笑いに満ちた雑談も、苦労の日々を思い起こせば感動のシーンだ。将棋界の早指し団体戦「第5回ABEMAトーナメント」の予選Dリーグ第1試合、チーム康光とチーム天彦の対戦が6月18日に放送された。チーム康光の先崎学九段(51)と郷田真隆九段(51)はリーダー佐藤康光九段(52)の熱闘を、作戦会議室で観戦。この試合3連敗の先崎九段と、3連勝の郷田九段という対照的な結果に終わった2人だったが、その談笑の内容にファンからは「ふたり可愛すぎかよ」「優しい世界」「いい雰囲気」と、笑いと感動の声が寄せられた。
まずは会話の内容から。リーダー佐藤九段がスコア3-4とカド番に追い詰められた状況で、若手実力者・佐々木大地七段(27)と指している最中だった。対局の模様を見守っていた先崎九段と郷田九段が、おもむろに雑談をスタートした。
先崎九段 やっぱりみんな酷い将棋、指すんだなあ。
郷田九段 安心してください。先崎先生、ダメじゃないから(笑)。
先崎九段 おれなんか、すごい人としてクズで、ダメかと思った。
郷田九段 考え過ぎなんだよ。△4二歩ですからね、先生。こんなもんなんだよ。
先崎九段 これ、歩を受けられて投了ですよ。
郷田九段 こんなもんなんだよ。大したことないんだよ(笑)。
やや局面が進んで、雑談は続いた。
先崎九段 取り込みが詰めろなら、大丈夫。
郷田九段 お、やったか、ははは。
先崎九段 やったー。
郷田九段 見えてんじゃん。なんだよー(笑)。
これだけ見れば51歳のベテラン同士が、対局を見て雑談しているだけだが、背景を知るほどに深い意味がある。まず持ち時間5分・1手指すごとに5秒加算というフィッシャールールのABEMAトーナメントで、先崎九段は初出場。郷田九段は出場経験があり、苦労した思い出がある。この試合で先崎九段は3戦全敗、郷田九段は3戦全勝。正反対の結果になったが、郷田九段からすればベテランが超早指しに苦戦する気持ちがよくわかる。1つも勝てない状況に、郷田九段なりの優しさを込めた会話だったのだろう。
また先崎九段の「人としてクズ」、郷田九段の「ダメじゃない」も、大きなやりとりだ。先崎九段は2017年8月に、一身上の都合として公式戦の休場を発表。約1年後の2018年7月に復帰した際、休場の理由がうつ病だったことを公表した。逃げ場のない1対1の勝負の連続で、精神的に大きなストレスを感じることも多い将棋の世界。うつ病から復帰し、こうやって笑顔で同世代と語り合い、郷田九段もどこまで意識したかはわからないが「ダメじゃない」という言葉は、なんとも沁みる。
背景を知るファンからも、このやりとりには笑いだけでなく心を揺さぶられた人も多かったようで、「愛される先崎…」「郷田先生のメンタルケアが優しい…」「私も郷田先生に励まされたい」「なんでこんな楽しそうなのw」「郷田先生優しくて涙出そう」と、コメントの勢いは止まらなかった。
◆第5回ABEMAトーナメント 第1、2回は個人戦、第3回からは3人1組の団体戦として開催。ドラフト会議で14人のリーダー棋士が2人ずつ指名。残り1チームは、指名を漏れた棋士がトーナメントを実施、上位3人がチームとなり全15チームで戦う。対局は持ち時間5分、1手指すごとに5秒加算のフィッシャールールで行われる。チームの対戦は予選リーグ、本戦トーナメント通じて5本先取の9本勝負。予選は3チームずつ5リーグに分かれて実施。上位2チーム、計10チームが本戦トーナメントに進む。優勝賞金は1000万円。
(ABEMA/将棋チャンネルより)