中国史ながら日本の戦国時代と同じく人気を誇る「三国志」。魏・呉・蜀にそれぞれ名将たちが多数登場し、ファンも単なる国と国との争いだけでなく、お気に入りの武将を見つけて、さらに深堀りしていくという楽しみ方も多い。ところが、中国の歴史書で1つの時代について3つの国がほぼ対等に描かれるというのは、専門家からすれば非常に珍しいことだという。三国志はいつから日本人に親しまれ、長く愛されているのか。研究者である佐藤大朗(ひろお)氏に聞いた。
中国の三国志の時代は西暦180年ごろから280年ごろを指す。後漢の末期から群雄割拠の時代を経て、晋が統一するまでの期間。今から1800年ほども前の話だ。この時代を記した歴史書は300年ごろに書かれたが、日本で有名になったのは、1500年代までに書かれた小説『三国志演義』。これが翻訳されて日本に伝わったのが江戸時代、5代将軍・徳川綱吉のころ、1700年ごろであるという。「翻訳されたものが出版されたのが、綱吉の元禄時代です。江戸時代の後半には、絵師が版画で挿絵を入れた『絵本通俗三国志』も出ました」と、庶民の間で広まった。
日本でその人気を不動のものにしたのが、1939年から新聞連載小説としてスタートした、作家・吉川英治氏による『三国志』。単行本として刊行され、絶大な人気となった。ベースとなっているのは『三国志演義』だが、日本人向けにアレンジを加えたこともヒットの要因となり、後に漫画・アニメとしてヒットする横山光輝氏の『三国志』も、『三国志演義』、さらには吉川による日本版小説が参考にされている。
佐藤氏によれば、三国志の大きな魅力は「次々とバージョンアップを繰り返した」ことによるという。歴史書(正史)が書かれた300年ごろから130年ほど後、注釈がついた。「裴松之という人物が、もともとの歴史書に書かれていない、もしくは省略されてしまった違う説、記録を付け足したんです。そのために一通りの記述ではなくて『いろいろなバージョンがあるよ』と。430年ごろに加えられたおかげで、後に『三国志演義』になっていく元ネタが、十分にたまっていきました。その層の厚さが、三国志の魅力です」。もともとの歴史書からして広がりと深さを持つだけに、小説にするにしても自由度がまるで違う。多くの選択肢の中から、文学作品としてのブラッシュアップを繰り返し、よりエンタメ性を高めることに成功した三国志。中国人だけでなく、日本人の心が奪われたとしても無理はない。
実はこれだけ自由度が高く書ける時代は、中国においては三国時代が際立っている。中国では、その時代にあった王朝の力は絶大で、歴史書も国が認めたものしか許されなかった。言論統制という捉え方もできる。「王朝の圧力が厳しい中で、歴史を書くことはかなり制限されていた」が、これが緩んだのが、まさに三国時代だ。国が分裂し王朝の力も弱まったからこそ、諸国では自由に自分たちの英雄を書き残すこともできた。結果、後に書かれた歴史書にも影響が出る。「歴史書は国家の歴史を書くものなので、三国時代であれば一番強かった魏のみを中心を書くべきところですが、正史を書いた人はあえて三国を対等に見える形で構成し章立てをしました。その形からして急進的、革新的でした」。佐藤氏によれば、中国で権威のある歴史書(正史)のなかで、1つの本に複数の対立している国が、ほぼ同価値に並んでいるのは三国時代だけだという。
様々な角度、立場から楽しめる三国志は、日本でも独自の“進化”を遂げる。先述の吉川英治氏による小説、横山光輝氏による漫画・アニメを筆頭に、ゲーム化されたものも大ヒット。佐藤氏自身も、コーエーテクモゲームスの人気シリーズ「真・三國無双」から興味を持った。またこの4月には、蜀の劉備を支えた名軍師・諸葛孔明を題材にしたTVアニメ「パリピ孔明」が、同名の漫画作品を原作として放送されることが決まっている。戦いに敗れ、死期を迎えた孔明が、現代の渋谷に転生し、歌手を目指す月見英子の軍師となり、デビューを目指すという奇想天外なストーリーだが、これもまた三国志の懐の深さを感じさせるところだ。
佐藤氏 「パリピ孔明」の基本コンセプトにあたると思うんですが、三国時代であれば弱小勢力で未来がないような英子ちゃんに、指針を与えて夢を達成させようとする諸葛亮孔明というのは、史実にも三国志演義にもかなっています。歴史からもはずれていないし、この点についてはめちゃくちゃはまっていると思いますね。
『三国志演義』の中では、数々の計略を使いこなし、結果として敗れた蜀の軍師でありつつ、名だたる君主たちにも負けない人気と知名度を誇る諸葛孔明。約1800年の時を経て、よもや歌手の軍師として描かれるとは本人も思っていないだろうが、これもまた「バージョンアップ」の1つのパターン。佐藤氏も「三国志の一つの側面を切り取って膨らませた作品ですが、それが今の作品の楽しみ方でもあります。切り取ってもカジュアルにライトに楽しめるのが三国志ですし、そこから興味を持ってもらって、より三国志文化が日本に広まってほしいと思います」と期待していた。
(C)四葉夕卜・小川亮・講談社/「パリピ孔明」製作委員会