「静かに匿名にしたり記事を削除したりするのではなく、考え方の説明を」山梨県道志村の女児不明から考えるネット時代のテレビ報道
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  14日、山梨県道志村の山中で発見された人骨が、付近のキャンプ場で行方不明になった女児(当時7歳)のものだったことが判明した。警察は女の子が既に亡くなっているものと判断した上で、「なるべく多くのものをご家族にお返ししたい」と、引き続き事件と事故の両面から捜索を続けている。

【映像】身元判明後にテレビ報道は必要?

 一方、テレビの情報・報道番組が女児の写真や動画、実名を明示した放送を続けることに疑問の声も少なくない。

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 テレビ朝日平石直之アナウンサーは「この『ABEMA Prime』でも、お母様に出演いただいたが、約30分にわたって、一生懸命にお答えになっていた。報道機関に名前や写真、映像を提供されたのは、“表情、声、仕草を覚えてもらって情報提供に繋げたい”という思いからだ。警察が死亡との判断を示した今、使い続けることにどのような意味があるのか、という問題だ」と説明する。

■「情報の双方向性を意識した役割、姿勢を」

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 東洋経済新報社の山田俊浩・会社四季報センター長は「事件であり、犯人が逮捕された、ということになれば報じるのは不要だと思うが、事故か事件か分からない状況の中では、“やっぱり私、あの時見たかもしれない”といった目撃談が出てくる可能性もある。過度に報じるべきではないし、ご家族の思いを聞く必要はあるが、風化させないために報じる意味はあると思う」。

 一方、フリーアナウンサーの柴田阿弥は「“元刑事”のような人が出てきて事件性を匂わせている番組もあったと思う。報道機関は捜査機関ではないし、ご家族や亡くなられた女児の尊厳を傷つけたり、良くない憶測を招いたりしてしまうので気をつけなくてはいけないと思う」と指摘した。

「静かに匿名にしたり記事を削除したりするのではなく、考え方の説明を」山梨県道志村の女児不明から考えるネット時代のテレビ報道

 全国紙で事件記者をしていた経験もあるジャーナリストの佐々木俊尚氏は「メディア側の論理としては、今の段階で匿名にする選択肢は無い、ということになるだろう。ただ、以前とは社会が変わってきているということも考慮に入れるべきではないか」と話す。

 「そのターニングポイントの一つが、女児が行方不明になったのと同じ2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件だと思う。メディアは実名を発表するよう迫ったが、京都府警は遺族へのヒアリングを行い、その意向を優先し、一定期間が過ぎてから公表した。山梨の件ではSNSを中心に情報が拡散され、母親に対する誹謗中傷が出てくる事態も起こった以上、メディアの側ももう少し歩み寄り、抑制的な報道をしなくては、ますます信頼が失われてしまうのではないかと危機感を抱いている」。

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 中央大学の宮下紘教授(情報法)は「メディアの環境が変わったという点が重要だ。従前は人々の記憶の中にとどまり、情報提供によって事件・事故に貢献しましょうという動きにも繋がったが、今はインターネット上に残った情報が誹謗中傷に使われてしまうこともある。この負の連鎖関係を考慮すれば、やはり報道のあり方の一つの転機に差し掛かっていると思う」と指摘。

 「一方で、これまでは情報を発信することだけを意識し、それを国民がどう受け止めているのかも視聴率の数字でしかなかったが、インターネット上にはリアルタイムでコメントが出てくる。それらを受け止めるという、情報の双方向性を意識した役割、姿勢が求められているのだと思う」。

■「メディアスクラムでは価値ある情報は得られない」

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 さらに佐々木氏は「それぞれの社は独立した報道機関なので、皆が同調しなきゃいけないということは全く無い。真実を追求したい、中立公正な報道をしたいという記者の思いは尊いし、皆が同じ気持ちを持っているはずだ。しかし、やっぱり“数の暴力“のようなものが生まれてしまう」と、メディアスクラムの問題にも言及。

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 「新聞記者時代に感じていたことだが、テレビ局の取材がその典型だ。例えば東京都内で殺人事件が起きた場合、新聞社から行くのは警視庁担当の記者だけだ。ところがテレビ局は報道局の記者だけでなく、ワイドショーのディレクターなどを含めて3~4クルーが現場に出るケースもある。結果、メディアスクラムが起きてしまう。

 また、事件が起きてすぐは現場にマスコミが殺到して大騒ぎするが、数日経つと“何も分からないから”と潮が引くようにいなくなっていくパターンだ。しかしそこからフリーランスのジャーナリストが一生懸命に取材をして、長文のルポを『文藝春秋』などの雑誌にバーンと掲載する。そして我々はそれを読んで、“知らない話がいっぱい載っている、やられた”と思う。

 つまりメディアスクラムのような取材では情報を得られるわけがなく、一軒一軒回って説得して話を聞くというような足で稼ぐ取材、地を這うような取材をするからこそ価値のある情報が得られるわけだ。やはり“公益性のために”と言っても、周りから見れば烏合の衆のメディアスクラムにしか見えない。そういう“見え方の違い”を認識すべきだ」。

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 一方で平石アナは「テレビ朝日アナウンス部からも何人か現場に入っているので、ついさっきも話を聞いてきた。すると、“ちょっと不思議なんですよね”“靴が見つかったが、中には爪も骨もないんですよ”“葉っぱの上にポンと置いてあるんです。そこは台風で流れた後のはずなのに”といった話が出た。決して束になって遺族に取材をしてはいけないと思うが、現に見てきた人たちによる、放送で言えないような情報も含めて共有していくことが取材の厚みにもつながるので、難しい」と吐露した。

■「スタンスや考え方を丁寧に説明する必要がある」

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 さらに平石アナは「例えば元捜査官などが取材に同行して“これはちょっと事故とは思えない”となれば、“事件かもしれない”というスタンスで報じる可能性もある。そうなると、写真や映像を出す意味は残ると思う。また、1社でも報じてウェブ上に掲載されれば、残りの全社が報じなかったとしてもあまり意味がない。また、実名や写真が入っている記事を落とす動きも出始めている。しかし全ての記事が消えてしまえば、女児がいなくなったことがあった、という事実そのものにたどり着けなくなってしまうのではないか」と、記事を取り下げた後の課題についても懸念を示した。

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 これに山田氏は「それは簡単なことで、匿名にした上で、“当初は目撃者を見つける意図から実名報道していましたが、このような経緯から必要が無くなったため匿名とします”と説明を入れればいいわけだ。すでに多くのメディアがそういう形を取っている。また、そういうことを静かにやるのではなく、“私たちはこういうふうに考えているので、こう対応します”ときちんとコメントすべきだ。どうせコピー&ペーストされて外部に残ってしまうというのはその通りだ。しかし、重要なことは宣言しないと分かってもらえない」。

 「テレビは非常に多くの人が触れるメディアなので、警察も広く知ってもらうために、また風化させないために活用する部分がある。そこの折り合いは付けなければならないということ。そして、説明をしなくてもいい、権利だから視聴者にも分かってもらえる、という時代は終わった。劇場型の報道や、いきなり事件現場から始まる報道、実名報道、いずれも、何が起きていて、なぜ私たちがここにいるのか。取材におけるスタンスや考え方を丁寧に説明すればいい。説明すれば、他社と立場が違っていることも含めて分かってもらえると思う」。

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 佐々木氏も「マスコミの仕事は忙しいので、どうしても“習い性”や慣例で突っ走ってしまうことが多い。しかし“今までやってきたから”ではなく、その都度、報じるギリギリまで悩み議論することを続けなければならない」と応じた。(『ABEMA Prime』より)

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