「24時間働けない」からこそ生まれたドキュメンタリー「女性議員が増えない国で」が受賞 その裏にあった働き方改革とチーム力
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左から編集担当大川さん、溝上ディレクター、朝日新聞から出向中の岡林記者

 ニュースは24時間365日。それを送り出すのは報道に携わる「人間」たちだ。その中で、出産を機に「24時間戦えなくなった」テレビ朝日のディレクターや記者たちがいた。切実な思いから、時間と知恵をかき集め、「働き方改革」を通じて生み出したのが、ドキュメンタリー「女性議員が増えない国で」だ。

【映像】テレメンタリー「女性議員が増えない国で」

 テレ朝系列各局が制作するドキュメンタリー番組「テレメンタリー」の枠で放送、ABEMAでも配信された本作品が、「メディア・アンビシャス大賞」優秀賞を受賞した。この賞は、市民に上質な情報を届けた作品や人物に贈られるもので、特別賞には旧統一教会を追い続けた鈴木エイト氏が選ばれた。

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メディア・アンビシャス大賞授賞式(3月4日)

 日本の女性議員の割合は世界最低レベルだ。作品中、選挙戦を密着した40代の女性国会議員は「24時間戦えないけど、もとい、24時間戦えないから、あなたと全く同じ一緒だからあなたの声の代弁者になれる」と街頭で訴えた。「2つの均等法の母」とも呼ばれ92歳ながらも変化を起こそうと駆け回る元労働官僚・赤松良子さん、20代の大学生の女性にも密着し、それぞれの年代で起こす地殻変動を追った作品だ。

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「2つの均等法の母」と呼ばれる赤松良子さん

 制作にその裏側を聞いてみた。

●「おばあちゃんたちがエモい!」きっかけは新聞からのテレ朝出向

―「女性議員が増えない国で」を撮るきっかけは?

溝上由夏(テレビ朝日ディレクター、以下溝上):私は夕方ニュース「スーパーJチャンネル」でデスクをしていて、自分が苦労した経験から待機児童問題などをテーマにずっと追ってきました。取材先で岡林さんと出会い意気投合して情報交換などしていたのですが、ある日突然「私、テレ朝に出向になってんけど!」と電話があって。これはなんか一緒にやらねばって。

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取材現場で意気投合した“戦友”のふたり

岡林佐和(朝日新聞記者でテレ朝出向中、以下岡林):私は新聞で経済部記者として労働問題などを得意としていたのですが、私も出産して復帰する時にあの「保育園落ちた」に直面しました。なのに、同期の記者の夫は変わらず仕事していて、「私のキャリアどうなんの」と絶望しました。社会問題だと思い、取材をすると政治に行きつく。ちょうど安倍政権が女性活躍を打ち出したのだけど「3年間赤ちゃん抱っこし放題」など政策を打ち出したりして。「そこじゃない!」と。取材を続けるうちに「クォータ制(候補者の一定割合を男女とも割り当てるなどする制度)」の勉強会で赤松良子さんに会ったんですが、おばあちゃんたちがエモい!って思って。(※エモい=かっこいい、感動したなど称賛の意味)

溝上:私も赤松さんがアバンギャルドな洋服を着て、ズバズバものを言う記事を読んで「これは画になる。絶対取材する」って思っていたんです。私はドキュメンタリーの被写体として「パワフルで笑っている人を撮りたい」というのが根底にあって。今回密着した参議院議員の伊藤孝恵さんもそうです。誰を密着するのかと決めるのは、非常に勇気がいります。時間は限られているし、失敗もできない。でも、伊藤さんの選挙戦の第一声で「この人だ」と確信しました。「育児や介護、家事も全部ほかのひとにやってもらった人たちがした政治がいまの日本を作っている」というシーンです。私はこれまで数えきれない素材の起こし(セリフや画面のキャプションを取る)をやってきましたが、こんな第一声聞いたことない、いけるって。

岡林:そうそう、あの第一声を見たとき「パーン!」ってなんか画面が弾けた感じしたね。

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演説をする伊藤さん

●「わたしがいけなくても」OKの環境づくり

―制作過程の苦労は?

溝上:私は「スーパーJチャンネル」の月から金曜の担当なのですが、13年、この番組で文字通り走り続けてきました。デイリーニュースは「鮮度」が優先です。冷蔵庫を開けて、とにかくきょうのごはんを作らないと、というのと似ています。正直、85%は視聴率を考えて作り、15%で自分のテーマとかこうあってほしいという思いをにじませるのが精いっぱい。毎日、全速力の「短距離走」をやっていて、摩耗している自分がいました。そこで「長距離走=ドキュメンタリー」をやりたいと思っていました。ただ、デスクはシフトががっちり決まっているので取材対象者に密着する時間を作るのが難しい。

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「スーパーJチャンネル」デスクを務める溝上さん

岡林:私も同じで。デイリーの担当分野の仕事もあって、家事も育児も抱えていて、とにかく時間がないんです。ならば、ひねり出したスキマ時間をつなぎ合わせて「この日は私いけるけど、この時間はダメだからだれか!」とみんなでパズルみたいな感じで、走りはじめました。スタート当初からコロナ禍でもあって、誰かがいけなくなっても誰かが、という態勢が必要でした。なので、取材対象者の方には「チームでやっているんです」って言ってメンバー全員に引き合わせて信頼関係を築いていきました。

溝上:同じ経済部記者の進優子さんも一緒に入ってね。進さんは妊娠中で「現場取材をどこまでできるか、迷惑かけるんじゃないか」みたいな葛藤があったけれど、「できる範囲でやってくれるだけいい」って言って。

―進さんは育児休職中なので個別に話を聞きました。「私の場合は、たまたま妊娠だったけれど、介護や自身の体調など男女や年齢に関係なく100%働けないことがありうる。そういう時にチームの心理的安全性(=組織の中で自分の気持ちや考えを安心して発言できる状態)が高いことが大事だということを、身をもって感じた」と答えていました。

溝上:進さんは、お腹も大きくなって取材に出られない時には、VTRに載せる裏付けのデータを集めたり有識者に当たったり、書き起こしをやってもらったり。チームでやり遂げました。

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衆議院議員の女性割合

●ドキュメンタリーはひとりで撮らないほうがいい?

―とは言っても、ドキュメンタリーはひとりのディレクターがデジカム持って深く長く密着してこそ撮れるというようなイメージもありますが

溝上:私は、ひとりでやらないほうがいいと思っています。それぞれの持ち味があって、同じ質問しても、また「撮れ高」が違う。これだ、という映像が撮れる偶然性は人が増えるほど、増えるということを今回、痛感しました。例えば、それは、伊藤さんが街頭演説中に知事が応援に来た時のことなんですが、「知事との2ショットを狙ってください」とカメラマンにお願いしたら、三脚を立てて構えた瞬間に伊藤さんがレンズから消えるんです。「2ショット、無理!」ってカメラマンさんが嘆いていて。でも、会社で映像見たら、ピョコピョコ飛び回っていて、画面から伊藤さんが消えるんですが、「なんて面白いんだ」と。これは私がデジカムや携帯で撮っていては絶対撮れないです。編集の大川さんには「これ活かしてつなげて!」ってお願いして。

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街頭で飛び回る伊藤さん

―今回、カメラマンとVE(撮影中に音声などを担当)以外はお子さんのいる女性たちでチームを固めて作りました。それは、視点の偏りが生まれるという懸念はありませんでしたか?

溝上:男の人が「腹落ち」しないとコンテンツが出せないというのはおかしいなとずっと思っていて。この世には女性が原作で脚本を書き、女性が主人公でというドラマなどが沢山あります。ですが、報道では男性がトップで幹部も男性ということが多い。今回、テレメンタリー担当の男性プロデューサーとは、相当喧嘩しました。それでいいのだと思います。でも、編集マンとは映像1つとっても共感してもらうのに言葉を尽くさないといけない人よりも「だよねー」っていう人とやりたいと思い、育休明けを間近に控えた大川さんに声をかけました。

●時短ママでも特集指名は前例なし、でも心配なし

―ここで、取材から編集へとバトンが渡されました。大川さんは最初、指名されたときはどう思いましたか?

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テレ朝の報道編集を担う「フレックス」の編集マン大川さん

大川絵美(テレ朝グループ「フレックス」編集マン、以下大川):「やりたい!」って、思いました。テレ朝の報道の編集は文字通り24時間365日稼働していて、基本的に夜勤が週1回はあって、報道ステーションなどに対応する遅番のシフトも多いし、昼間帯だけのシフトは少ないぐらいなのが現状です。特集の編集をする場合は、深夜まで長時間ぶっ続けで編集、が普通なんです。ですから、「育休明けの9時16時勤務の時短ママ」がという前例はありませんでした。

溝上:「本当に大川でいいのか?時間の融通きかないけれど」って編集の上の方から心配されたんですが、「いやいや、いいのか、じゃなくて、だからこそ大川さんがいいんです」って答えて。

大川:この作品の放送が7月だったのですが、私は5月に復帰でした。コロナ禍でテレ朝の編集現場でも在宅編集の仕組みができました。デイリーニュースは1分1秒を争う編集の現場ですが、1カ月先のOAに向けて映像とじっくり向きあって編集するのは在宅向きでもあります。「これ、来たな」って。

溝上:私はデスクなので昼間、自由にならないんです。例えば、前夜に岡林さんが伊藤さんと家族の団らんの密着を撮ってきたら、私が朝、素材をおこして、原稿を書いて大川さんに「こういう感じで繋げて」って投げて編集してというような、バトンリレーです。

大川:わからないところは、Micosoft Teamsの画面共有を使って、画を一緒に見てすりあわせて。

●“新手法”リレー編集だからこそできた

溝上:プロデューサーがこの“新手法”を知った時に「ディレクターが編集マンと突き合わせてやるのが編集では」と心配もされました。でも、そこは大川さんとの「共感の感覚」が同じなので全く不安はなかったんです。それどころか、いよいよ最後、仕上げの時期には、もう撮ってきた映像をつぶさに見る時間すらなくなってきて。そしたら大川さんから「娘さんのこの表情もったいないから絶対入れよう」とか「ナレーションのこの順番を入れ替えましょう」とかいいアイデアがどんどん出てきて本当に助かりました。

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街頭演説中に子供を抱きしめる場面も

大川:そうそう。伊藤さんが選挙活動中に自分のお子さんがちょっとセンチメンタルになっているときに、政治家の顔からママの顔にパっと戻って抱きしめるシーンがあって。「この映像を入れたいので、「溝上さん、いいナレーション書いてください」と言ったら、速攻でピッタリのナレーション案が返ってきて。ディレクターによっては、映像を見ながら「いや、これは、いや、やっぱり」と迷う人も多いんです。今回、このメンバーでやって思ったのが、みんな時間がない。だからこそ、的確で早い、これは編集マンとしては非常にやりやすかったです。

―それも信頼関係があるからでしょうね。

ディレクターとの信頼関係も感じましたが、カメラマンたちとも「ワンチーム」だなと思ったことがあって。ロケに出る前に「大川さん、どんな画が欲しい?」って聞いてくれるようになったんです。これはすごく嬉しかった。

溝上:あとはラストカットでも大川さんの目線に助けられました。ドキュメンタリーって最後どんな映像を持ってくるか、ナレーションを当てるか、その作品の「肝」だったりします。でも、あと10時間で締め切りだって追い込まれた時に、どうしようって迷っていたんです。

―最後は、「あとはママ、子どもにわかる政策を作らないとね」ってお子さんに言われて伊藤さんが笑い崩れるシーンで、印象的なカットでした。

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大川さんが提案したシーン

溝上:大川さんが、娘さんのこのON(セリフ)をあとは入れましょう、BGMは最後落として、この「間(ま)」で終わりましょう、とばしっと決めてくれて。完璧だ!と笑

●職場と家庭で起きた「革命」

大川:今回、社内では驚かれました。「ママがテレメンタリー?しかも在宅編集でやるの?!」と。初めての試みでした。それから、家庭でも大きな変化が。夫が同じ会社の同業なのですが、最後の編集追い込みの5日間は夫に育児や家事は託して、私が夜遅くまで会社で編集に入ってという体制でした。

溝上:私もディレクターとして、お子さんがいる編集マンが時短勤務だということでそのスキルが存分に発揮できていないケースを知っていてどうにかならないかと思っていました。今回、作品の中で、女性閣僚が少ないというのを映像加工でテンポよく見せるシーンがあって。大川さんには映像加工の技術があるのに、時短だと特集に携われないし、技術がもったいないじゃないですか。

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女性閣僚を表すCGは編集・大川さんの技術が活きた

大川:デイリーニュースでは持っている技術を活かす機会を少ないジレンマが時短勤務のママたちにはあるので、私も今後こういうケースが広がるとモチベーションも全然違うと思いました。

●「つながろう」新聞時代の人脈がカギに

―今後、撮りたいテーマはありますか?

岡林:映像だからこそ伝わるパワーもあるから新聞に戻っても一緒に何か作りたいですね。

大川:また一緒に作りこみたい!

溝上:(岡林)佐和ちゃん、新聞に戻らないで。もう違う企画書、このチームで出しちゃったし笑。今回の作品ですが、さすが2013年からこの問題をずっと取材し続けていた佐和ちゃんの人脈なしでは作れませんでした。「岡林さんと一緒にやっているのね」と、彼女の信頼関係があったから、スッと入っていけた現場は多かったです。私がぜひ周囲に勧めたいのは、自分が何かやりたいときに「沸々(フツフツ)している」だろうなっていう人を引き込んでやることです。

岡林:私たちは忙しい。だから、ネタは囲い込まずにシェアしたほうがいい。業界を超えてソーシャルグッドなことは広げたいし、テレ朝だけでなく、そこでもあっちでもやってよって。

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テレ朝に出向中で報道ステーションディレクターの岡林さん

溝上:「あの人取材答えてくれるから行ってみな」ってね。他社のジャーナリストとの横とのつながりで助けてもらったりした。

●SNSで偶然見つけてくれた推薦者

―この作品は、5つ以上の大学の教材としても取り上げられたと聞きました。

溝上:実は、今回の受賞のきっかけですが、「メディア・アンビシャス大賞」は自薦エントリーしたわけではなくて、たまたまSNSで反響を見たふたりの高齢の男性がYouTubeで探して見つけて推薦してくださったというのが、授賞式に出席してわかりました。地上波も大事ですが、SNS含めて多メディアの展開の大切さも実感しました。

大川:見つけてくれて本当にありがとうございます、ですね。実は、編集側から「これは絶対、何かの賞に応募したらいい」と溝上さんの背中を押していたところに、その前に、推してくれた方がいたとは驚きました。

溝上:今回の作品で私たちが伝えたかったのは職業など関係なく子どもいるワーママ、ワーパパの「普遍的なしんどさ」なんですね。私たちの世代の「変えていきたい」という思いが、こうやって色んな人の目に触れて、「シェア」してくれて回っていくという循環が起こしていければいいと思うので、これからも作って伝え続けていきたいです。

(聞き手:外山薫 写真:細川卓)


<プロフィール>
溝上由夏(みぞうえ・ゆか) 2005年テレビ朝日入社、夕方ニュース番組「スーパーJチャンネル」歴13年のデスク。2児の母。

岡林佐和(おかばやし・さわ) 2004年朝日新聞入社。経済部記者として労働問題などを得意分野として取材。現在テレビ朝日に出向して報道ステーションディレクター。2児の母。

大川絵美(おおかわ・えみ) 演劇集団キャラメルボックスの制作を経て、2008年テレビ朝日グループのフレックス入社。テレビ朝日報道番組の編集を担当。2児の母。

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