重厚感たっぷりの黒色と、高級感あふれる光沢がコラボした革ジャン。思わず笑みがこぼれる着心地のよう。
実はこの革ジャン、一風変わった素材が使われている。素材となっているのは、廃棄されるはずだった野生のシカの皮。
2022年12月に開催された革ジャンの販売会で、多くの人が珍しいシカの革ジャンに袖を通し、目を輝かせていた。
このシカの皮を使った革ジャン作りの仕掛け人が、山口明宏さんだ。
「駆除動物のいただいた命の皮はちゃんと最後の一枚まで大切に使い切ろうと。さらにその一歩先まで進んで、きちんとそれを消費文化に、新しい消費文化につなげていこうと」
「命を無駄にしない」という信念のもと、新しい消費文化を作り出そうと奮闘する山口さんの挑戦に迫った。
東京・墨田区で、創業80年以上の歴史を誇る山口産業。創業当時から生業としてきたのが、皮のなめし。なめしとは、動物の皮膚だった「皮」を、かばんなどの道具として使用できるよう生まれ変わらせる伝統技術のこと。
山口産業はこれまで数多くの皮をなめしてきた。そんな老舗の3代目。山口明宏社長。近年、ある取り組みに力を入れている。
「猟師さんたちが捕って、食肉加工所とかから送られてきたままのイノシシやシカの原皮になります」
同業者も驚くという、野生動物の「皮」のなめしだ。「傷がないこと」が高品質の証とされ、飼育された動物の皮を使うのが一般的とされてきた皮革産業。
そんななか、山口さんたちは猟で捕獲されたイノシシやシカといった野生動物の皮をなめしているのだ。
そこには、山口さんたちが携わる”あるプロジェクト”の存在があった。農林水産省によると、令和3年度の野生鳥獣による農作物の被害額は約155億円。年々、減少傾向にあるものの、依然として被害が多いのが現状で、政府や各自治体は、イノシシやシカの駆除を強化するなど対策に乗り出している。
こうしたなか課題となっていたのが、駆除した動物の「その後」。「ジビエ料理」として人気を博すなど「肉」の利活用は進むものの、肉を剥いだ後の皮。
いわゆる「獣皮」は利活用されることなく廃棄されてしまっていた。「いただいた命を無駄にせず使い切りたい」そんな声に心を動かされた山口さんは2008年、アクションを起こす。
「MATAGIプロジェクト」とは、全国から送られてきた獣皮をなめし・染色まで行い、「革」として産地に還すことで、その地域の有効資源として活用してもらおうという取り組みで、複数の企業や大学などの協力もあり、徐々に連携する自治体も増えていったという。
しかし、山口さんたちが担えるのは、あくまで「獣皮」を「革」に変える”素材化”まで。革を受け取ったものの、有効活用することができず、結果、プロジェクトから離脱してしまう、というケースがここ数年で増え始めたという。
「なめして返しても利活用がなかなか進まない。でも使わなきゃいけないという産地とか自治体とかどんどん増えている。何とかしよう何とかしようと」
葛藤を抱えるなか、山口さんは一つの答えを導く。
「MATAGIプロジェクトは、正に収益的な事業よりも有効資源化とか、産地の活性化という部分に力点を置いていたが、やはりきちんとした消費文化を作らなければいけないな、そうしないと『活用したい』という方は増えても『活用数』は増えないという現状が続いてしまうだろうと」
山口さんが考えたのが革の商品化にまでコミットすること。山口産業は産地から獣皮を提供してもらい、なめしを実施。
その後、別の企業に渡った革は服として、消費者のもとへ。その利益は産地や商品を作る会社、そして山口産業へと還元され、産地からはまた新しい皮を提供してもらう。
この「利益の循環」が「獣皮活用の循環」の実現につながると考えたのだ。こうした思いに賛同してくれる全国の食肉加工所や自治体、地元墨田区の町工場と協力して、2022年9月、シカ革ジャンパー作りがスタートした。
しかし、飼育した豚や牛の皮と違い、野生のシカの場合、森の中の生活でついた傷や、猟によってついた傷など、様々な傷がついてしまい、クオリティに差が出来てしまうことも。
山口さんたちと協力し、革の製品化を行う、牧上商会の牧上代表は難しさをこう語る。
「シカの革は伸び縮みしちゃうみたいで、寸法通りに上がらない。そこらへんが難しい。いかようにもなってしまうという。そこは良いところでもあると思うのだが、なかなか目指した寸法に上がらない難しさはある」
山口さんは、そうした現実を踏まえたうえで、新しい消費文化をどう育んでいけるのかが重要だという。
「シカ革ジャンパーが、きちんと日本人、そして世界の皆さんに受け入れられるような消費文化が作れれば、駆除しなければいけないという現状。それから駆除することによって生態系のバランスが保てて環境保全にも繋がるんだという持続可能な消費行動に繋がっていくのかなという風に考える」
そして、迎えた販売会当日。山口さんに案内してもらいながらなめしの工程を見学する参加者たち。なかには岩手県・大槌町でハンターをしているという男性の姿も。
“革マニア”だという女性は「傷がついているのも味だと思っているので、そこは気にならないので、傷があっても良いものは受け入れられます」と明かしていた。
販売会を経て、無事に客の手元へシカ革ジャンパーが届くところまで辿り着いた。しかし、山口さんにとっては、長い道のりが始まったばかり。
「継続することが大事だと思っているので、売れる売れないということではなくて、きちんとした消費文化を、時間をかけてでも作っていくんだという風にいま決意したところだ」
(『ABEMAヒルズ』より)