“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」
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 学校での座り方としてお馴染みの「体育座り」「三角座り」。しかし近年、座骨や内臓に悪影響を及ぼすとの医療関係者からの指摘もあり、各地で廃止の動きが相次いでいる。

【映像】体育ってなぜやる?整列や前ならえの意味は..

“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」

 体育座りが全国の学校に広まるきっかけとされるのが、文部省による参考資料「集団行動指導の手引き」(1965)で紹介された“腰を下ろして休む姿勢”だという。

 文部科学省の中央教育審議会委員で中学校の体育教師の経験も持つ松田悠介氏(社会起業家)は次のように説明する。

“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」

 「教員の側としては、体育の授業では安全の観点からしっかり指導をしなくてはいけないので、児童・生徒に指示が通ることが非常に重要だ。グラウンドに30、40人が集まり、あぐらなどで座ってしまうと広がってしまうので、指示の声が通らない可能性がある。そこで身体がコンパクトになる体育座りをしてくれると、声の届く範囲にグッと集まることができる。

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 一方、生徒の側としては持病や姿勢に良くないという問題があるので、自由な姿勢を許すのもいいと思う。ただ、それは体育の授業というよりは、集会などで1時間くらい体育座りをさせてしまうことで起きる弊害だと思う。長時間になればなるほど、楽な姿勢にしてあげないと、疲れてきて話に集中できない。

 これは日本の教育の特徴だと思うが、“体育座りでなければならない”という規則があるわけでもないのに、それこそ教員養成の過程も含めて、一律に広がってしまっている。そこは教員が“なぜ体育座りをさせるのだろうか”という本質や、目的に合わせた場の設計や座り方を考えるようになれば、“これはおかしいのではないか”という声がより早い段階で挙がったはずだ」。

■そもそも体育の目的は?

“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」

 同様の問題は、体育の授業そのものにもありそうだ。

 テレビ朝日平石直之アナウンサーは「簡単にいえば、運動能力を高めるのと同時に規律を教え込むというイメージがある。だからこそ、“前ならえ、右向け右”と整頓をさせる。しかし、なぜ“回れ右”は右足をいちど引いてから回って戻す一連の動きをしなければならなくて、なぜそれが美しくなければならないのか」と苦笑。

 「慶應義塾大学の若新雄純特任准教授は「かつての日本人はほとんどが農民だったので、工場のような空間で一斉に同じ作業をするサラリーマンのような人たちを増やす意味もあって、それが今も続いているのではないか。僕の場合、小学生までは体育がすごく好きだったのに、中学に入ると軍隊的になり、先生の管理者目線みたいなものが強くなって嫌いになった」と振り返った。

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 松田氏は「体育にはそういうイメージがあると思う。しかし学習指導要領を読むと、そういったことは一切書かかれておらず、規律のようなものは外され、健康や長寿、思考力や判断力、生活力が重視されるようになっている」と話す。

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 「水泳の授業も日本だけだが、1950〜60年ごろに導入されると、水難事故の溺死者が減るようになった。小学生の間に運動しているか否かが脳の発育に影響があると言われているし、身体も含め発育は20歳くらいまで続いていくので、中学生にも運動刺激を入れることは重要だし、運動の習慣は、大人になってから身体を動かすかどうかにも繋がってくる。

 実は体育の授業があるのは日本だけだが、これが世界で注目されていて、アメリカの教育学者がどうやって学校に導入できるかを考えていたりもする。経済的なゆとりがあれば習い事としてできるかもしれないが、そうではない人たちがいることを考えれば、日本の学校で体育が残っている意義はあると思う」。

■「常に見直しの努力を」

“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」

 一方、近畿大学情報研究所の夏野剛所長は「その人の体力や能力に最適なことをやらせるのが指導であって、40人が一律に4段の跳び箱を跳ばなくてはならないのだろうか。習慣というのならサッカーやバレーボールではなく、有酸素運動をさせた方がいいと思うし、そもそも小中学校の体育の授業は週に2、3時間しかない。

 また、日本は大学でも体育がある。これは第2外国語と併せて政府の規制改革会議でも廃止すべきではないかと議論しているが、こういうときに出てくる反対意見は、“体育教師をどうするか”ということだが、そんなものは知らないという話だ。教えられる何十万人の学生は迷惑している」と指摘した。

“体育座り”、そして体育の授業の目的とは? 文科省中教審委員「なぜやるのか?の本質を考え議論を」

 松田氏は「日本は指導しなくてはいけないものが固められているので、教員としてもそれらを教えきることが重要になってきてしまう。また、運動は楽しいことがベストなのに、評価をしなければならないことによる弊害がある。そして、体育そのものというよりも、教え方の問題もある。“できるまで居残り”ではなく、補助をし、“あなたがここまで出来たなら良かった”というところで留まればいい。そうした見直しや工夫がなければ、やはり“体育嫌い”が生まれてしまう。一方で、教員に自由やゆとりがないという問題もある。学習指導要領の改訂は10年に一度だが、体育の授業時数も含め、それでいいのかと、常に議論を続けることが必要だと思う」と話していた。(『ABEMA Prime』より)

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