昨年7月、10年ぶりに選出された日本代表の試合で右膝前十字靭帯を痛め、長期離脱していた横浜F・マリノス 宮市亮。そこからおよそ10か月ぶりにピッチへ戻ってきた“不屈の男”が、元北朝鮮代表・鄭大世氏のインタビューに応じた。今から10年以上前、プロ経験のない18歳の高校生がいきなり名門アーセナルへ入団、そこで抱えた苦悩とは。
【映像】宮市亮がプレミアリーグで感じた「0円プレーヤー」の劣等感
宮市は、2010年中京大中京高在籍中にプレミアリーグの名門アーセナルの練習に参加し、そこで当時のアーセン・ベンゲル監督に見初められて同年12月にアーセナルへ入団した。プロ経験のない学生がいきなりプレミアリーグに加入するという当時では異例のキャリアを歩んだ“スーパーヤングプレーヤー”だった。
加入当時の印象を聞かれた宮市は、「まずプレミアリーグに入る基準が高い」と回答。英国内でプレーをするには労働許可証(VISA)が必要であり、代表での出場数や高額な移籍金など、さまざまなハードルがあることについて触れた。
「入るのが難しい分、やっぱりいい選手が集まります。代表クラスの選手が揃っているので、そこのレベルの高さはあると思います」
また資金力があるため各国の優秀な監督が集まっており、「プレミアリーグ独特のスタイルというより、インターナショナルな感じ」と表現した。
宮市自身も、労働許可証取得のため入団後すぐの11年1月に、オランダのフェイエノールトにローン移籍。「自分がローン移籍先からアーセナルに戻ってプレシーズンに参加すると、どんどん10億、20億の選手が入ってくるんですよ」
そして、自身の移籍金が“0円”であることに触れ、「どうせそっち(高額な選手)使うんでしょ!みたいなのを勝手に思っちゃっていましたね」とチーム目線で見るとフリーで加入した自分より高額な移籍金で加入した選手が優先的に使われるのではないか、という猜疑心や劣等感を感じていたことを明かした。
元ドイツ代表ポドルスキーや現在アーセナルの監督を務めるミケル・アルテタなど世界のトッププレーヤーが次々に加入してくるなかで、当時の宮市はプロ経験のない10代。「葛藤というか、本当にレベルが高かったので、正直毎日うつ状態でした」と精神的にもきつい日々を過ごしたことなどを赤裸々に語った。
(ABEMA/プレミアリーグ)