いまだ続くロシアによるウクライナ侵攻。注目されているのは、宇宙関連企業「スペースX」社のCEOイーロン・マスク氏だ。侵攻直後から衛星によるネット接続サービス「スターリンク」をウクライナに無償提供したことで英雄視された。
しかし、アメリカの雑誌『The New Yorker』は今年8月、マスク氏が去年10月にスターリンクの無償提供に難色を示し始め、アメリカ政府に対し4億ドル(約580億円)の費用を請求していたと明らかにした。記事では、戦闘地域でウクライナ軍が通信不能に陥り、指揮系統が大混乱ことをあげ、「スペースX社による“接続遮断”」が行われたとしている。
衛星を制する民間の一個人が戦況を左右できてしまう時代なのか。『ABEMA Prime』で議論した。
■「イーロンさんはいち早くおいしいところをとっていった」
自衛隊初代サイバー防衛隊長で株式会社ラック「ナショナル・セキュリティ研究所」所長の佐藤雅俊氏は「軍にとって通信は命脈と言われている。途切れてしまうと独立戦闘しかなく組織的な活動ができなくなるので、複数の通信ルートを取るのが常識だ。ウクライナは複数取れる状況ではなく、衛星に頼らざるを得ないという状況で、もし本当に遮断したのであれば許せないことだ」とコメント。
一方で、無償提供は「基本的に継続するものではない」と指摘。「通信や水、電気などの重要インフラは国家として安全保障を考えなくてはいけない。無償提供は一時的にやむを得ず提供する、それを受けるというものだが、マスク氏は最初、この戦争がすぐ終わると思ったのかもしれない。それが継続するということでお金を要求してきたのではないか」と推測する。
SBテクノロジー セキュリティリサーチャーの辻伸弘氏は「通信を遮断されても仕方がない部分はある」と述べる。「事前の取り決めがどうなっていたのか。いくらかかるかを握らずにやっていたとして、戦争の時だったらいいのか? という議論はあると思う。また、ウクライナへは人道的な意味で提供をしていたのに、(軍が)ドローンの操縦に使ったから切ったというニュースもあり、そこの取り決めも不透明だ。イーロンは商売人なので切られても仕方がない部分はあると思う」。
なぜ通信費用の請求先がアメリカ政府だったのか。佐藤氏は「かけ引きもあるのではないか。ウクライナからお金をもらおうが、アメリカからお金をもらおうが、マスク氏にとっては一緒。手っ取り早いアメリカ政府に要求した部分はあると思う」との見方を示した。
通常の衛星が高度約3.6万kmであるのに対し、スターリンクは高度約500~600km。従来より低軌道で、すでに4000基以上が投入されている。佐藤氏は「静止衛星を使った高軌道衛星通信は複数の会社が競争しているが、低軌道衛星通信はサービスが開始されたばかり。まさにウクライナ戦争の時にいろんなところで試験的に始まり、ウクライナに提供したことで大きな宣伝効果を発揮した。高度が低い分、レイテンシ(伝送遅延)が少ないので、双方向の動画伝送に使えるし、攻撃にも使えてしまう。イーロンさんはこの分野をいち早くやり、非常においしいところをとっていったので、他の企業が追随して競争していくべきだと思う」と述べた。
■パックン「イノベーターとしては認めるが、人としてはあまり好きではない」
日本の防衛産業の市場規模は約3兆円で、関係企業は戦闘機が約1100社、護衛艦が約8300社。国がベンチャーの参入を促す一方で、大手の撤退事例もある。
佐藤氏は「残念だ。ともに育ってきた企業が、経営が成り立たないといった理由で撤退していくのだと思う。ここは国がテコ入れしながら、官民が一緒にやっていかないと体制は維持できない」と懸念を示す。
パックンは「ぜひ日本独自の技術も鍛えてほしいし、自立性も高めてほしい」と訴える一方で、「政府が口を出すと失敗する例もある。わかりやすいのは、スペースXのイノベーションで打ち上げコストは10分の1に下がった。政府が示唆するのではなく民間に任せれば、より安く、より効率よく、より良い物ができあがることも多い」と述べる。
とはいえ、佐藤氏は「やはり一個人がいろんなところへの影響力を高めすぎて良いことはない」と指摘。
パックンは「イーロンさんをイノベーターとしてすごく認めている。人間社会の進展に深く、長く寄与していると思う」と称賛する一方で、「人としてあまり好きではない。いろんなところで自分の権力をふるい、非民主的な方向にアメリカを、世界を動かしているように感じる。スターリンクについては、ウクライナが支配しているエリアで使わせて、ロシアが支配しているエリアでは使わせないように、ウクライナ側に加担しているのはありがたいこと。去年10月に通信を切ったのはおそらく誤作動だと思うが、そこで低姿勢さは見せず、“そろそろお金を払ってくれないか?”という態度は気にいらないところだ。長期的に見て、この技術が独断と偏見で動く一民間人の掌中にあっていいのか」と疑問を呈した。(『ABEMA Prime』より)
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