ドイツで極右勢力のメンバーらが逮捕された。事件の首謀者はドイツ中部の静かな町に佇む屋敷の所有者、ハインリヒ13世容疑者(71)。ローマ帝国の城代を先祖に持つ貴族の末裔だ。容疑は、国家転覆を企てたクーデター計画。
ドイツ当局は捜査員3000人以上を投入し、関係先130カ所以上を強制捜査。メンバーら25人とロシア人1人を含む支援者3人を逮捕しており、中には軍人や裁判官、元議員なども含まれていた。
「ライヒスビュルガーは政府の転覆の妄想と陰謀論を背景に作られた。好戦的なライヒスビュルガーは民主主義・国家・共同体を守る人々に憎しみを抱いている」(フェーザー内相)。
「ライヒスビュルガー」とは、戦後のドイツを否定する極右思想集団。CNNによると、今回逮捕されたメンバーについて、警察は「ライヒスビュルガーやQアノンの陰謀論を信じている」と声明で発表している。実は近年、ドイツでは極右思想や陰謀論が至るところに浸透し、問題が深刻化している。
先進国・ドイツで起きた事件と世界に広がる陰謀論について、12日の『ABEMA Prime』で議論した。
ミュンヘン在住のジャーナリスト・熊谷徹氏は「ライヒスビュルガーという名前はこれまでも何回かニュースには出ていた」とした上で、次のように話す。
「捜査当局はライヒスビュルガーが2万3000人いるとみているが、数は年々増えている。彼らの特徴として、第2次世界大戦が終わっても連合国の管理下にある、つまり今のショルツ政権の正当性を否定している。税金や交通違反の罰金を払わず、ドイツのものではない独自のパスポートを持っている人もいる。アメリカでもよく言われているディープステート(闇の政府)が実はドイツを支配していて、今の政権は傀儡だということを信じている人々だ。アメリカの議事堂突入事件に参加した、いわゆる陰謀論者『Qアノン』と思想的に共通するものがある。
実は今回のクーデター計画の前触れともいえる事件が、2020年8月にベルリンで起きている。約4万人の市民が当時のメルケル政権のコロナ政策に反対するデモを行ったが、その中の数百人が突然、連邦議会議事堂に突入を図った。警察官3人がなんとかデモ隊を食い止めて、未遂事件に終わったが、この時に乱入をそそのかしたあるドイツ人女性の発言を見てみると、完全にQアノンやライヒスビュルガーの思想を持った人だ。しかも、当時のトランプ大統領がベルリンに到着して我々を支持してくれる、というデマも言っていた。ディープステートを信じる陰謀論者が、暴力を使って民主主義のシンボルである議会議事堂を占拠しようとしたという前例はすでにあった」
そうした中、今回警察が強制捜査に踏み切った背景には、ロシアのウクライナ侵攻も影響しているという。
「政府が危険視したのは、彼らがロシアと接触を始めていたこと。ウクライナ侵攻でドイツとロシアは対立状態にあって、プーチン政権がライヒスビュルガーのクーデター計画を万が一支援するような場合、ドイツの民主主義体制が内部から侵食されてしまう危険がある。また、コロナやエネルギー価格の高騰、インフレで多くの人々の生活が苦しくなり、政府に対して強い不満を抱いている中で、ディープステートに関する陰謀論がソーシャルメディアを通じて広がっていく危険性もある。もう1つ重要なのは、ライヒスビュルガーは軍や警察の関係者を特にターゲットにしてスカウト、リクルートしていた。逮捕者の中には、連邦軍の特殊部隊の現役兵士もいる。2016年にはバイエルン州で警察官が家宅捜索を行おうとした時に、1人が射殺される事件もあった。単に風変わりな考えを持つ人々ではなく、実際に武装をしている、あるいは武器を隠し持っているという兆候が見られたために、今回の強制捜査に踏み切った」
ドイツだけでなく、欧州各地で極右政党の存在感が高まっている。フランスでは今年6月、下院選で躍進。イタリアでは10月に極右政党を率いるメローニ氏が首相に就任した。スウェーデンでも10月、反移民を掲げる正統の閣外協力を受ける連立政権が誕生した。
熊谷氏は「ドイツだけに限った問題ではないということだ」との見方を示す。
「イタリアやフランス、イギリスといった国々で、右派ポピュリストがだんだん勢力を伸ばしている。特に2015年には、シリアの内戦から逃れるために多くの人々が西ヨーロッパに避難してきたわけだ。そんな中、ドイツは当時のメルケル首相が100万人の難民を受け入れて、亡命申請を許すという決定をし、非常に多くの市民の不満、不安をかきたてた。周辺国においても、特に難民問題が右翼・右派の一種の追い風になるという点は共通していると思う」
元議員や裁判官、軍人など、いわゆる社会的地位が高い人物も今回逮捕されているが、なぜそうした人も傾倒していくのか。米・イェール大学助教授、半熟仮想株式会社代表の成田悠輔氏は「陰謀論というと、情弱寄りでものが考えられない人が感染するものだという思い込みがあると思うが、実際には知識があればある人ほどハマりがちだ。彼らが持っている解像度の高い社会の問題点を1つに融合するためのシンボルとして、陰謀論が旗印として出てくる可能性は常にあると思う。陰謀論にかかる感染経路はいろいろなものがあるということをまず注意するべきだ。」と指摘する。
一方、熊谷氏は「陰謀論やディープステートがいかに社会の深い部分にまで浸透しているかをはっきり示したと言えると思う」とした上で、「ドイツの憲法の第20条には、民主主義を破壊する目的を持った者が政権に就いた場合には国民に抵抗する権利があるという条項がある。ナチスが1930年代に政権を奪って民主主義を破壊した苦い経験に対する一種の反省からこの条項が作られていて、世界でも非常に珍しいと思う。したがって、今回の事件は強制力を行使して民主主義を破壊するような動きを事前に芽を摘んだということで、ドイツの民主主義の強さを示していると思う」との見解を述べた。(『ABEMA Prime』より)
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