北海道の知床半島沖で観光船が消息を経った事故。行方不明になっている乗客の家族への取材や、それを元にした記事の見出しなどが過剰ではないかとの意見も少なくない。
「家族の方への取材、十分気を付けてください!」「報道は皆さんの使命かもしれない。でも一番やんなきゃいけないのは、無事を祈り、早く見つけてあげること。そして、つらい思いをされている家族にちゃんと寄り添うのも、皆さんの務めではないんですか?」。現地対策本部が置かれている斜里町の馬場隆町長はこのように語気を強めて報道陣に呼び掛けている。
また、第1管区海上保安本部は25日夜、死亡が確認された11人のうち3人の身元を公表。これについても、マスメディアの報じ方にはグラデーションがある。
上智大学メディア・ジャーナリズム研究所所長の音好宏教授(メディア論、情報社会論)は「大手メディアのニュースルームでは、これは大きな事故だということで集中的に取材・報道がなされていると思う。一方、東京からあまり土地勘がない記者たちが現地応援に入って取材する中で、やや情緒的な報じ方になっているのが気になる」と話す。
「情報を持っている警察など公的な機関、つまり権力との間に緊張関係がある中で、メディアは“ウォッチドッグ”として監視していく役割があるし、“知る権利”を掲げておくことが非常に重要なのだという歴史的経緯がある。また、ジャーナリズムの社会的役割を考えると、事故に遭われた方の存在を示すのは名前だ。一方で、メディアに対する信頼度も変化しているし、“本当に実名が必要なのか”と主張する人、“公表したくない”とおっしゃる遺族が増えている事情はある。今回の事故に関しても、全体像が見えていない段階ということもあり、実名を出すのは待ってほしいと思われているご家族がいる可能性は十分あり得る。
ただ、例えば京都アニメーション放火殺人事件の際のように、葬儀が終わってから実名を報じるなど、配慮をしながら伝えていく必要があると思う。逆に時間が経ってから、亡くなった方のことを考え、遺族が“もっと語りたい”と気持ちが変わってくることも非常に多い。過失はなかったのか、あるいは観光産業がコロナ禍で大変だったといった事故の背景、再発防止を考えていかなければならない。そうした長いスパンの取材こそ、マスメディアでなければ続けられない」。
実業家のハヤカワ五味氏は「あくまで私個人の経験からだが、タイミングと意義が重要だと思う。私が高校時代に女子高校生が殺害される事件が起きたが、被害者は私の友人の彼女だった。ニュースが出たことで遺族は大変な思いをしただろうし、私も動揺したが、友達をケアすることができた、何が起きたのかを知ることができたのというのは良かったと思う」と振り返る。
また、リディラバ代表の安部敏樹氏は「問題提起をしたい、社会的な事象を伝えたいという時、情報や、その伝え方によって受け取る側の“当事者性”が変わってくる。今回の事故のような場合、具体性があればあるほど、“あなたにも起きていたかもしれない”という当事者性を持ちやすい。一方で、それがメディアの“盾”になった結果、どんどん実名報道に走ってしまう部分があると思う」と指摘。「“倫理観を持て”といくら言っても持つことはないと思うが、それぞれのメディアが内規のようなもので線引きを決めておかなければならないと思う。あるいは不適切な取材や遺族が望まないようなアグレッシブな取材が行われた場合、メディア同士で検証できるようなガイドラインを作っておくことは大事だ」とした。
カンニング竹山は「乗っていたのかどうか身内でさえ分からなかったり、その人が早く発見されたりするのであれば、実名報道をする意味もあるかもしれない。でも、今回はそうではないわけだ。一方で、九州から来ていた家族がいました、船でプロポーズをしようと考えていた人もいました、ということを報じることで、この遊覧船とはこういうものだった、ということを伝える意味はあると思う。ただし、その先に行く必要はあるのか、ご家族が泣きながら喋っている画は必要なのか、という話だ。正直言って、テレビなら視聴率、新聞・雑誌なら部数の争いになってはいないかと感じる。メディアで仕事をさせてもらっているので、数字が必要なのは分かる。でも、今はそこを狙ってはいけない気がする」と苦言を呈していた。(『ABEMA Prime』より)
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