世界タイトルマッチの発表記者会見でここまで強気な発言をする選手がいままでいただろうか。「絶対勝つ」でもなく、「チャンピオンになる」でもなく「100パーセント勝つ」。清々しいほどの自信をみなぎらせるボクサーの名前は重岡銀次朗。1月6日、国内のトップを切って世界タイトルマッチの舞台に立ち、IBF世界ミニマム級王者のダニエル・パラダレスに挑戦する23歳だ。
重岡は記者会見でこうも言ってのけた。
「自分は今でもだれにも負けないくらいめちゃめちゃ強いですけど、まだまだ強くなれます。これからのボクシング人生、その成長をみなさんに見届けてもらえたらなと思います」
何というビッグマウス。ただ、重岡はただの大口叩きではなく、そのセリフにはしっかりとした裏付けがある。まずは若きホープの横顔を紹介したい。
熊本県出身の重岡は同じく世界チャンピオンを目指す2歳上の兄、優大とともに小学校入学前から空手に親しみ、ボクシングは4年生で始めた。幼いころから練習、練習の毎日を送り、中学時代にはU-15全国大会で優勝。重岡兄弟の名前は徐々に熊本から全国へと広がっていく。地元の開新高に入学するとインターハイをはじめ全国大会で5冠を獲得。アマチュア時代は“実質無敗”を貫いた。
高校時代の戦績は56勝1敗。はっきりと黒星がついているのだから無敗ではないのだが、これには事情があった。実はこの1敗は重岡が1年生のとき、インターハイの県予選決勝で3年生だった優大と対戦したときのもの。試合が始まって10秒ほどで銀次朗のセコンドがタオルを投入した。これが“実質無敗”の真相だった。
高校卒業後は大学へ進んだ兄の背中を追わず、かねて考えていた通り上京してプロ入りした。2018年9月のデビュー戦に勝利すると、4戦目のWBOアジアパシフィック王座決定戦では、開始72秒の左ボディ一撃KO勝ちで周囲の度肝を抜いた。ちなみ4戦目での地域王座獲得は国内最速タイ記録だ。
その後も同王座を2度防衛し、日本タイトルも獲得して防衛に成功。重岡は圧倒的な強さを見せつけ、8戦全勝6KOという数字を残して無敗のままついに世界タイトルへの挑戦権を手にしたのである。
重岡の最大の強みは身長153センチと小柄ながら、軽量級離れした爆発的なパワーを備えていることだ。サウスポースタイルから繰り出す左ストレート、右フックは一発で相手を仕留めるだけの力がある。世界初挑戦を迎えても「12ラウンド戦うつもりはない」と話しており、ノックアウトによるベルト奪取を心に誓っている。
そんな重岡を迎え撃つのがボクシング大国、メキシコから日本に乗り込んでくるバラダレスだ。王座獲得は昨年7月で、フィリピンのレネ・マーク・クアルトを2-1判定でしぶとく下してベルトを巻いた。スタイルはメキシカンらしく好戦的で、破壊力には欠けるもののアグレッシブな戦いを身上としている。
グイグイと頭を下げて前に出るチャンピオンをいかに攻略するのか。陣営が最も心配しているのはバッティングによる出血だ。チャレンジャーは攻撃力に自信があるからといって力任せに攻めていくと、バッティングの餌食になってしまう危険性がある。
重岡もその点は百も承知で、「打ち終わりのディフェンス、頭をしっかり振ることを意識したい」と防御の重要性を意識する。仮に出血してしまったとしても絶対に慌ててはいけない。チャンピオンの強みは重岡の3倍以上にあたる30戦というキャリアだ。挑戦者が動揺しようものなら、一気に流れを引き寄せることだろう。世界王者になるためにはどのような事態が起きても動じない冷静さが求められるのだ。
重岡は「勝ち続けて日本の防衛記録、13を塗り替えることが小さいころからの夢」とその目を輝かせる。言うまでもなくV13は日本のレジェンド、具志堅用高さんが打ち立てた金字塔であり、40年以上たった今も塗り替えられていない大記録だ。アマチュア、プロを通じて負けを知らない逸材が夢に向かって大きな一歩を踏み出す大舞台。新春の世界チャンピオン誕生に期待が集まる。
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