「一口で言うと塩水を高速で真水に変える技術。これまでのみんなが目指してきたものに対して、4500倍の速さで水を流して、かつ塩分を弾くことができるというのが今回報告した内容」
東京大学の相田卓三教授らの研究グループが、塩分は通さずに水だけを通す極細のチューブを開発。5月12日付の米科学誌『サイエンス』で発表された。
国連サミットで採択されたSDGsの17の目標でも安全な飲料水の確保について触れられる中、海水を淡水化する画期的な技術として期待が寄せられている。研究グループは、内側がフッ素で覆われた内径0.9nm(ナノメートル)という小さな穴があいた化合物を、1列に重ねることでチューブ化した。
「食塩はナトリウムイオンと塩化物イオンでできている。私たちのチューブは内側をフッ素加工していて、フッ素部分はマイナスを帯電している。チューブの入口全体がマイナスになっていて、そこに塩化ナトリウムが入ろうとすると、マイナスとマイナスが反発して入ってこれない。塩化物イオンが中に入らなければ、それと対になっているナトリウムイオンも入ってこれない。つまり、塩化ナトリウムが弾かれる仕組みだ」
海水の淡水化において、これまで注目されていたのが、人間の体内の細胞膜に存在する「アクアポリン」と呼ばれる水分子だけを通し、イオンや他の物質は通さないたんぱく質だった。これまでアクアポリンを模倣した様々なナノチューブが開発されてきたが、その性質を大きく超えるモノは報告されていないという。
そこで、今回の研究グループは「従来とは異なる”戦略”をとった」と伊藤喜光准教授は語る。
「水を通して塩をギリギリ通さないスレスレのサイズを狙おうというのが(これまでの)戦略だった。我々のチューブというのは、単純な大きさからいえばイオンより大きい。他の競争相手から比べるとかなり大きい穴を使っている。穴が大きければ水が通るのが早いのが当たり前で、大きくても塩が通らないということがすごいこと」
塩化物イオンを通すほどの大きな穴だからこそ、従来の4500倍という速度で水を通すことができるフッ素ナノチューブ。このアイディアを思いついたのが、当時、東京大学で博士課程の学生だった佐藤浩平さんだった。
「アクアポリンの内側も実は水をちょっと弾くようなものになっていて、それが理由で体の中ですごく水が早く通るという仕組みがあった。もっと弾いたら、もっと早くなるんじゃないかなと。身の回りにあったフライパンが『これならいけるんじゃないか』と思い、輪の中にテフロンのフライパンの表面コーティングのような構造を導入した分子を設計した」
この発想から研究がスタートし、今回の発表までにかかった時間は実に10年。相田教授は、今回インタビューに答えたメンバーのほか、「学生など大勢の研究者によって成し遂げられた成果だ」と胸を張る。
「色々考えさせられることがあって、1つは日本『科学技術立国の立場はどうなるんだ』とか言われている。『日本人として今のままではすまんぞ』という気持はあるので、そういう意味で非常によかった。失敗100、成功1というのはまだ良い方で、失敗500、成功1くらい。その小さな穴をみんなで勇気を出して越えていっているというのが研究の大変さであり、越えた後また同じマラソンを走りたくなる。そこを理解していただいて、これから『科学者になりたい』というお子さんがいたときに、その夢を私たちが壊さないように、『将来明るいよ』というものを見せたい」
(『ABEMAヒルズ』より)
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