文部科学省は、2024年度から幼児期の教育や家庭環境が、その後の進路や生活にどのような影響を与えるのか長期の追跡調査に乗り出す。未就学児の教育に関しては書店などにも数多くの専門書が並ぶが、ネットでは「3歳までに決まる!5歳までに決まる!とか多くない?」「“何歳までにこれすべき”ってよくあるけど何歳が正解なのかわからない」など、情報の多さに困惑する声も。
幼児教育の年齢論争に答えはあるのか、そしてその意義とは。『ABEMA Prime』で専門家とともに議論した。
■同じ育て方をした双子に全く異なる特性、“同じ環境”は存在しない?
教育家の小川大介氏はまず、「幼児教育という言葉自体がミスリードしやすい」と話す。「幼児教育が子どもの成長にどう影響を与えるかという検証が、世界的にほとんどなされていない。アメリカで40年間にわたって子どもたちの成長を調べた研究が非常に有名だが、実は対象は100人ぐらい。今回、文科省は1万人ということで、世界的にもかなりレアな、価値のある研究になっていく」。
追跡調査としては以下の例のように、幼児教育の内容や家族構成によって学力や稼ぐ力に違いがあるのかを追っていくという。
・児童A:両親共働きの長男。地域の保育園(習い事なし)から公立学校へ
・児童B:シングルマザーの長女。地域の保育園(ヨコミネ式教育法の幼児教室通い)から公立学校へ
・児童C:専業主婦家庭の次男。モンテッソーリ教育の保育園から私立学校へ
小川氏は「この3パターンはめちゃくちゃ東京の家庭だが、1万人という規模で、日本全国のさまざまな地域による格差、文化格差などがどう影響するかを検証しようとしている。結果は実際に進めていかないとわからないが、幼児教育について“何を教えたらどうなるという話とはどうやら違うようだ”という理解が進むと個人的には思っている。文科省の裏の狙いとしては、“公教育にこれ以上期待しすぎるな”ということを国民にわからせていくための検証だと、僕はものすごく期待している」との考えを述べた。
「うち双子でまったく同じことしてきたのに、成績良い子とコミュ力高い子ができた」「子どもの能力はある程度産まれた時から決まってる説」とXに投稿したのは、なせばさん。高校生になった双子を、幼少期から同じ時間、同じ接し方で育ててきた経験から、子どもの性格や能力は生まれつきではないかと感じたそうだ。「さまざまな教育法を実行しても、そういう子に育つ子もいるし、そうならない子もいる。だから(幼児教育を)無理してまでする必要ないのにと思った」と話している。
これに小川氏は「とても良い問題提起だと思う。生まれ持った特性があるのは間違いない。“同じ環境”というのも実は違くて、同じ場所に特性の違う子どもがいたら、それぞれ異なる環境として受け取っている。例えば、1人で集中して物事に取り組みたい子と、みんなと遊びたい子が公園に行った時に、前者の子は砂場で何かを作り続けるし、後者の子は友達といると。同じことをやっているつもりでも、子どもが自分の特性を生かせれば伸び伸びと育っていく。なせばさんはそういったことをとても大事にしながら、子どもに委ねていく育て方をされたのはすばらしいと思う」との見方を示した。
■「9歳前後の育ち方がとても大事」な理由
小川氏は著書の中で「子どもの能力を伸ばすには、9歳前後の育ち方が実はとても大事だ」と書いているが、なぜその年齢なのか。「当然、さまざまな要素で子どもたちは育つというのが前提だ。ただ、9歳までの育ち方による自己認識、自分をどういうイメージで捉えるかによって、その後のチャレンジの仕方や自分の得意分野の理解の仕方が変わっていく。つまり、本人の選ぶ道が変わっていく。脳には成長段階があり、8~11歳までの9歳前後の時期に抽象化、言葉を用いた複雑な思考が可能になる時期がやってくる。言い換えれば、それまではいくら言葉で教え込んだところで、その子にとっての成長パワーにはならない。遊ぶことのほうが大事で、その中で自分に大きな自信が持てるかが重要だ」と説明。
一方で、文科省のカリキュラムも絡んでくる話だといい、「9歳前後で子どもたちが抽象化能力を獲得するという前提で、小3と小4でいきなり難しくなる。理科と社会の科目も増える。ただ、その時点でまだ抽象化能力を獲得していない子にとっては、いきなり無理をさせられるわけだ。そういうカリキュラムがある以上、9歳の時期までに本人が取り組む力や、自信を育てておかないと苦しいという問題もある」と指摘した。
幼児教育と聞いて、いわゆる英才教育や先取り教育を思い浮かべる人もいる。小川氏は「そういう発想の人は結局、計算ができるとか、言葉を覚えるとか、英単語を使いこなせるとか、認知能力のことしか見えていない。しかし、今世界的にも理解されているのは、数字で評価しにくい非認知能力こそが重要だと。ただ、測り方がよくわからないので、“教えたらこう変わる”という認知領域のことをやりたがる。“プリント5枚やったら賢くなってくれる”と、親・大人の都合でやっているのは子どもからしたらえらい迷惑だ」と警鐘を鳴らす。
さらに、教育は親こそが注意を払うべきだとし、「子どもは勝手に育つようにできている。一方で、親は子どもを授かっただけで親と呼ばれ、経験値も知識もないので、意識的に努力しなければいけない。優れた幼児教育者というのは、子ども一人ひとりを客観的な目で見て、それを親御さんにフィードバックするような関わりをされている。親が『うちの子、行儀悪いんです』と言った時に、『これぐらいエネルギーのある子だったら、じっとしていたらしんどい。走らせてあげて』と、その現象を別の角度から説明できる方だと思う。小学校以降の教育は“教え込んだら変えられる”という要素が多いが、文科省も幼児教育には『教育と保育の両方を含む』といちいち注釈をつけている。文科省と厚労省、こども家庭庁が関わる領域なのに、我々は“教育=文科省の学校的なイメージ”で捉えてしまうから、話が噛み合わないのだと思う」との見方を示した。
その上で、「“幼児期はなるようにしかならないよね”と達観するには、社会が“それはそうだ”と応援してくれないといけない。家庭と学校と地域社会がすべて連動していかないと前に進まない。しかし、教育に一生懸命な親御さんたちはつい家の中で頑張れることに視野がいくので、地域への期待がなくなってしまったり、東京などは地域の目も冷たかったりする。そういう部分でしんどくなっているなというのは忘れたくない議論だ」と付け加えた。(『ABEMA Prime』より)
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