画期的であり、また武尊らしいとも感じた。3月29日に行なわれた記者会見だ。
武尊は昨年6月、那須川天心戦で判定負けを喫すると休養を宣言。ケガとともにパニック障害、うつ症状で通院していたことも明かした。K-1との契約も満了している。
休養中は手術を受け、心身ともに調子を取り戻して、今回の新たな展開を迎えた。会見第1部の発表はABEMAとの契約。これからはABEMA専属PPVファイターとして活動していく。驚いたのは金銭面も公開されたことだ。
ファイトマネーとは別に、ABEMAからの最低報酬が1億円。そこにPPV売上に応じた報奨金(インセンティブ)も支払われる。日本人格闘家としては破格の“1億円ファイター”だ。
復帰戦は6月24日、フランスはパリでの大会『Impct in Paris』(MTGP主催)。武尊はベイリー・サグデンを相手にISKAの61kg級K-1ルール王座決定戦を行なう。PPV中継は日本のプライムタイムとなる。
配信プラットフォームとの画期的契約に、武尊は「率直に嬉しい気持ちと同時にびっくりしたという気持ちもあります」と語っている。K-1時代、それに『THE MATCH 2022』の中継に関しても、武尊は地上波にこだわりを見せていた。老若男女誰にでも見やすいのが地上波の特長。自分自身の経験を踏まえ、子どもたちに格闘技を見てほしいという思いもあった。
ただ『THE MATCH 2022』のPPV中継が大成功したことを受けて、新たな視点も持つようになった。
「地上波にもこだわってきましたが、ネット配信では世界に見てもらえる」
こんな言葉も印象に残った。
「(PPVで)海外のようにアスリートがもっと評価されて、対価のある世界になっていくのかなと。夢のある業界にしていきたいです」
「いま頑張っている選手や、これからプロを目指す選手にとって未来につながる契約になると思います。モデル(ケース)としてもっと活躍して、いい結果を残していきたい。ありがたい契約です」
まさにこのあたりが武尊らしさだ。彼はこれまで、常にK-1を背負って、K-1を大きくするために闘ってきた。「K-1最強を証明する」と口癖のように言ってきたし、それを実践してきた。決して自分のためだけの闘いではなかったのだ。
天心戦実現のために動いた時も、前提条件は「中立の舞台」だった。K-1も(天心が主戦場としてきた)RISEもRIZINも、どの団体のどの選手も評価を下げたり傷ついたりしてはいけない。武尊はそう考えていた。結果、『THE MATCH 2022』というメガイベントが生まれ、K-1とRISEの対抗戦も実現している。
K-1、そして格闘技界全体が盛り上がることを武尊は望んできたのだ。売り出し中の彼にインタビューした時のことをよく覚えている。サッカーや野球に負けたくないと意気込んでいた。その気持ちはずっと変わらなかった。
そして今回。最低保証1億円という数字は、これまでの活躍に対する評価という面もあるはずだ。自分がやってきたことをどれだけ誇ってもいい。けれど武尊は、この契約で業界のステイタスが上がること、自分の後に続く選手たちが夢を抱けることが大事なのだと言う。新たなスタートにあたっても、根底にある思いは変わらないのだ。
「サッカーのワールドカップや野球のWBCみたいに、格闘技でも世界的な大会ができるようになれば」
「これまではK-1代表という気持ちでした。これからは日本格闘技代表という気持ちです」
そんな言葉も。会見第2部(復帰戦発表)で白のスーツと赤のネクタイに着替えたのは「日の丸カラー」をイメージしてのことだ。たとえば野杁正明、KANA、ムエタイの吉成名高のような選手たちと日本代表として海外の大会に乗り込みたいとも語っている。
ここでもやはり、意識するのは自分のことではなく全体のことだ。武尊は先頭を走る。走りながらジャンルを背負う。責任感があるから強い。それはこれからも変わらないだろう。
タイ、アメリカなど海外で頻繁に練習している武尊だが、試合をするのは初めてのこと。そういう面でも大きな挑戦だ。兄貴分である卜部弘嵩、功也兄弟がフランスでタイトルマッチを行い、ベルトを獲得した際に、武尊はセコンドについている。敵地で勝つことの難しさ、だからこその価値を感じた。今度は自分がそれに挑むわけだ。
「海外の会場で、僕のことを知らない人たちを熱狂させるような試合がしたいですね。フランスの人たちを武尊ファンにしたい」
これまでは常に大声援を受けて闘ってきた。しかし今度は分からない。自分のことを知らない人も多いだろう。だから燃えるのだと武尊。
「責任」とともに「挑戦」も武尊を語る上でのキーワードだ。武尊はKrushの58kg王座を獲得し、K-1では55kg、57.5kg、60kgと3階級を制覇した。体格的には60kgに上げる必要はなかったのだが、それでも階級を上げていったのは「挑戦していたい」という気持ちからだ。
同じことを続けていては惰性になってしまう。何か新しいことにチャレンジしてこそモチベーションも上がる。新たな目標を作ることで、武尊は自分の心を燃やしてきた。
那須川天心戦という、生涯の大一番を終えて迎える今回も同じだ。単にISKAのベルトがほしいということではない。これまでとは違うシチュエーション、アウェーという厳しい状況に“挑む”ことで己を燃やす。
「気持ちだけは誰にも負けない」
これも武尊の口癖だ。スピードやテクニック、フィジカルで自分を上回る選手はいるだろう。だが気持ちで負けなければ倒せる。打ち合いになったら前に出たほうが勝つ。そんな信念がある。その「気持ち」を支えるのが、挑戦することなのだ。
もはや“相思相愛”と言えるムエタイの超強豪、ロッタンと闘いたいという気持ちはもちろんある。だがそのためにもまず“世界”に打って出たい。新たな挑戦の扉を開きたい。負けたら終わりという覚悟もこれまで通り。
1億円ファイター、PPVファイターになっても、武尊の“根っこ”は変わっていない。復帰戦は新しいチャレンジ。だからこそ、我々を魅了してきた武尊らしい闘いぶりが見られるだろう。
文/橋本宗洋