中国史ながら、日本でも絶大な人気を誇る三国志。西暦1700年ごろ、三国時代を描いた小説『三国志演義』が翻訳され、江戸庶民たちに読まれ始めてから300年以上も楽しまれ続けている。小説、漫画、アニメ、ゲームと、各種のエンターテインメントのフィールドで作品が生まれ、この4月からは天才軍師・諸葛孔明が現代の渋谷に転生してくる「パリピ孔明」というTVアニメもスタートすることになった。三国志の研究者である佐藤大朗(ひろお)氏も、三国志を題材としたゲーム「真・三國無双」から、史実を調べるきっかけを得た一人。次々と生まれた作品や、史実と『三国志演義』による諸葛孔明の違いなどを聞いた。
三国時代は今から約1800年前、西暦200年代の話だ。王朝の力が弱まり、中国の各地で群雄が割拠する中、徐々に魏・呉・蜀という3つの国が領地を拡大、中国統一へと戦いを進めていった。歴史書は300年ごろに書かれたが、ここにエンタメ性を加えた小説として1500年代までに書かれたのが『三国志演義』だ。
佐藤氏 江戸時代のころから庶民が読む戦物語としては、三国志は日本の戦国時代と、ほぼ同列に扱われ、同じように楽しまれていました。今でも三国志と日本の戦国時代のファンが行き来することは多いですね。後に『三国志演義』をもとに作られたのが、作家・吉川英治さんの『三国志』です。戦時中に発表されて、大変人気がありましたし、今の日本の三国志人気を築いたものです。
中国の歴史は、そのほとんどが中国を統一した勝者による物語。ところがこの三国時代においてだけは、それぞれの立場から書き残されており、歴史書(正史)においても、最強だった魏だけではなく、魏・呉・蜀の3つがほぼ同列になっているという、非常に珍しい時代でもある。
『三国志演義』で大活躍するのが、蜀の君主・劉備を支える軍師・諸葛孔明だ。各国にも天才と呼ばれる軍師がいる中でも群を抜く存在として描かれており、現代の中国においても、孔明ゆかりの地は、観光名所にもなっているほどだ。
実は史実に基づく研究の文脈においては、諸葛孔明はそれほど重要な人物ではないという見方もできる。理由は単純で「負けた国の軍師」だからだ。蜀の君主・劉備が目指した漢帝国の再興は、当時としても時代に取り残されたものだったかも知れない。強国だった魏の方が、この時代にあった新たな取り組みを進めていた。では、なぜ今も劉備や、それに仕えた諸葛孔明が人気なのか。中国の人々の心の拠り所になったからだ。
佐藤氏 後に中国は、北から来た異民族に国土を奪われていきます。国土を削られた中、古いものを守っていくんだという目標が、強く意識されました。この目標と一致したのが、蜀でした。戦いに敗れた地方の政権だったけれど、その志は素晴らしかったと。また、朱子学が12世紀に生まれますが、ここでも孔明が持ち上げられていきます。「蜀にこそ、漢帝国が受け継がれている」とも。本来は魏が一番強かったのですが、朱子学では蜀こそ正しいと、解釈を変えていったんです。
結果、現代では魏・曹操、呉・孫権、蜀・劉備といった三国の君主に並ぶように、諸葛孔明の名も広く知られ、さらに人気を高めていくことにもつながった。
4月からアニメが始まるTVアニメ「パリピ孔明」で、諸葛孔明は歌手志望の女の子の歌声に惚れ、軍師となって一緒にデビューを目指す。過去にはない三国志の扱い方ではあるが、佐藤氏が見たところ、『三国志演義』で描かれた諸葛孔明らしさが、たっぷり詰まっているという。たとえば諸葛孔明が応援する女の子・月見英子は、メジャーレーベルのグループと対決することになる。この点は、大国・曹操(魏)ではなく、力が劣る劉備(蜀)を選んだことにつながる。
佐藤氏 孔明自身が、どこに就職するかを語っている資料が残っています。魏に行くと、人材がたくさんいるから、自分が埋もれてしまう。すでに賢い人が多い大手企業ではなく、自分は小さなところからもっと大きなことをするんだと、考えていたことは歴史書にも載っているくらいです。彼の野心ですよね。それを実現するために、彼は弱小の劉備(蜀)を選んだんです。「パリピ孔明」で出てくるメジャーレーベルは、まさに魏ですよね。
現代に諸葛孔明がいたら――。作品に沿って妄想をしてみたところ、佐藤氏は、世代によって、その感じ方や「軍師」に求める役割も変わっていると分析した。
佐藤氏 中高年の世代の方々は、企業で働いて活躍をしてこられた。ですから、孔明に求めたのは企業の参謀としての役割でしょうか。20世紀には欧米をモデルにして成功する企業が多くあったので、組織の運営に長けた軍師という存在が広く求められたんだと思います。ただこれが近年になると、人気を集める軍師像も変化します。TVアニメ「パリピ孔明」の英子ちゃんもそうですが、みんなSNSのアカウントを持っていて、みんなが発信者であり、弱小君主のようなものです。どうすれば自分をうまく表現できるかを悩んでいる若者が多い。一人ひとりが発信できるツールがある中、今はプロデュースをしてくれるという方が、理想の軍師でしょうね。
「パリピ孔明」でも、諸葛孔明は悩む若者たちに様々なアドバイスをし、その成長を促していく役回り。そのため今の若者たちの心に刺さるような言葉もたくさん残していく。英子をはじめとする登場人物たちが、天才軍師の策によって、どんな成長を遂げていくのか。小説時代のオールドファンから、これから三国志をする新たなファンまで、受け皿の広い作品となっているようだ。
(C)四葉夕卜・小川亮・講談社/「パリピ孔明」製作委員会