「観客よりも先に泣くな」高校3年間の演劇部の日々に得た金言は、今も女優・黒木華を支えているーー。幕末の江戸の片隅で生きる3人の若者の青春を描いた時代劇『せかいのおきく』は4月28日（金）より公開。その中で、黒木は声を失いながらも下肥買いの中次（寛一郎）に想いを伝えようとするヒロイン・おきくを演じた。
純日本人的で文学的な香りのする俳優などと評される黒木。和装も似合う。「着物のさばき方や歩き方など、着物を着ていると普段とは所作が違うので現代劇のお芝居とは違う意識があります。昔の映画を観て研究するのはもちろんのこと、自分でたすき掛けができるように練習もしました。頭で想像するのと実際にやってみるのとでは映り方も違いますから」。似合うにはそれなりの理由がある。
和装の黒木が川沿いのあぜ道や長屋の路地に立つだけで、時代劇というジャンルがしっくりとくる。「私は平成生まれなので、自分自身が時代劇にしっくりくるような感覚は少ないですが、古き良き日本の歴史を残したいと思っている方も多いと思うので、時代劇に出演する際には、そのような皆さんの想いを汲みながら演じています」と魂を共鳴させている。
時代モノが似合うと言われることもあるが「役者とは周りの方がどう見てどう思うのかが大事な職業だと思うので、そう思っていただけることはいつもありがたいと思いながら演じています」と武器としている。
おきくを演じる上で阪本順治監督からアドバイスされたのは、活発な人のことを指す“おきゃん”。「たとえ地位が落ちて貧乏長屋暮らしになったとしても、おきくには武家の娘として生きてきたきっぷがあり、声を失ったとしても前向きで芯もある。そして茶目っ気も。阪本監督から言われた『おきゃん』を意識しながら、おきくを演じていました」と撮影時を振り返る。
登場人物たちが抱える感情は現代にも通じるものがある。それを表現するために、モノクロ映像の中に一部カラーシーンを挿入するパートカラー表現が用いられている。「モノクロで進んでいた物語が色づく瞬間は鮮明で美しく、登場人物たちの力強さが伝わってくる。劇中には『青春だ！』というセリフがありますが、時代劇ではあるけれど現代と変わらぬ青春のキラメキがあったり、瑞々しい恋模様があったり、生きていく中での悩みが詰まっていたり、試みとしても物語としても面白い」と太鼓判を押す。
おきくとともに江戸の青春を生きる中次を寛一郎、矢亮を池松壮亮が演じている。「寛ちゃんは真っ直ぐでありながらも、憂いのある色っぽいお芝居をされる方で、池松さんは表情を含めてこちらを引き込むお芝居をされる方。沢山の作品で経験を積まれているだけあって、説得力がありました」とキャスティングにも納得だ。
芝居の基本はリアクションだとはよく言われること。声を失った後のおきくの芝居はセリフがない分、リアクションの連続だ。お笑い好きで知られる黒木だが、受けの芝居の反応の良さの源はお笑いイズムが関係しているのだろうか？
「関西出身なので物心ついたときから吉本新喜劇が身近にありましたし、関東に比べて関西はお笑い芸人さんのテレビ番組が多い。今はあまり行けていませんが、昔はよくお笑いライブを観に行っていました。そんなお笑い好きであることが直接的な影響を与えているのかどうかはわかりませんが、絶妙な間や笑いを誘う間のタイミングの勘は培われたと思います」。
本作はロッテルダム国際映画祭のプログラマーから「今までの時代劇にはない全てがある」と称賛されている。日本の時代劇というと、侍が馬に乗って街道を駆け抜けるイメージがあるが、片隅で生きる若者たちの青春を主軸に置いた点が目新しかったのだろう。
「青春」という言葉を聞いたとき、黒木が連想するのは高校3年間打ち込んだ演劇部時代の日々。「高校時代を振り返ったときに思い出すのは演劇をしていた部活時代の記憶です。体育会系で上下関係も厳しく、まるでスポーツの部活のように朝練もありました。坂道ダッシュや走り込みをやったりして。大会前は泊まり込んでの合宿。朝から晩までお芝居をしていました」と、まさに汗と涙の青春を過ごした。
それから早10年以上が過ぎた今、黒木は演技を続けている。青春時代に得た金言を胸に秘めながら。「演劇部の先生から言われた『観客よりも先に泣くな』という言葉は今も心に残っています。自意識過剰になるのをいさめる言葉で、演じている自分だけが気持ち良くなるなという意味です。その言葉は自分にとっての金言になっています」。演技派を育んだ“せかい”は青春時代にあったわけだ。
ヘアメイク：黒田啓蔵（Iris）
スタイリスト：観世あすか
着付：吉田智江
着物：古澤万千子 帯：田島隆夫（白洲正子プロデュース作品）
取材・文：石井隼人
写真：You Ishii
