいいが、紛糾すれば登録できないという話にもなってくる。記憶遺産と世界遺産は別だという意見はあるけれど、それでは通らないと思う。そのことを国会議員たちに聞いてみると、知らない人がすごく多い。ただ、“歴史戦”という論戦に勝利して、登録を目指すんだと言う。ちょっと待ってよと。今のユネスコのコンセンサス主義、全会一致原則を強化したのは日本なんであって、紛糾すれば紛糾するほど、登録が難しくなるんだと。
だから僕は“登録できないことを前提に戦え“派。安倍さんは「登録の可能性が高い」とテレビで言っていたが、日本がそういうルールにしたことは、国民にちゃんと伝えないといけないと思う。
三浦:安倍さんは「記憶遺産の手続きで日本が主張した関係国とは、慰安婦、南京事件のように被告席に立たされる国を想定していたはず」とツイートしていた。確かに日本が佐渡金山を登録することによって韓国を貶めようとしているわけでは全くないし、我々が持つ素晴らしい遺産をアピールしたいだけだ。そのニュアンスが違うのは分かる。だけど“コンセンサス主義”というのには引っかかってくるというのはその通りだ。
橋下:安倍さんや高市さんは“記憶遺産と世界遺産”は違うんだと言っているが、それは多分、通らないと思う。韓国と“歴史戦”を戦えと言ってる人たちは、元々日本が“コンセンサス主義”を強化したがゆえに、戦えば戦うほど、紛糾すればするほど登録ができなくなるよということは言った上で戦わないと。地元の人達は、“これで登録に近づいた”と思っているから。安全保障の問題でも、戦わないといけない時に感情だけでやるんじゃなくて、ちゃんとゴールを分かった上で戦わないとえらい目に遭う。
■そういうことをなくすために記憶に留めよう、遺産登録しようというようなニュアンスでいくべきだ
三浦:要は韓国との間に新たな火種を持ち込んでみた時に、マイナス点はないだろう,という発想だと思う。つまり我々と韓国の仲は冷え切っているので、新しい火種が出てきても、国際的に大して損しないしと。
ただ、それが欧米にどう見えるか、あるいはかつて植民地だった国々にどう見えるかは別だ。国内的には「また韓国が不条理なこと言ってきたよ」になっているし、韓国に対しては慰安婦合意や、あるいは徴用工の問題について、我々の主張に沿った解決をしてほしい。そして福島の海産物や農産物とかの輸入禁止を解いてほしい。でも、こちらが何かエサを与えないと、彼らが差別している部分の解除をしてはくれないわけだ。中国はもっと厳しい。
橋下:冷静に考えた時、日本が圧力だけで解決させられるだけの国力を持っているのかと。外交交渉というのは、最後は譲歩だ。得る物があれば、渡す物もなければいけない。それなのに、どうも日本の一部の人たちは“行け行け”ばっかりだし、ちょっと譲歩すると“弱腰だ”ということになる。
佐渡金山の話も、事実として強制労働、強制連行がなかったと言ってもいいんだけど、今から振り返れば劣悪な環境だった。でも当時はどこの国でもある程度そういう状況はあっただろうし、日本ばかりが責められるのは違う。しかし、そういうことをなくすために記憶に留めよう、遺産登録しよう、というようなニュアンスでいくべきだと思うが、“行け行け”派の方々は“日本は全然悪くないんだ。問題ないんだ。非難されることはないんだ”と。日本の政治家には、“攻撃線”と“防御線”の考え方をしっかりしてもらいたいと思う。
三浦:罪をひっ被ると強制連行はなかったとか、強制労働はなかったと言わざるを得なくなる。中国政府が綿花栽培などで強制労働はないと言っても、じゃあウイグルの人たち全員が望ましい暮らしをしているかといえば、それは違うわけで、何らかの強制的な側面があるのではないか、あるいは搾取なんじゃないかという考え方もできる。
つまり両極端の主張ではなくて、真ん中に真実があるんじゃないかという考え方があるわけだ。そう考えると、売られて、ものすごくひどい目にあった日本の女性はどうなるんだと。それは普遍的な人権の概念だ。当時は日本国の臣民だった韓国の人たちに対しても、共に苦しんであげるという立場を取ることが最も国際的に受け入れられる立場だ。
橋下:そこが“防御線”だ。そこを引いた上で、国家として、史実として、当時の強制労働条約には当たらないと、言うところは言っていいと思うが、だからといって、日本のしたことが全て正当だったというわけではないと。
三浦:例えば富岡製糸場が観光資源になっているが、あそこで働いていた女工さんたちだって大変だった。そういう祖先の血と涙と汗の歴史もちゃんと記録しておくことだ。この鉄道を敷いた時、どれだけの人が死んだということも説明するのも割とグローバルスタンダードになっているわけだし、それでいいじゃないか。
橋下:ピラミッドだって世界遺産になっているけど、作る時は大変な強制労働があっただろうし。何も問題はなかったということでいくのか。そこは、事実は指摘するけど、その問題性を踏まえた上で、これからはそういうふうなことにならないように、そういったことは無くしていくように、日本だけではなく世界で未来に向けて登録しようと。これが戦略だと思う。(ABEMA/『NewsBAR橋下』より)