6月10日にエディオンアリーナ大阪第2競技場で開催される「3150FIGHT SURVIVAL vol.5」に日本ヘビー級チャンピオンの但馬ブランドンミツロ(KWORLD3)が出場する。日本ボクシング界初のヘビー級世界チャンピオンを目指す但馬とはいったい何者なのか? “ミッション・インポッシブル”に挑む28歳の豪腕を紹介したい。
但馬は5月中旬から3週間弱、イギリスからジェイミー・ティシェーバという選手を招いて東京でスパーリング合宿を行った。ティシェーバはプロ5戦(全勝3KO)の29歳で、プロ5戦(全勝全KO)の但馬と変わらない戦績だが、この合宿はヘビー級で世界を目指す但馬にとって今後のキャリアを左右するほど大きな意味を持った。6月5日、都内で公開練習を行った但馬は次のように話した。
「人生で初めて“リアル・ヘビー級”とスパーリングできた。初日の食らいつくのが精一杯という状態から、2週間ちょっとで打ち返したり、相手を下がらせたりできるようになった。トップ・オブ・トップとやっている選手を、駆け出しの自分が体験できてよかった。僕が必要としていた時間だった」
この短いセリフの中に、「日本の選手には不可能」とまで言われるヘビー級で世界を目指す難しさと、対極にある大きな希望が凝縮されている。一つひとつ読み解いていこう。
この言葉から分かるのは「国内では練習相手がいない」という但馬の置かれた現状だ。日本ボクシングコミッションが発表する日本ランキングのヘビー級に名前が載っているのはチャンピオンだけ。ヘビー級ボクサーはゼロではないが、いても体は小さく、但馬と渡り合えるレベルの選手もいない。事実、但馬はティシェーバが来日するまで半年間、実戦練習を一度もできなかった。このような状況で身長193センチ、体重118キロのティシェーバの存在は、その体格だけでもいかにありがたいか分かるだろう。
さらに「トップ・オブ・トップとやっている選手」とは、ティシェーバが元3団体統一王者のアンソニー・ジョシュアと、現WBAヘビー級正規王者のダニエル・デュボアのスパーリング・パートナーを務めたことを指す。ジョシュアとは2週間、週3日のスパーリングをしたという。通常、パートナーは役に立たなければすぐに肩を叩かれるので、ティシェーバは立派に元世界王者の相手を務めたということだ。
但馬はこの選手を相手に、前述のように短期間である程度は対抗できるようになった。これが希望だ。スパーリングを見守った3150FIGHTの亀田興毅ファウンダーは「初日からどんどん対応できるようになっていった。それがミツロのポテンシャルだと思う」と成長の早さに感心した。
但馬は「今回見つかった課題をトレーニングでいかせる」と今回の合宿が合宿だけで終わらないことを強調した。ティシェーバが帰国すれば、また次のパートナーが来るか、海外修行に出かけない限り、実戦練習の相手がいない日々が続く。そのときに今回の合宿で体が覚えた“リアル・ヘビー級”のイメージが大いに役立つというわけだ。
ちなみに日本から生まれた世界チャンピオンは100人近くいて、その多くは軽量級の選手である。K-1からボクシングに転向した藤本京太郎が2013年、56年間空位だった日本ヘビー級王者となり、世界ランキング入りを果たしたのは記憶に新しいが、藤本も世界タイトル挑戦まではいけなかった。日本ボクシング界にとってヘビー級世界チャンピオンとはいまだ別世界の存在なのである。
さて、困難なチャレンジに立ち向かう但馬とはいかなる人物なのだろうか。出身は愛知県碧南市で、1994年11月4日、日本人の父とブラジル人の母の間に生まれた。生後2カ月で父が病死。以来、日本語のほとんど話せない母マリアさんに日本で育てられた。但馬がポルトガル語を操るのはマリアさんの母国語だからだ。
3歳で空手をはじめ、テコンドーや柔術、キックボクシングなど幅広く格闘技に親しんだ。愛知・享栄高でボクシングを始め、その才能が大きく開花したのは中央大に進んでから。2年生でライトヘビー級に階級を上げたことがきっかけだった。以来、全日本選手権2度、国体3度の優勝を手にし、日本重要級のトップ選手として活躍する。けがやブラジル国籍だったことから帰化の問題もあって東京オリンピック出場を断念して2020年にプロ入りを決意。ジム移籍などを経て22年4月のプロデビューにこぎつけた。
但馬の現在の体格は身長180センチ、体重127キロ(4月の試合時)。アマチュアのライトヘビー級のリミットが81キロだから、単純計算だと40キロ以上増量したということになる。ヘビー級選手としては背が低く、ライトヘビー級かクルーザー級がベストとの指摘もあるが、但馬は「誰よりも強くなりたい」と最重量級にこだわっている。
ヘビー級という道を選んだ以上、練習環境や対戦相手のマッチメークに苦しむことを但馬は百も承知だ。現状を踏まえた上で、夢に向かう志に揺るぎはない。前述のティシェーバとのスパーリングでは「スピード、瞬発力、攻撃力は通用する」と手応えを感じ、あとは「ヘビー級での戦い方をどう作っていくか」と課題を口にした。
戦い方とは「持っている武器をいかに使っていくか」ということだ。あの一世を風靡したマイク・タイソンや2000年代にヘビー級トップシーンで活躍したデビッド・トゥアは身長が180センチに届かなかったが、大型選手との戦い方を身につけていたからこそ一線で活躍できた。こうした事実からも但馬は「自分ならできる」と信じているのである。
そんなヘビー級ボクサーをバックアップしようと亀田ファウンダーは今後、但馬のキャリアが10戦に達するまで毎月試合を組むことを約束した。同じように背の低いタイソンが1年で15試合こなしたことを挙げて「ミツロはマイク・タイソンロードを歩む」と宣言。前代未聞のヘビー級王者育成プロジェクトは今、大きく動き出している。