世界で唯一の被爆国、日本。戦争や原爆投下の残酷さ・悲惨さを後世に伝えるため、広島市は2013年度から小学3年生などに向けた平和教材として漫画『はだしのゲン』を採用していたが、市の教育委員会は来年度から使わないことを決めた。
「45分の授業の中で子どもたちに何を身につけさせるかということで、ふさわしい教材という視点で差し替えを考えたもの。『はだしのゲン』自体を否定するものでは全くない」(広島市教育委員会学校教育部・高田尚志課長)
同作は2012年に亡くなった漫画家・中沢啓治さんの戦争体験が元になっており、外国語にも翻訳されるなど多くの人に読み継がれてきた。中沢さんは2011年、「親から子どもへ、子どもから孫へと、子々孫々伝えなくてはいかん」と語っていた。
今回の決定と、戦争を伝える教材のあり方について、22日の『ABEMA Prime』で議論した。
「原水爆禁止広島県協議会」代表理事で市教育委員会に削除撤回を要請した高橋信雄氏は「『はだしのゲン』の舞台は広島だった。ゲンは国民学校1年生、今の小学校1年生の時に原爆が落ちるわけだが、それと自分を重ねて追体験をしてもらうという意味で、非常に有効な教材だったと思う。今でも多くの学校が修学旅行で広島に来るが、その入口として大きな役割を果たしていたと思う」と話す。
教材として使われなく理由は、原爆が落とされる前、主人公のゲンと弟が家計を助けるため、街角で浪曲のまね事をして小銭を稼ぐシーンと、栄養不足で倒れた身重の母親に食べさせようと池のコイを盗むシーン。これが誤解を与える恐れがあり、補足説明が必要になるという。
高橋氏は「ここにこそ、この教材を子どもたちに与える意味があると思う。コイを盗まなければならなかった、浪曲で小銭を稼がないと生きていけなかったという状態に、戦争は追い込んでいくのだと。その中で原爆が投下され、悲惨な広島が展開されていく。そこを抜きにして子どもたちの中には入っていかないと思う」と指摘。
広島市教育委員会は番組の取材に対して「ほぼすべてのプログラムを改訂しており、『はだしのゲン』だけを排除する目的ではない」とコメント。削除後の教材では、被爆者の実体験や被爆2世の取り組みなどを扱う予定だという。
広島出身で自民党副幹事長の小林史明衆院議員は「その時代に合った最適なコンテンツを選び続けるのは大事なことだと思う。漫画そのものが否定されるわけではないし、図書室にも置いてある。原爆や戦争を起こさないためにどうしたらいいかを考えられる子どもを育てていくことが目的だとすると、『はだしのゲン』だけである必要はない。動画かもしれないし、新しいコンテンツかもしれないし、場合によっては、今のロシアによるウクライナ侵攻のほうが実体験として追いやすいかもしれない。そういうことを考えると、更新はあっていいと思う」との見方を示す。
では、NGとなったシーン以外を使えばいいのではないか。作家・ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「『はだしのゲン』がすばらしいのは、戦争終わった時に5、6歳くらいだった中沢啓治が30代の頃に描いている漫画で、すごくリアリティがあること。今の時代に戦争の漫画を描くとして、コイを盗んだり浪曲を歌ったりなんてことは絶対に思いつかない。僕は今回の削除にあまり賛成ではないが、一方で当時の戦争の悲惨さをただ教えればいいという平和教育のありようにも疑問がある。なぜ戦争が起きてしまうかというロジックと、どうやったらこれからの時代に戦争を起こさないで済むのか、日本は巻き込まれないで済むのかをきちんと教えないと。ある意味で戦争教育・平和教育を考え直す良いチャンスではないか」とした。
高橋氏は「『はだしのゲン』より良い教材があるかと言われれば、あると思う。でもそれは、“この教材のほうが子どもたちの中に入っていく”という実証をしてからやるべきだ。一方的に“もうこれはダメだ。取り換えるしかない”というのは絶対に納得できない。もう一つ、広島の平和教育は何も原爆の悲惨さだけを教えるというものではない。市教委も、被爆者の皆さんも言っているのは、“あのような悲惨な出来事を二度と繰り返さないために何が必要なのか。それは核兵器・核のない世界を実現することなんだ”と。それははっきりしているので、そこをもう少し整理して論議をしていきたい」と訴えた。(『ABEMA Prime』より)
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