日銀の黒田総裁の講演の中で飛び出した「家計が値上げを受け入れている」などという発言がネット上などで大きな話題となっている。発言はどのような文脈で出てきたものなのだろうか。黒田総裁の真意は…。テレビ朝日経済部の岡林佐和記者に話を聞いた。
Q.発言は、どのような文脈で出てきた?
A.共同通信社が主催し、政財界のトップを講師に、主要企業の管理職などが参加する講演だ。残念ながら私は会場には入れなかったため、オンラインで聴いていた。
内容は約40分間にわたり、その最後の方で「企業と家計ともに物価の見方に変化がみられ始めていますよ」という話を始めた。まず企業の認識について「はっきり上昇していることを示すデータがある」と紹介、そして家計の認識について「興味深い調査結果があるんですよ」と、東京大学の渡辺努教授らによる調査を紹介した。
それが日本も含めた5カ国を対象に定期的に行われている調査の結果で、「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったとき、あなたはどうしますか」の質問に対し、前回の調査(昨年8月)では日本の家計の半数以上が「値上がりしたら他店に移る」と回答していたのに対し、最新の調査(今年4月)では「他店に移る」が減少、その一方で「値上げを受け入れ、その店でそのまま買う」との回答が半数以上と、欧米と似た傾向になってきたというものだ。
その上で黒田総裁は「日銀としては良好なマクロ経済環境を維持し、日本の家計が値上げを受け入れている間に賃金の本格的に上昇につなげていきたいんだ」という話に持っていったということだ。
Q.きょうの参議院財政金融委員会でも取り上げられた。
A.この調査だけをもって「家計が値上げを受け入れている」と言って良いのか、ということについては、黒田総裁本人も「やや強調しすぎたかもしれない」「家計の許容度を測るものではないと」と答弁、発言を修正した格好になっている。一方で、「あなたの願望が出たんじゃないの」という質問も出たが、個人的な考えをポロッとおっしゃったわけというでもないと思う。
というのも、講演の内容は日銀のホームページに文書として掲載されているし、オーソライズされたものでもあると思う。これまで日銀としては物価上昇の目標2%を掲げてやってきたし、やはり物価が上がっていくことを家計が許容すれば賃金も上がってという道筋が…ということだろう。
Q.SNS上には「#値上げ受け入れてません」というハッシュタグも登場している。
40分にわたる講演のどこをニュースにするかは私たち記者の仕事だが、「まだ金融の引き締めを行う状況にはない」「今の金融緩和の方針を継続するんだ」という結論の部分に注目したメディアが多かった。そんな中で『産経新聞デジタル』がこの発言に注目した記事を配信、SNSで話題になった。その反応がを受けて、今日の国会でも議論になったという形だ。
同様の発言については、先週も話題になっていた。野党に「食料品について、以前と比べて価格が上がったと感じるか」と質問された黒田総裁が「スーパーで買い物をしたことはあるけれども、基本的には家内がやっておりますので、物価の動向を直接感じているというほどではありません」と答弁したことを『ハフィントンポスト』が記事にした。この時も、「日銀総裁は買い物に行かないんだ」「あ、そういうことを言っちゃうんだ。ちょっと驚いた」という反応が多かったと思う。
私も先日、子どもに「手巻き寿司が食べたい」と言われ「どうしようかな…魚は少なめにしてツナや納豆多めで…」と考えたことがあった。やはり買い物に行くと色々な物の値段が高くなっていると感じるし、「生活必需品はなんとか買わないといけないけど…」というのが多くの方の実感だと思う。
Q.「強制貯蓄」というワードも注目を集めている。
A.今日の国会でも出てきたので、経済の専門家の間では広く使われているワードではあると思う。ただ、コロナ禍で行動制限が続いてお金が貯まっていったというよりも、収入が減っていったという実感を持っている方の方が多いと思うし、明日の食べる物も…という方もいる。そういう中で「貯まっているでしょう?」という感じで何回もおっしゃるんだなと衝撃を受けたし、私たちの実感とはかけ離れているな、と思われても仕方がないと感じた。
もちろん色々なデータを見て、色々な方の話を聞いてはいるとは思うが、消費者、生活者の目線に寄り添っていないと受け止められたと思うし、政策決定をするところには生活者の視点を持った人が少ないという、その問題の一端が出たと思う。(ABEMA NEWS)