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 「停水、お願いします」ある日、水道局職員の男が水道を停めに行ったのは、二人きりで家に取り残された幼い姉妹が暮らす家庭だったーー。貧困、育児放棄、社会制度に対する違和感、心の渇き……閉塞した現代社会を描く映画『渇水』が6月2日(金)より公開される。ABEMA TIMESは主人公の水道局職員・岩切(生田斗真)の同僚・木田を演じた磯村勇斗インタビューを実施。最後のライフライン・水をコントロールする仕事に葛藤を感じる彼らを磯村はどう捉え、どのように演じたのか。子役たちとの共演から磯村にとっての“水”についてまで語ってもらった。

「水に対してお金を払うことに疑問を抱いている」生田斗真演じる岩切との共通点と違い

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――10年前に書かれていた脚本で、その出来が映画業界内では話題になっていたそうですね。磯村さんは初めて読んだ時、どのように感じましたか?

磯村勇斗(以下、磯村):一回読んだだけでこの作品に参加したいと思えるくらい、脚本が素晴らしかったです。水道局員の目線を主軸にして物語が進んでいくというのは、僕の中では新しかったです。停水執行によって、人の命をコントロールできてしまう立場というのは怖いと思いましたが、仕事としてやらなければいけない。そんな葛藤や、それぞれの人間模様が丁寧に描かれていたので、魅力的な脚本だと思いました。

――長谷川晴彦プロデューサーが『ヤクザと家族 The Family』を観て、磯村さんの出演を熱望してオファーされたと伺いました。

磯村:そのことは全く知らなかったんです。さっきプレスを読んで長谷川さんがそんなふうにおっしゃっていたんだって知りました(笑)。一緒に作っていきましょうという思いは感じていましたけど、いざ書いてあるのを読むと嬉しいです。

――どのように役作りをしていったのでしょうか。

磯村:木田は岩切(生田斗真)と行動を共にしているので、考え方も根の部分は一緒なんだろうなと思いました。水に対してお金を払うことに疑問を抱いているところとか。
でも、木田は冷静に見ている。生きるためとか家族のためというところを考えて、仕事として割り切って停水執行ができる人なので、そういうところで岩切との違いを明確にしていきたいと考えました。岩切さんは頼れる先輩なんですけど、逆に木田が支えられるときは支える、優しく見守る。そんなポジションでいられたらいいなと。

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――生田さんとも現場でそういうお話はされましたか?

磯村:役や作品については語ったりはなかったです。生田さんとは今回初めましてだったので、趣味の話をしてお互いの関係を築いていきました。とても優しいお兄さんという感じの方だったので、そこで岩切と木田の関係に持って行けたのだと思います。生田さんに感謝しています。

――“水道局員”というリアリティを持たせるために準備したことはありましたか?

磯村:水道局員の資料や作業内容の映像はいただいていたので、足りないところは自分で調べたりして広げていきました。木田と同じ世代の水道局員さんはどんな方がいるかと見てみたり。水道局員というのはとてもクセのある職業ということではないので、あまり色をつけないようにしました。

――色をつけないのは難しいですか?

磯村:簡単に色はつくので、色をつけないのは一番難しいですね。でも今回は、脚本に書いてあること、ト書などを理解し心の中で感じていれば、色をつけなくても木田という人物が浮かびあってくるようになっていたので、自分なりにしっかり読み込みました。

「ねぇねぇ、私たちこの後どうなるのかな?」台本を知らない子役たちとの芝居

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――現場で髙橋正弥監督から絞られたりはありましたか?

磯村:髙橋監督は優しく寄り添ってくれる監督で、どの部署に対しても平等で、意見を尊重して作る方だったので、自由に俳優たちもやらせていただきました。自由に動いてほしいというお願いはありましたけど、特に絞られることはなかったです。

――子役たちの演技も素晴らしかったのですが、それも自由に?

磯村:子役の2人に関しては、台本を知らなかったんですよ。撮影に入る前に「子どもの前でシーンの話をしないでください」と言われていました。だから現場で、子どもたちがこっそり聞いてくるんです。「ねぇねぇ、私たちこの後どうなるのかな?」「次やるシーンってなんですか?」って。それが僕は苦しかったです(笑)。今考えると、その葛藤がうまく役に使えたのかもしれません(笑)。助けたいけど、助けられない。それも考えての演出だったらすごいですね(笑)。

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――役柄としても、お姉ちゃんは次第に大人に不信感を募らせていましたね(笑)。

磯村:そうですね(笑)。子どもたちに接しすぎても良くないなと思っていたので、絶妙な距離感でいました。普段は子どもが好きなので遊んだりするんですけど、最初はどうしても怖い人たちに見えないといけないという関係性だったので、我慢していました。子どもたちの方も最初は怖い目で見ていました。ただ、アイスを食べるときなど、子どもたちとのふれあいがあるシーンの前にはいつもより多くお話をしたりして距離感を縮めていました。
子役の子は、準備して作ってくる子が多いと思うので、髙橋監督はそれを望んでなかったのだと思います。子どもらしさを出して欲しかった。その瞬間に感じたものを出して欲しかったのだと。だから、すごいんですよ!当日言われたのに、セリフを言ってるというのは驚きました。俺だったら無理だな。シーンの前にセリフ渡されたら「もっと早く教えてくださいよ!」ってなります(笑)。

――そんな子どもたちの生のお芝居を見て刺激を受けましたか?

磯村:子どもたちはセリフが出ないと違うことを言うときがあるんですよ。そこは柔軟に対応していかなきゃいけないなと思っていたので、神経を尖らせてやっていました。

磯村勇斗が実は苦手な仕事とは?「事前に準備をすればするほど、緊張してしまう」

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――映画の中で、岩切は子どもたちに「停水執行」を言うことでハッと改めて自分の仕事の重さや意味を見つめ直しますよね。磯村さんが最近ハッとしたことはありますか?

磯村:仕事をしていると色んな意味でハッとする瞬間ばかりです。人と人で作っているので、こんな無礼な人いるんだ…とか(笑)。逆にこんな物腰が丁寧な人がいるんだとか。あとは最新のカメラを使っている現場をみると、「こんなカメラ使ってるんだ!」「こんな画あるんだ!」と。今回の現場は、キャストの皆さんやスタッフさんも丁寧な方ばかりでした。
あと、『渇水』という作品なので、渇いていなきゃいけないですけど、撮影期間に雨が多かったんです。それで地面が乾いてなきゃいけないのに、雨が止んでもまだ濡れていたので、ガスバーナーで熱くして、水分を飛ばして乾かしていてハッとしました。今回その手法は初めて見ました。ハッとしました(笑)。

――磯村さんが今、渇望しているものはありますか?

磯村:最近、企画や制作など作品の裏側のことを様々なスタッフさんとお話しする機会があるのですが、そっちの知識が僕にはないので、作り手側の知識が欲しいなと思います。今後、制作に興味があるんですけど、仕事をする上でどういう人材が必要なのかとかお金の知識がないので、そこを勉強していっている最中です。
俳優業として渇望しているのは……色々な人生経験ですね。それが役者は全部出てくるので、役に乗っかって、たくさんの人と出会って、色々な体験をしたいですね。

――最近、新たな体験はありましたか?

磯村:そうですね……ないですね……寂しい人生です(笑)。刺激が欲しいです。

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――水道局員にとっての「停水執行」のようにプレッシャーを感じる、慣れない仕事はありますか?

磯村:あります!舞台挨拶や授賞式などで舞台上に立つときは心臓バクバクしてます。人に見られているというのが苦手なんです。スタッフさんやカメラさんがいるというのは慣れているんですけど、イベントで登壇となると、お客さんがいらっしゃって、見られているのがダメなんです。

――それは“磯村さん自身”として見られることに緊張するのでしょうか。

磯村:そうだと思います。舞台だと“役”のフィルターが入るので緊張しないんですけど、そうじゃないときは緊張します。事前に準備をすればするほど、緊張してしまうので、逆にしないように、考えないようにしています。

――今まで頭が真っ白になったり、やばい!ってなったことはありますか?

磯村:そこはなんとか乗り切っています。緊張しているからこそ、「ちゃんとやらなきゃいけないぞ!」って脳から危険信号が出ているのだと思います(笑)。

――舞台挨拶などでご一緒して、すごいなと思う方はいらっしゃいますか?

磯村:大泉洋さんとか、トークが上手で慣れているように見えます。実際には緊張しているのかもしれないんですけど、そう思わせずに、自分の空気を作れる方はすごいです。才能なんだろうなと思います。

――木田にとっての岩切のように信頼している俳優の仲間はいらっしゃいますか?

磯村:綾野剛さんです。『ヤクザと家族The Family』でご一緒してからお世話になっています。色々仕事の面でもアドバイスをいただいて、頼れる先輩ですね。
芝居の感覚もお互い感覚肌で似ているように感じます。考えてはいるんですけど、すごくお互いに感性を大事にするタイプ。一緒にやっていて気づきました。
体づくりについても相談しています。すごくストイックで詳しいので、剛さんにメニューを組んでもらって。アドバイスをもらっています。「自分と同じ感覚だから、きっとこういう風にやったらうまくいくよ」と声をかけていただいています。

――「水」と同じように、磯村さんにとって「なくてはならない大切なもの」は何でしょうか?

磯村:やっぱりお風呂。湯。どんなことがあっても、毎日入らないとダメな人なので。湯です!

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――最後に完成した作品を観た感想、見どころを教えてください。

磯村:じめっと暗い要素が強い作品になるだろうと思っていたんですけど、完成した作品を観ると最終的には心がスッキリするような、希望がある映画になっていました。映像がフィルムとマッチしていたように感じました。
本当に苦しんでる人たちとの出会いや、そこに生まれる葛藤だったり、人間模様が、水道局員の岩切を通して、丁寧にヒューマンドラマとして描かれています。心が渇いているなとか、うまくいかない、辛いなという方にとっては、その一歩先に進めるような映画になっているので、多くの方に見ていただきたいです。

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ストーリー

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 日照り続きの夏、市の水道局に勤める岩切俊作(生田斗真)は、来る日も来る日も水道料金を滞納する家庭を訪ね、水道を停めて回っていた。県内全域で給水制限が発令される中、岩切は二人きりで家に取り残された幼い姉妹と出会う。蒸発した父、帰らなくなった母親。困窮家庭にとって最後のライフラインである“水”を停めるのか否か。葛藤を抱えながらも岩切は規則に従い停水を執り行うが――。

(c)「渇水」製作委員会

取材・文:堤茜子
写真:藤木裕之
スタイリスト:Tom Kasai
メイク:Tomokatsu Sato

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