7月10日に投開票が行われた参議院選挙。当選した女性は35人と過去最多を更新した。しかし、衆参合わせると女性の割合は15.4%で、世界の潮流からは取り残されている。
変化を起こそうともがく女性たちの参院選を追った。
■世界では女性政治家が加速度的に増える中…日本はジェンダーギャップ指数の政治分野で「139位」
5月、参院議員会館である報告会が行われていた。「女性候補比率が51.6%」「35%」「51.9%」「女性が14名。18.18%」。与野党の女性議員たちが今回の参院選に立候補する女性割合を報告する。
国会議員の女性割合が半数になることを目指す「クオータ制を推進する会」、Qの会の集会。中心にいるのは、92歳の赤松良子氏。日本の男女平等に「法律の種」を撒いた人物だ。彼女のもとには人が次から次へと挨拶に訪れる。
1985年、「男女雇用機会均等法」が成立した。当時は圧倒的な男社会。反発もある中、力を尽くしたのが当時労働省の婦人少年局長だった赤松氏だった。反対する政財界の重鎮を説得して回ったという。
赤松氏の努力が実り成立したこの法律。当時は批判もあったが、改正に改正を重ね、現在ではより強固なものとなっている。その後、駐ウルグアイ大使などを経た赤松氏は、国会議員ではない立場から文部大臣にも選ばれた。
赤松氏が次に目を向けたのが、政治の世界における男女の不平等だ。「『女性を増やしたら何がいいことあるんだよ』『ろくなことないぜ』って思ってる人がとても多い」。
2022年のジェンダーギャップ指数では、世界146カ国中116位となった日本。政治分野は139位で、主に順位を下げているのは女性政治家の少なさだ。例えば、衆議院の女性の数は464人中46人。出産・育児や性暴力、婚姻など男女で捉え方が違うはずの問題も、女性がたった9.9%しかいない中で審議される。さらに、大臣の数は、女性閣僚が最多の5人だったのは8年前。以降、その数を超えたことはない。
一方で、世界では女性政治家が加速度的に増えている。背景にあるのが「クオータ制」と呼ばれる制度。クオータとは、性別などを基準に一定の比率を候補者数に割り当てるなどするもの。この制度は、世界196の国と地域のうち118で導入されている。こうした結果、世界では男女半々の内閣も次々誕生している。
2018年、日本でも「候補者男女均等法」という法律が成立した。赤松氏らの働きかけが実ったかたちだ。ただ、罰則はなく、女性議員が過去最多の35人当選したこの参院選でも、各党で女性候補者比率にバラつきが出た。女性候補者が半数を超えたのは、立憲民主党、共産党のみ。参院選で大勝した与党、自民党と公明党は20%代前半にとどまった。当選者も似たバランスとなり、与党の女性議員割合は候補者を増やした党に比べて低く出た。
■「ママでもできる選挙をと」 “日常の延長戦上”で戦い抜いた伊藤孝恵氏
女性議員が増えづらい理由の1つに挙がるのが、過酷な選挙戦だ。24時間365日働くのが当然とされる「男社会」の慣例が残る選挙に、異例の働き方改革で挑んだ女性がいた。愛知選挙区から2期目へ挑戦した伊藤孝恵氏(国民民主党)。愛知選挙区は4議席の枠に17人が立候補した激戦区だ。
6年前、初当選を果たし2人の子どもを育てながらの議員活動が始まった。子連れ出勤にも対応するため、議員会館の執務室にキッズスペースを設けると、批判が殺到。1500件ものクレームが寄せられた。それでも伊藤氏はキッズスペースを畳まなかった。
今回の参院選でも選挙戦の常識に抗うことを決めていた。公示前日の夜、伊藤氏の姿は地元の愛知ではなく、子どもたちと暮らす東京にあった。夫婦共働きで小学生2人の姉妹を育てる伊藤氏は、国会議員の中では圧倒的な少数派。公示前から地元に張り付くのが常識の選挙で、正反対の行動をとった。子どもたちの面倒を見て、一緒に眠る、「普通の生活」だ。
育休中に初出馬した前回2016年の選挙戦。1歳の帆那(はんな)ちゃんは授乳中だった。
「『選挙っていうものは、ホテルに泊まって朝から(街頭に)立つんだよ』って。なので、おっぱいを出してるっていうのが通じないんだなと。『授乳は夜中に2度、3度、4度あって、赤ちゃんもおっぱいがいるし、お母さんもおっぱいを出さないと乳腺炎になったりする』ということも説明しなければいけなかった。“おっぱいを飲んでいる=夜中に授乳がいる”がつながらない人たちとコミュニケーションするというのが驚きだった」(伊藤氏)
公示の当日、早朝の新幹線で地元・愛知に向かう中、第一声のスピーチを書き上げる。現職議員4人を含む候補者が乱立し、4つの議席を争った愛知選挙区。前回4位当選だった伊藤氏には逆風が吹いていた。
日本維新の会と、河村市長率いる減税日本がタッグを組んだ維新の候補、広沢一郎氏。強力なライバルと票争いをすることになった伊藤氏は、常識外れの戦略をとった。
投開票日を約1週間後に控えた炎天下で、名刺型のチラシを配り続ける。街頭演説は「歩き続ける人に届かない」と割り切って、時間を大幅に縮小。大村県知事の応援演説の最中も常に目を光らせて、通行人めがけて猛ダッシュ。次々に狙いを定めアタックを続ける。
戦術だけでなく、働き方も常識外れの行動をとった。「それでは帰りましょう」。時刻は20時13分、激戦区の候補としては異例の早上がりだ。選挙期間中の週末は、伊藤氏の実家で子どもたちと合流する。夜の街頭立ちの代わりに、ネットのライブ配信などをフル活用。在宅ワークならぬ、在宅選挙活動だ。
日常生活を続けながら明るく選挙を戦おうとする伊藤氏。6年前のある出来事を振り返る。
「1歳の子を抱っこして、3歳の子の手をひいて走っていたら、ある高齢の女性に突然足を出されてひっかけられた。その人が私に言ったのが『このバカ親が!』と。子どもはママが転ばされて怪我した姿、チラシを丸めて顔に投げられた姿、唾をはかれる姿、握手をはじかれる姿を見ていて、“選挙=ママを傷つけるもの”と彼女たちはどこかで思っている。落ちようとも受かろうとも、次の選挙では絶対にママの選挙は『見て! みんなこんなに笑ってるでしょ。みんなすごく楽しそうでしょ。こんなにママのこと応援してくれてる人がいっぱいいるってすごくない?』って言って、『ママすごいー!』っていう記憶の上書きしておかなければ私自身の人生の後悔になるので」
こうした中入ってきたのが、安倍元総理銃撃のニュース。スタッフや聴衆の安全も考え、伊藤氏は選挙活動を一時休止させた。
大勢の人の中に飛び込まざるをえない選挙戦。身の危険を感じる事は珍しくない。伊藤氏の出陣式では姉が恫喝されるトラブルがあった。距離を詰め大声を上げる男性。突然のできごとに周囲は止めることができなかった。
そして迎えた最終日。葛藤しながらも選挙活動を再開させた伊藤氏。最後の演説には子どもたちも駆けつけた。
「『母親のくせに選挙なんて』と言われるたびに、言葉にならないうしろめたさがあった。次女が肺炎で入院したときは、病気の子どもをおいてまでやらなきゃいけない仕事ってあるんだろうか? と。でも、同時に思った。みんなそうなんだ。働くお父さんや、働く母さんはみんな一生懸命仕事をして大切な家族のもとに駆け足で帰っていく。だからこそ働くことが喜びである、働くことと育児や介護が両立できる毎日がどうしても必要なんだ。選挙活動を20時で終えて、20時からママに戻ったっていいじゃないか。私は始発から終電で街頭には立てないけども、24時間戦えないけど、代弁者になれる。もとい、24時間戦えないから、あなたと全く一緒だから、あなたの声の代弁者になれる」
そう訴え、マイクを置いた。
日常の延長戦上で選挙を戦い抜いた結果は、ライバルの広沢氏に約4万票差をつける39万1757票で、見事4位当選を果たした。
「今回、“ママでもできる選挙”と思って。8時から20時は本当に頑張るけども、20時を越えたら私はママに戻りますと。子どもたちとお風呂にも入るし、寝かしつけもする。この選挙をやり切ってもし負けたとしたら、『ほらみたことか。だから24時間駅に立たないといけないんだ』って言われてしまうので、どうしてもこの選挙をやって勝ちたかった」
政治の世界で壁を1つ突破した伊藤氏。
「この国に女性議員がなぜいないか。1期目をやった人が2期目になって、3期目になってどんどんたまっていって、新しい人たちのメンター(助言者)になって、伴走しながらこのマチ(政治)の労働環境や当たり前を変えていきながら迎え入れないと、1回入ってきても逃げちゃうし、入ってもこない」
伊藤氏の戦いはこれからも続く。ただ、この選挙で1つ目標を達成できたようだ。
「学校で『おめでとう』って言われた。(選挙は)楽しかった。知ってる人とか、仲よくなってなかった子とかとも仲よくなった」(長女の行里ちゃん)
■「政治家の卵」を育てる合宿に若い世代、地殻変動も
若い世代では地殻変動も。4月下旬、20代を中心にした女性たちが集まり、「政治家の卵」を育てる合宿が行われた。パリテ・アカデミー共同代表のお茶の水女子大学・申きよん教授は「今年は圧倒的に若い女性が多い」、同じく共同代表の上智大学・三浦まり教授は「日本はいろいろな意味でジェンダーギャップが残された社会だということで、それを解決したいという人が来ている」と話す。
将来、政治家になることも考えている西野麗華さん(20)。「皆さん共通の課題意識を持って来られているので、すごく話しやすいなと思う」。
合宿のハイライトは、選挙区を具体的に設定した本番さながらの模擬選挙。演説の練習はもちろん、各陣営スピーチの構成やポスター制作に余念がない。そして、迎えた本番。
「多世代間交流も含めて、酒田のおいしいお米を地域のみんなで一緒に、食卓を囲んで楽しもうじゃないかと」(西野さん、山形県酒田市議選に出馬の設定)
実践を通して見えたことがある。
「直接社会課題に向き合っていくような職業はすごくやりがいがあるし、自分が議員になるのか、政策提言をしていくのかはわからないけど、そういう道が自分の走りたい方向だとわかった」(西野さん)
女性たちが身の回りで起こす努力は、世代を超えてつながっている。
(テレビ朝日制作 テレメンタリー『女性議員が増えない国で』より)